JA/EN

AI検索

関連ハッシュタグ

Articles

日本の紡績技術で“綿の矜持”を更新する──鎌倉シャツ「J-TECH」開発の舞台裏

2026.04.23
「鎌倉シャツ」の愛称で知られるメーカーズシャツ鎌倉株式会社は、創業以来「綿100%」にこだわり、上質な着心地を適正価格で提供してきた。そんな同社のリピート率ナンバーワンのベストセラー商品が、イージーケアシャツシリーズ「J-TECH(ジェイテック)」だ。
なぜ、老舗シャツメーカーは長年のこだわりとは別の切り口であるイージーケアシャツの開発に踏み切ったのか。そして、そこにはどのような日本の技術が詰め込まれているのか。「J-TECH」シリーズの開発担当者である佐野貴宏取締役に話を聞いた。

PROFILE

佐野貴宏(さのたかひろ)

1978年、千葉県生まれ。法政大学工学部卒。2000年にメーカーズシャツ鎌倉入社。販売から企画・生産・素材開発などに携わる。日本中の産地を巡り、メイドインジャパンのシャツを手がけることに邁進する。2017年、取締役に就任。2024年には「しまなみコットンプロジェクト」を始動させる。

「大人の自由研究」から生まれた「大穴」素材

鎌倉シャツがイージーケア素材の開発に着手したのは、2014年のこと。きっかけは、経済産業省の「ものづくりサプライチェーン再構築支援事業」に採択されたことだった。
当時、同社は日本国内で糸からオリジナルで作った経験がなかったが、モノづくりにおける国内生産拠点の強化を目指す同事業への採択を機にこの岡山にある有力国内メーカーの紡績工場と共同開発をスタートさせた。
開発の条件は、他社にはない独自性を持つこと。そこで開発チームは、世界中からさまざまな種類の綿を集め、それらを配合した30種類以上の試作糸を設計した。
「実はその時、イージーケア素材を作ろうという明確な目的があったわけではありませんでした。明確な期限がないなか、満足のいく素材を生み出す作業は、『大人の自由研究』のようで、実に楽しいものでした。その30種ほど作った試作の中に、たまたまポリエステル芯を使った糸が含まれていて、いわば大穴的な存在でした」
完成した試作生地でシャツを仕立て、顧客モニタリングを行ったところ、「ポリエステル混でがっかりした」という声がある一方で、「これまでに見たことのない艶がある」といった評価も寄せられ、反応は大きく分かれた。
こうした賛否両論の声を踏まえ、「鎌倉シャツらしい上質さを保ちながら、イージーケアを実現するシャツ」という着想が生まれた。これが「J-TECH」シリーズの出発点となる。

ポリエステルと綿のハイブリッドから生まれる機能性

「J-TECH」に使用されている生地の最大の特徴は、綿の着心地とポリエステルの機能性を両立させた点にある。それを可能にしたのが「PALPAプレミアム」と呼ばれる特殊構造の糸だ。
中心にポリエステルの芯を置き、その周りに高品質な綿を緻密に巻き付けている。いわゆる「2層構造糸」だ。
「J-TECH」シリーズに使用されている糸「PALPAプレミアム」の構造。2019年には特許を取得している
一般的な形態安定シャツには、ポリエステル100%の生地に機能を持たせたものや、綿100%の生地に樹脂加工(コーティング)を施したものが多い。前者は耐久性が高いが吸湿性が低く、後者は洗濯を繰り返すと薬剤が剥がれて機能が低下するという課題があった。
対して「PALPAプレミアム」は、肌に触れる表面部分は綿であるため、天然繊維特有の柔らかな着心地と吸湿性を持ち併せている。一方で、中心のポリエステル芯が骨格となり、高い形態安定性と防シワ性を発揮する。
「『PALPAプレミアム』はポリエステルの良さと綿の良さを併せ持ち、なおかつ鎌倉シャツの顧客が期待する着心地を裏切りません。肌に触れる表面部分のコットンには、インド産プレミアムコットンと、世界一の白度を誇る豪州産高級コットンのオリジナルブレンドを使用しています」
「PALPAプレミアム」の製織工程
この構造は、機能面でも多くのメリットをもたらしている。まずは吸水速乾性だ。外側の綿が汗を素早く吸収し、中心のポリエステルとの間に生まれる微細な隙間を通じて水分を拡散・蒸発させるため、乾燥速度は綿100%の生地と比べて約3.5〜4倍に高まる。夏場に汗をかいたあと冷房の効いた室内へ入っても衣服内が冷えにくく、さらりとした快適さを保てるのはこのためだ。
加えて、ポリエステル特有の「透けやすさ」や「汚れやすさ」といった課題にも配慮されている。ポリエステルは親油性が高く皮脂汚れを吸着しやすいが、本糸は表面が綿で覆われているため、通常の洗濯で汚れが落ちやすい。さらに、綿を巻き付ける密度や糸設計を調整することで、透けにくい生地を実現している。
毛玉(ピリング)が発生しにくい点も見逃せない。糸を紡ぐ段階で毛羽を内側に巻き込むようによりをかけ、織り上げ後には表面をバーナーで焼く「毛焼き」工程も施す。こうした二重の対策により、滑らかで美しい表面感を長く維持できる。
「PALPAプレミアム」の生地
これらの機能は、根気強いトライアンドエラーや加工への惜しみない手間暇によって成立している。トレンド消費が主流となる現在のファッション業界おいて、こうしたものづくりを行う鎌倉シャツは稀有な存在といえるだろう。

数値化できない「鎌倉シャツの着心地」を求めて

形態安定性を示すウォッシュ&ウエア性の指標で3.5級を獲得。洗濯を繰り返してもイージーケア性が落ちない
3年にわたる開発期間中、彼らがもっとも重視したのは数値データよりも「人間の感覚」だった。もちろん形態安定性や速乾性のテストは公的機関で検証しているが、鎌倉シャツでは佐野さん自身が実際に着用し、洗濯を繰り返す独自の検証を徹底した。
「20回ほど洗濯と着用を繰り返し、シワの残り具合や風合いの変化を自分の目で確認します。数値で合格ラインを出しても、実際に着てみたときに『鎌倉シャツらしくない』と感じれば採用しません」
ポリエステルの芯の太さと、巻き付ける綿の量のバランスを変えながら、何種類もの試作を繰り返した。糸を強くよれば強度は増すが風合いは硬くなり、甘くよれば柔らかくなるが毛羽立ちやすくなる。その最適なバランスを見つけ出す作業は、熟練の職人と開発者の感性が頼りだった。
一般的な形態安定シャツ各種との機能性の比較
また、縫製仕様にも妥協はない。一般的な形態安定シャツでは、襟やカフスの芯地に接着芯(トップヒューズ芯)を使用し、パーツを固めてシワを防ぐ手法が取られることが多い。しかし、鎌倉シャツでは着心地と自然な見た目を重視し、接着剤を使用しない「フラシ芯」を採用している。
「J-TECH」シリーズでは、外側には保形性の高いトップヒューズ芯を、肌に触れる内側には柔らかなフラシ芯を使用するというハイブリッドな仕様を取り入れているものもある。
「J-TECH」シリーズに使用されている芯地。手前がフラシ芯、奥がトップヒューズ芯
表と裏で異なる芯地を使うと、洗濯後の収縮率の差で型崩れが起きやすくなるが、ここでも緻密な調整が行われた。30センチ四方の生地に印をつけ、何度も洗濯して縮み具合を計測。芯地の密度や接着剤の量を微調整し、表地と芯地が一体となって美しく収まる黄金比を導き出した。
巻き伏せ本縫いや天然貝ボタンなど、「いつもの鎌倉シャツ」ならではのこだわりもそのまま搭載している
シルエットや襟の形に関しては、通常の綿シャツとまったく変えていない。あくまで「いつもの鎌倉シャツ」としてのたたずまいはそのままに、機能だけをアップデートさせる。それが彼らの流儀だ。

長く着ることが最大の環境配慮

「J-TECH」シリーズは、環境配慮の面でも大きな意義を持っている。糸の芯部には再生ペットボトルを利用したポリエステルを使用。外側のコットンには白度の高い豪州綿をブレンドすることで、漂白剤(薬品)と洗浄に伴う水の使用量を最小限に抑えている。また、この特殊構造は、限りある資源であるコットンの使用量を約30%削減することを可能にしている。
加えて、「製品寿命の長さ」と「メンテナンスの省エネ化」という点も無視できない。安価な形態安定シャツは、生地の劣化や黒ずみによって短期間で廃棄されることも少なくない。しかし、「J-TECH」は生地の強度が非常に高く、型崩れもしにくい。さらに、表面の綿により汚れが適切に除去されるため、白さが長持ちする。結果として、一枚のシャツを長く愛用することができ、廃棄サイクルの長期化につながる。
また、アイロンがけが不要、あるいは極めて短時間で済むことも、ライフサイクル全体でのエネルギー消費削減に寄与する。週に1回着用するとして、年間52回分のアイロンがけにかかる電力と時間を節約できる計算だ。
発売当初、綿100%にこだわる古くからのファンの中には、ポリエステル混紡という点に抵抗感を示す人もいたという。しかし、実際に袖を通してみると、その着心地のよさと手入れの手軽さに驚き、リピーターになるケースが後を絶たない。今では「J-TECH」指名買いの顧客も多く、ブランドを支える柱となっている。

「J-TECH」の名称に込められたMADE IN JAPANへの想い

2025年1月、同社は「PALPA」シリーズの名称を「J-TECH」へと変更した。「J」はJapan、「TECH」はTechnologyとTechniqueを意味する。そこには、日本の産地が持つ技術力と精神性を、世界へ向けて発信したいという強い意志が込められている。
「グローバルを語るには、まずローカルを大切にしなければなりません。優れたローカルの技術をジャパンクオリティとして昇華させ、それを世界に伝えていく。J-TECHという名前には、日本のモノづくりを応援し、守っていきたいという想いがあります」
現在、国内の衣料品自給率はわずか1%台にまで低下していると言われる。日本の繊維産業は存続の危機にあるのが現実だ。大量生産・大量廃棄のサイクルとは対極にある、一つひとつ問題点を見つけては、丁寧に改善していくアプローチは、海外生産では実現が難しい、日本人の気質が生んだモノづくりの姿勢だ。
今後は、訪日外国人観光客へのアプローチも含め、海外でもさらにJ-TECHの素晴らしさを広めていくという。日本の技術と美意識が詰まったシャツに、世界中の人々から驚きの声が上がる日も近いだろう。
鎌倉シャツは、綿への矜持を手放すのではなく、その良さを守るためにこそテクノロジーを取り入れ、イージーケアシャツを進化させたのだ。

Tags

この記事はいかがでしたか?

シェアリンクをコピーしました

Related Articles

Related Database