新型コロナウイルスの感染拡大により、ファッション業界のデジタル化が急務となっている。これまでオフラインでできていた業務をオンライン化する動きも増えてきている。そんななか、park&port株式会社が「PORTUS CLOUD(ポルタスクラウド)」をリリースした。
「PORTUS CLOUD」は「アパレル産業をエンパワーメントする」というミッションのもとに開発を進めている、アパレルメーカーの「営業」に特化した業務支援クラウドシステムだ。今回はpark&port株式会社の創業者である櫟山(いちやま)さんに同サービスの開発背景をめぐるお話を伺った。
「PORTUS CLOUD」はアパレル・ファッション事業者の“商材情報”をデジタル化することで、業務DXを実現するクラウドシステムだ。「PORTUS CLOUD」は、最終製品を取り扱うブランドや企画を行うメーカー、ものづくりの提案を行う商社が取り扱う商材や、画像や動画、組成、素材、仕様書、検査データなど煩雑な管理になりがちな詳細情報を網羅し、データベースにする。
現在ODMやOEM事業を行なっている商社やメーカーでは提案用の企画サンプルの管理が煩雑だったり、管理そのものを行なっていないなど、本来は多くの企画のなかから提案したり要望に応えたり、過去の実績を参照して精緻な提案に活用できるはずだが、現在はそれらのアセットを活用しきっている会社は数少ない。
そこで、「PORTUS CLOUD」ではそういった企画の情報をすべてデータベースに登録し、いつでもどこでも引き出せるような機能が開発された。新機能では、コスト情報や写真画像はもちろん、現在話題になっている3DCGや動画、仕様書や検査データ、特徴タグなどを実装しており、データベースから検索をして数千の企画サンプルのなかから要望に叶うものを検索したり、貸し出したりできる機能が含まれている。今後は提案ページを作ってメールでクライアントに共有したり、案件として進捗管理をできるようにしたり、派生する機能開発を進めていくことで業務DXの領域を広げていくとのこと。すでに大手商社2社での導入がスタートしており、5000以上の企画サンプルの商材情報データベース化を進めているという。
「PORTUS CLOUD」に加えて、同社が開発したのが展示会OMO機能だ。展示会OMO機能では、商品サンプルに「PORTUS CLOUD」より発行されるQRコードを添えつけることで、バイヤーがリアル展示会にてスマートフォンでQRコードを読み取り、動画を含む商品情報を確認することができるようになる。櫟山さんによれば、「今までオンライン上にて展示会商品の提案を行うケースが多かったのですが、外出制限の緩和に合わせて、リアル展示会でも活用するケースが増えてきました。そこでリアル展示会でも同じ画面をスマートフォンなどで開いて、ピックアップやオーダーができるような仕組みを開発しました」とのことだ。
「PORTUS CLOUD」を利用したボードライダーズジャパン株式会社は、今までカタログを印刷したり紙の資料で展示会運営をしていたが、同サービスを活用し展示会における印刷物をゼロにした。バイヤーに会場の入り口で資料ページにログインしてもらい、ページを見ながら接客を受け、商品をチェック。その後本社や店舗に戻ったのちに再度資料ページにログインし、チェックした商品やそれ以外の商品を見ながら、豊富な情報量の中で検討し、発注を行っているという。
さらに、ものづくりを行う企業に向けた新機能も開発。企業の担当者は、読み取ったQRコードから企業の商品情報に加えて原価やコスト、生地の用尺などを確認でき、展示会中の接客や商談に役立つという。
そもそも「PORTUS CLOUD」開発のきっかけは、櫟山さんがファッション業界に感じる課題からだったという。櫟山さんは情報系の大学に在籍していたもののアパレル・ファッションの魅力に取り憑かれ卒業後は新卒でアパレルメーカーに就職。ブランドの卸売に従事しながらデータ管理やディストリビューション業務や在庫管理、事業計画の策定サポートなどの仕事を任されていた。独立し、ものづくりから小売、システム開発まで様々な領域を経験した後、ファッションの魅力をより多くの人たちに広げたいと考えるようになり、ファッションベンチャーに転職。自身の知見を生かしながらベンチャー経営、事業の進め方を勉強し、2019年に資金調達を実施した。
このような経験のなかで、業界がアナログであることを痛感していたという櫟山さん。そこでデジタルツールを提供することで新しい産業構造を構築できると確信し、ファッション・ライフスタイル領域の卸売プラットフォームサービスを構想・起業した。
ところが、200以上のブランド・メーカーの参画が決まっていたなかコロナ感染拡大に伴い、前述のサービス開発を中止することが決定。ほかにできる価値提供はないのかと考えたときに、参画予定だったブランドから「展示会ができなくて困った」という声を聞いたという。
「そこで私たちは『EXIV』というオンラインで展示会ができるサービスを開発し、提供しはじめました。私たちにとっても大変な苦境ではありましたが、リリース初日から利用申し込みが来るなど大きなトラクションを生むことができました」。サービスの運用を続けるなかでブランドやメーカーがなぜアナログであり続けたのか、その一端が垣間見えてきたという。
前述の卸売プラットフォームも上記のオンライン展示会システムも、共通していたのが「商品情報」の準備に1週間以上かかるということ。エクセルやイラストレータでの資料はあるが、それらがデータベースとして一箇所には管理されておらず、再度同社のフォーマットに入れ直すという作業が発生していた。「私たちはこの商品情報がきちんとデジタルで管理されてデータベース化していれば、業務DXはもちろんその商材情報データベースを使って産業全体のDXも可能になると考え、2021年1月に『PORTUS CLOUD』をリリースいたしました」。
初期プロダクトの開発は半年ほど、同社のCTOが一人で作っていた。その後の資金調達を経てプロダクトチーム採用を強化。追加で3名のメンバーとCTOの友人であるテックリードを採用し、PdM含めて6名ですべてを完全に内製化して開発を進めている。内製化している理由はシンプルで、顧客への価値提供を最速で行いたいからだという。
「とにかくスピードを上げるためにプロダクトの理解度が高いチームが必要であるのと、将来価値提供を広げていくことになるため、先を見据えた設計や実装も必要なため、外注は選択肢にありませんでした。今後もプロダクトチームの採用強化は引き続き行なっていき、一丸となって事業者のDXに立ち向かっていきます」。
ファッション業界の今後については、「仕入れ」が大きく変化すると櫟山さんは考えているという。仕入れには最終製品の仕入れとものづくりによる仕入れの2通りがある。たとえばアメリカではSPA以外は最終製品の仕入れが多く、かつ買取の商売の比率が大きい。一方日本はというと、いわゆるセレクトショップと呼ばれる業態のSPA化が進み、最終製品の仕入れをメインで行っているのは個店やスポーツ系ショップなどニッチを取り扱うお店が中心になっており、その市場規模は大きくないのだという。「今後新規で店舗が増えるということは、直感的にはなりますが難しいのではと考えており、大きな潮流は『ものづくり仕入れの最適化』に向いてくると考えています」。
同社が推し進めている「企画も含めた商品情報のデジタル化」がなされていないと、ものづくり仕入れの最適化に向けた小売の求めるスピードや量には対応できないため、今後はデータベース化が必須になってくると考えているようだ。「アパレルの企画・商品情報がデータベース化され流通するようになると、より多くの選択肢のなかから仕入れをできるようになり、ざまざまなバリエーションの商材が流通する、私たちの目指すファッションを楽しめる世界に近づくと思っています」。
「PORTUS CLOUD」は現在、アパレルブランドやスポーツブランド、ユニフォームメーカー、ODMメーカー、商社など幅広く企業で活用されている。導入した企業からは「PORTUS CLOUDを使うことで問い合わせが増えたり、提案する際にすぐに使えるという点でよい、実際に発注につながった」とのこと。オフラインでの活用はもちろん、オンラインでも提案できるため、展示会に来れなかったり、遠方で接点がなかったり、対面でのアポイントが取れなくても提案が可能になったことで、バイヤー側も受け手としてのDX化が進んでいるという。
展示会や提案、商談などの営業業務をデジタル化することにより、効率化はもちろん、営業量を増やすことで一番重要な「売上」を最大化できる「PORTUS CLOUD」。ファッション業界においてデジタル化の重要性はさらに高まっていくだろう。今後の展開にも注目したい。