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2023.10.04

オートクチュールのショーはなぜ必要? 顧客・ビジネス・伝統技術、3つの視点で考察

こんな洋服、一体誰が着るの? ランウェイを見て、多くの人が抱える疑問のひとつだろう。
ランジェリーがスケスケのドレスや、着ぐるみのように身を包む衣装、豪華なジュエルが散りばめられた煌びやかな洋服。
実際に販売するコマーシャルピースのみでランウェイルックを構成するブランドもあるが、多くのブランド(特にラグジュアリーメゾン)は各シーズンのコンセプトを具現化したショーピースをランウェイで披露し、その世界観を日常に適した洋服に落とし込んで商品を展開するのが通例だ。
ファッション・ウィークは各ブランドのコンセプトを発表する場であって、“この洋服で道を歩けばカッコいい!”と提案しているわけではないということを念頭に置いておこう。ショーで認知度を上げ、最終的には幅広いエンドユーザーに商品を届ける販売促進がざっくりとした目的なのだ。
なんとなくランウェイショーの役割が分かったところで、また別の疑問が浮かび上がる。既製服ではない、オーダーメイドで一点モノの洋服であるオートクチュールは、一体誰に向けて、何の目的で披露されるのか?
絢爛豪華極めるドレスを欲しいと思っても、お店に行って購入できるものではない。クチュール顧客である世界人口の0.001%にあたる超富裕層だけに向けて披露するのであれば、莫大な予算を要する大々的なショーである必要はないはず。
ファッション業界に身を置く私自身も、オートクチュール・ファッション・ウィークの必要性については疑問に思うところがあった。
しかし、7月上旬に開催された同イベントで、現代における意義については、少なくとも私の中では明確になったように思う。オートクチュールという古い伝統を、どのようにしてビジネス戦略の一環として推進しているのか、大きく分けて3つの傾向が見えてきたのだ。

顧客層の拡大と新世代の購買力の増加

既存のクチュール顧客にサービスを提供するのはもちろんのこと、新たな層を獲得して事業を拡大させる。これは全てのブランドに共通する目的のひとつだ。
従来の顧客である名家の相続人や王族、権力のある実業家、社交界の著名人だけでなく、ここ数十年ではエグゼクティブや各業界のトップに君臨するインフルエンサー、アーティストなどもクチュール顧客として名を連ねるようになった。
さらに、新規顧客の購買力は非常に大きいようだ。故カール・ラガーフェルドは2018年にフランス版「VOGUE(ヴォーグ)」の取材で、昔は一人の顧客が5着のクチュールドレスを購入していたのに対し、現在はそれが20着に増えており、そのような顧客の割合は増加傾向にあると答えていた。
ランウェイのフロントローを見てもその変化は顕著で、かつての主要な顧客層であった欧米の年配女性から、欧米に加えて中東や中国の20〜30代の女性へと世代交代しているのが見受けられる。経営戦略コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーの調査によると、Z世代とミレニアル世代の購買力は2025年までに世界のラグジュアリー市場の45%を占めると予想されており、顧客層の変遷は顕著だと言える。
そんな新規顧客の高い購買力を刺激するのが、「CHANEL(シャネル)」や「DIOR(ディオール)」といった由緒正しきクチュールメゾン。これらに共通するのは大胆なステートメントではなく、より日常的でリアルに根差した表現が際立っていることだ。
特に、パリのセーヌ河岸をショー会場に選んだ今季の「CHANEL」は、パリジェンヌの日常の美に息づくアリュール(魅惑)を描写することをテーマに、犬の散歩や市場で花を買う女性をランウェイに送り込み、コレクションには一貫してリラックスした雰囲気が流れていた。
CHANEL
CHANEL
オートクチュールの洋服を特別な日の一張羅として捉えるのではなく、日常着としての提案が目立つのは、クチュール顧客からの声を汲み取った結果に違いない。
「DIOR」はプレタポルテの“クワイエット・ラグジュアリー”とも共鳴して、控えめでありつつ高級素材や手の込んだ縫製で、シンプルに洗練された装いを提唱する。
DIOR © Melie Hirtz
DIOR © Melie Hirtz
「VALENTINO(ヴァレンティノ)」も“純真なシンプリシティ”をテーマに、ざっくりと着る白のシャツにジーンズというカジュアルルックがオープニングを飾った。
VALENTINO
VALENTINO
実際は、ボトムスはトラウザー全面にビーズ刺繍を施してデニムの質感に見せるというトロンプルイユの技法を用いたもの。製作に何千時間を要する、緻密な職人技巧が誇るオートクチュールの価値は、誇示するのではなく控えめに享受するのが、“クワイエット・ラグジュアリー”の潮流であり、今のクチュール顧客の美意識のようだ。
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