「鞄」だけが、「服」よりも私たちの身体が触れる時間が長いアイテムかもしれない。
誰にでも愛用の鞄がある。使い込むほどに風合いを増すレザーバッグや、仕事道具を運ぶ機能的なリュック。ハンドクラフトから先端素材まで、ファッションのテクノロジーが宿るジャンルでもある。 Luis Vuitonをはじめとしたラグジュアリーメゾンにとってはブランドアイコンであり、FREITAGのようなデザインとサステナビリティを見事に両立させたブランドも思い出されるだろう。
そのなかで、極めてユニークな仕事で知られる日本のバッグブランドがある。
「
Kagari Yusuke 」。「持ち歩く壁」をコンセプトに掲げたその製品群は天然素材とも化学繊維とも明らかに異質な質感を持ち、エイジングの美しさは唯一無二だ。
本記事ではデザイナーのカガリユウスケ氏を取材。各種作品を紹介しながら、独自のテクスチャーを作り出す表面加工の開発エピソードとその背景にある「鞄」への思考を聞いた。
カガリユウスケ氏
「Kagari Yusuke」の活動について教えてください。 レザーに特殊な加工を施した素材を用い、バッグ・ウォレットなどの小物・アクセサリーをメインに製作販売しています。2007年にブランドを立ち上げ、今年で17年目に入りました。電線トート/都市型迷彩
他に類を見ないテクスチャーです。 私のブランドは「壁を持ち歩く」というコンセプトを掲げています。インスピレーションの源はコンセプトの通り、どこの都市にもある「壁」です。牛革にパテを塗り、2週間ほど乾燥させて、建築物の壁のような質感を与えてから縫製する。製作のほぼ全工程を私とスタッフの計3人で行っています。
「パテ」とは工業用の塗料を革に塗るということでしょうか。 はい。た とえば白いバッグに使っているパテはアートギャラリーの白壁などに用いられているもので、業務用のヘラとローラーで革に塗ります。また、ハンドル部分には電線や鉄筋を使い、排気ダクトをモチーフにしたオリジナルパーツをつけることもある。
一般的なバッグメーカーとは異なり、私が使う素材はほとんどがアパレル用ではなく工業用の建材で、仕入れ先もモノタロウやAmazonの建築資材業者です。街を作る素材で鞄を作っていると言っても良いでしょう。
鉄筋トート/ドロネースタッズ こうした特性から、私のバッグはエイジング(使い込むことによる経年変化)も一般的なレザーバッグとはまったく異なります。使う人の皮脂と紫外線などの影響が蓄積して、経過した時間の痕跡を残すように風合いが作られていきます。
経年変化で複雑な色落ちやクラック(ひび)などの表情が表れる
このような独自の加工技術を開発した経緯は。 現在の表面加工を開発したのは2007年、22歳の頃です。まず「壁」のような表現をバッグで行えないかというアイデアが浮かび、渋谷の東急ハンズで10種類ほどの壁面用の塗料を買い込んで紙・布・革などの支持体と組み合わせることから始めました。「何もわからないが、とりあえずやってみるか」という感じでトライしたのですが、私がとてもラッキーだったのは、この最初の試作で現在もメインで使っている塗料を発見でき たことです。素材としてソリッドで、強く、加工しやすかった。
他の9種類はすべて失敗でした。抜群に「壁」の再現性が高かったのはセメント塗装でしたが、非常に重く、曲がらず、ミシンが通らないほど硬くなってしまう。壁にはなるけれどバッグにはならない。
まさに技術開発の苦労です。 そうですね。そもそも「壁の質感の鞄」という前例がありませんから(笑)。当時インターネット上で専門的な情報が収集できるようになっていたことも幸運でした。若く、業界にコネクションもない私が、独学で塗料の乾燥時間や仕入れ方法を知ってクリエイションを始められたのは、間違いなくゼロ年代初頭のインターネット環境のおかげです。
グニャショルダー modeling by HATRA また、感性の通じるクリエイターの友人にも恵まれました。同時期に活動を始めていた「HATRA(ハトラ)」とは現在もコラボをする機会があります。当時私たちがやろうとしていたことはファッションアイテムをデザインするというより、身体の周囲に「空間」を持とうとする試みだったと言えます。
HATRA × kagari yusuke × ミキリハッシン企画「巣・展」(2013年)