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2022.06.30

「不確実性の高い時代に“世界”をさぐるとき、アートほど大事なものはない」(長谷川祐子)

甲冑をテーマにした展覧会「甲冑の解剖術ー意匠とエンジニアリングの美学」が、金沢21世紀美術館で開催されている(会期は2022年7月10日まで)。
甲冑は、武将が身を守るための機能性やエンジニアリングを追求したと同時に、自身の力や美意識を誇示するための工芸的な技法や意匠をアップデートし続けたことで、独自の美学としても発展を遂げた。
本展は、甲冑と現代アーティストの作品を展示し、空間デザインを行うことにより、歴史と現在を対話させようとする試みが、大きな見どころとなっている。
今回、最先端のテクノロジーとデザインがアップデートされ続けているスニーカーを「現代の甲冑」に見立て、ファッションブランドのHATRAとMAGARIMONOが3Dプリンターで制作したスニーカーを公開。
そして、真鍋大度さん主宰のライゾマティクスが甲冑をCTスキャニングした映像や、スタイリストの三田真一さんが制作した「スニーカー甲冑」を展示するほか、アーティストのナイル・ケティングさんが「アップルストア」のような空間を演出している。
キュレーションを担当したのは、同館館長の長谷川祐子さん。世界的に活躍するキュレーターである長谷川さんに、本展で目指したことや、今の時代だからこそアートが果たす役割について聞いた。
PROFILE|プロフィール
長谷川祐子

金沢21世紀美術館 館長 / 東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科 教授
キュレーター/美術批評。京都大学法学部卒業。東京藝術大学美術研究科修士課程修了。水戸芸術館学芸員、ホイットニー美術館客員キュレーター、世田谷美術館学芸員、金沢21世紀美術館学芸課長及び芸術監督、東京都現代美術館学芸課長及び参事を経て、2021年4月から現職。犬島「家プロジェクト」アーティスティック・ディレクター。文化庁長官表彰(2020年)、フランス芸術文化勲章(2015年)、ブラジル文化勲章(2017年)を受賞。これまでイスタンブール(2001年)、上海 (2002 年)、サンパウロ (2010 年)、シャルジャ(2013年)、モスクワ(2017年)、タイ(2021年)などでのビエンナーレや、フランスで日本文化を紹介する「ジャパノラマ:日本の現代アートの新しいヴィジョン」、「ジャポニスム 2018:深みへ―日本の美意識を求めて―」展を含む数々の国際展を企画。国内では東京都現代美術館にて、ダムタイプ、オラファー・エリアソン、ライゾマティクスなどの個展を手がけた他、坂本龍一、野村萬斎、佐藤卓らと「東京アートミーティング」シリーズを共同企画した。主な著書に、『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』、『「なぜ?」から始める現代アート』、『破壊しに、と彼女たちは言う:柔らかに境界を横断する女性アーティストたち』、『ジャパノラマ-1970年以降の日本の現代アート』、『新しいエコロジーとアート-「まごつき期」としての人新世』など。

金沢の歴史と現代をつなげる

本展は、長谷川さんが2021年に館長就任後、初めてのキュレーションとなりました。特別な想いはありましたか。
(左手前)南蛮鉄胴朱具足(江戸時代)/井伊美術館蔵<br>「甲冑の解剖術ー意匠とエンジニアリングの美学」展示風景<br>photo by Muryo Homma (Rhizomatiks)
(左手前)南蛮鉄胴朱具足(江戸時代)/井伊美術館蔵
「甲冑の解剖術ー意匠とエンジニアリングの美学」展示風景
photo by Muryo Homma (Rhizomatiks)
私は、金沢21世紀美術館の立ち上げ時に6年ほど関わり、レアンドロ・エルリッヒの《スイミング・プール》や、ジェームズ・タレルの《ブルー・プラネット・スカイ》タレルの部屋)などのコミッション・ワークも手がけています。館長として戻ってくるときは「金沢の現代美術館であること」の意味について、ずっと考えていました。
そこで、まずやりたいと思ったのは、金沢の歴史と現代を繋げること。そしてこの場所にある文化的な資源の見える化を、現代アートの力でできないか、ということでした。
金沢には加賀藩前田家の歴史があり、数多くのいわゆるお宝がありますが、その中でも甲冑は武将の美学やエンジニアリング、機能性などを最も代表するものだと考えました。しかし、それを現代に出会わせるためにはどうすればいいか。
特に若い人にとって、当時の技術や意匠は「昔の立派なもの」としては映りますが、自分のものとして継承することは、あまりないのではないかと思いました。
その点で、2018年にパリのパレ・ド・トーキョーと、その隣のギメ東洋美術館で開催された「DAIMYO」展からヒントを得ました。
現代アーティストによってコンセプチュアルにデザインされた空間の中で、甲冑がアクリル台の上にケースなしで展示されており、それを見ようと若者がたくさん押し寄せていたんです。その光景を見て「これだ!」と思いました。そして私自身、その時に初めて「甲冑ってこんなに綺麗なものなんだ」と実感しました。
今回、スニーカーを現代の甲冑として見立てています。「甲冑=スニーカー」に至るまでの経緯について教えて下さい。
HATRA × MAGARIMONO 《AURA High》2022<br>「甲冑の解剖術ー意匠とエンジニアリングの美学」展示風景<br>photo by Muryo Homma (Rhizomatiks)
HATRA × MAGARIMONO 《AURA High》2022
「甲冑の解剖術ー意匠とエンジニアリングの美学」展示風景
photo by Muryo Homma (Rhizomatiks)
甲冑は武将にとって身を守るだけでなく、自分のアイデンティティ表現でもありました。そのため、現代において「自分の心の鎧になるものは何か」と考え、最初はスーツや勝負服、さらに時計なども考えました。
その中でスニーカーに行き着いたのは、やはりエンジニアリングです。スニーカーは、スポーツ競技用シューズから始まったと言われていて、やがてマイケル・ジョーダンのエア・ジョーダンのように、トップレベルの華やかなアスリートのモデルが誕生しました。
アスリートの能力に合うように何度も機能性とデザインが変更されるだけでなく、新作が出る度に注目を集め、ストリートで1つのシンボルになっていきました。
また、スニーカーは個人の嗜好によってカスタムが施され、セレブが愛用するオートクチュールのようなデザインには数百万円の値段がつくものもあります。
スニーカーは甲冑と同じようにアトリビュート、つまり人の属性として「このスニーカーを履いてる人はこうだよね」というシンボル性や感性を表していると言えます。
進化し続ける意匠とエンジニアリングを満たすものとして、スニーカーしかないと思いました。
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