1982年にリリースさ れ、品番を変えず常にアップデートを続けながら、現在はv5まで登場しているニューバランス「990」。アップデートのたびに履きやすさとデザイン性を向上させ続けてきた屈指の名作だ。2022年秋には「990v6」の発売も予定されている逸品に関して、日本を代表するスニーカーショップのキーマンである、ミタスニーカーズの国井栄之氏にその進化の歴史について語ってもらった。
1982年、当時持ち得た最先端の技術で最高のランニングシューズの完成を目指し、4年もの歳月をかけて作られた渾身の1足がニューバランス「990」のスタートであった。当時は「1000点満点中990点の出来栄え」と広告で謳ったように1足100ドル(当時は1ドル=約280円)という高額で発売され、市場に一石を投じた。国井さんはその歴史を語る。
「現在ではニューバランスはグレーのイメージがありますが、発売当時、グレーは結構攻めた色で、ホワイトが基本だったランニングシューズにとっては、かなり先鋭的なカラーだったようです。ニューバランスがグレーを選んだ理由は諸説あり、ボストンの天気は曇りが多かったからという説もあったりします。僕が聞いた話では、それまでオフロード中心だったところ、シティランナーが増えてきて、コンクリートにマッチする色合いやボストンの街並みの色にフィットするようなカラーをということでグレーを選んだという説が有力ですね」
ニューバランス「990」シリーズは現在「990v5」まで登場している。990初代「990」である「990v1」が発売されてから、どういった流れで進化していったのだろうか。国井さんは言葉を続ける。
「初代『990』が発売されてから実は『995』、『996』と続きます。1988年に登場したこの『996』は世界中で人気を博し、900番台の知名度を知らしめたモデルとしても知られています。スッと『990v2』に続かないのも面白いですよね。そこから1998年にやっと『990v2』が登場。少し期間があいて初代モデルのリリースから30 周年の節目となる2012年に『990v3』が誕生し、そして2016年に『990v4』、2019年に現行モデルの『990v5』へと続いていきます。
今年は初代の誕生から40周年のアニバーサリーイヤーで『990v6』の発売が11月に予定されています。この“v3”とか“v5”という呼び方は“バージョン”の“v”とされていて、990がバージョンアップしていくという意味でつけられた呼称なんですよ」
「990v6」の発売も間近に控え、盛り上がっている「990」シリーズ。さまざまなスニーカーを見てきた国井さんが一番好きな「990」はどのモデルなのか。
「よく聞かれる質問ですね。僕はどのスニーカーに関しても一緒なのですが、常に最新のモデルが好きです。過去のモデルはリアルタイムで履いていなかったとしても掘り下げることで好きになったり、興味を持ったりすることもあります。もちろん、リアルタイムで体感していて思い入れが強いモデルもあります。ただ、自分的には常に最新のモデルが好きなので、現時点でいうと『990v5』ということになります。だからこそ、『990v6』の発売が待ち遠しいし、早く履きたいというのが本音ですね」
ニューバランス「990」シリーズはどうしてここまで人気があるのか。それに関しても国井さんなりの視点から語ってくれた。
「『990』シリーズが1000番台や500番台と圧倒的に異なるのは、ユーザーを置き去りにしない普遍的なデザイン性に尽きると思います。過去のモデルをしっかり継承しているデザインなので、よくあるような“最新モデルは全くの別物”ってことになりにくいところが魅力でもあると思いますね。
また、ここまで人気が広がった理由は大きくふたつあるようです。ファッション的な観点からみると十数年前に“ノームコア”[1]というムーブメントが生まれて、アメリカではなくヨーロッパを中心としたコレクションブランドのデザイナーたちも、あえてニューバランスのオーセンティックなスニーカーを履きはじめたことから盛り上がってきました。
またストリート的な観点から見ると、アメリカ・ボルチモアで暴動が起きたときに、街角で薬物を売る黒人のプッシャー(売人)や、抗議のために火炎瓶を投げている人たちがステータスシンボルのニューバランスの『990』を履いていたことなどから、アーティストやラッパーに旋風が巻き起こり、ストリートカルチャーとして盛り上がっていったことも大きいと思います。
ニューバランスは公式のツイッターで“ボルチモアの暴動とは無関係である”と声明を出したほど。そこも真面目なニューバランスらしい。これだけ潮流になっていくのは、きっかけがひとつだけじゃなく、今挙げたような複数の大きなムーブメントがあるからなんですよね。それも面白いと思います」
それまで日本ではあまり知名度のなかった990だったが、こうした大きなムーブメントの中から火が付き、今の盛り上がりを見せているのだ。
国井さんはストリートでも伝説を残したヘクティック×ミタスニーカーズ×ニューバランス「MT580」のトリプルコラボや、「990v4」が登場するタイミングでもコラボモデルを手掛けるなどニューバランスとは蜜月関係を築いている。そんな国井さんが感じる、ニューバランス側が「990」に託す思いを伺ってみた。
「『990』シリーズはニューバランスが提唱する“ヘリテージ”や“クラフトマンシップ”という言葉を体現すべく、アメリカのブランドのアイデンティティが詰め込まれたシリーズだと思います。プレステージで一番のハイエンドラインに位置づけされる1000番台も、オフロードランニングモデルとして展開される500番台も、アジア製のモデルが発売されていますが『990』シリーズを含む900番台は、頑なにメイドインUSAを貫いているところからも、その姿勢が感じ取れますよね。
個人的にも、『990』シリーズは完成されていると思います。他ブランドでも90年代当時ハイテクと謳われていたスニーカーも、今履くと履き心地にややローテクさを感じてしまいます。ただ、それよりも前に発売された990を履くと、ヘタしたらどんなスニーカーよりも履き心地は良いのです。
当時、触れ込んでいた“1000点満点中990点”というのは誇大広告でも何でないし、現代に通じていると思います。ニューバランスは元々、偏平足などの治療を行う矯正靴メーカーとして誕生しているので履き心地は、本当に群を抜いていますよね」
ユーザーがニューバランスや「990」シリーズに求めることは変化じゃなくて進化だ。
ニューバランスの進化はユーザーを置き去りにせず、しっかりとコミュニケーションができるモノづくりを基本としている。デザインや機能などを変えてしまうことは簡単だ。しかし、変わらない努力が一番難しい。一歩二歩先の進化ではなく“半歩先”の進化でユーザーがしっかりとテクノロジーを体感できるところが「990」シリーズの良さといえる。これからもその良さを変えず、ゆるやかに進化していくことを願いたい。
[1]2013年頃、アメリカのニューヨークを中心に定義づけられたファッションムーブメント。「あえてシンプルなものを“こだわりを持って”選択すること」を良しとし、シンプルな着こなしが流行った。かのスティーブ・ジョブスが取り入れていたことでも話題となった。
東京の下町である上野から世界へ向けて独自のスニーカースタイルを提案するmita sneakersでクリエイティブディレクターを務める。数多くのブランドとのコラボモデルや別注モデルを手掛けるが、ニューバランス関連でのコラボや別注でもその手腕を発揮する。世界プロジェクト から国内インラインのディレクションまで多岐にわたり、スニーカープロジェクトに携わるスニーカー業界の最重要人物。
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Photo by Hiroyuki “Lily” Suzuki(StudioLog)
Text by Yasuyuki Ushijima(NO-TECH)