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2023.05.13

PUFFYの音楽とファッションから学ぶ、今なお輝くヴィンテージスタイルの魅力

2021年に25周年を迎え、最近ではTikTokを筆頭にZ世代にも人気のPUFFY。5月13日は彼女たちのデビュー日であり、今年で27周年を迎える。

今年2月に発売されたマクドナルドの新商品「アジアのジューシー」のCMでは、西野七瀬と飯豊まりえがパロディ版「PUFFY」に扮した姿が話題になった。このCMに対する賛否両論はさておき、これを見て90年代の「PUFFYのファッション」を思い出した人も多いだろう。

PUFFYといえば、デニムにTシャツといったカジュアルなイメージが強い。
しかし、それだけではない。緻密に計算されたストリートファッションからなるスタイルがPUFFYにはあった。今回は改めて90年代のPUFFYの魅力に迫りたい。

1997年「RUN!PUFFY ! RUN !」株式会社ソニーマガジンズ
1997年「RUN!PUFFY ! RUN !」株式会社ソニーマガジンズ

90年代のPUFFYスタイル

大貫亜美と吉村由美で結成されたPUFFYは、1996年の5月に奥田民生プロデュースのシングル『アジアの純真』でデビューした。1996年は安室奈美恵からアムラーが流行し、小室哲哉がプロデュースしたアーティストのTKミュージックやユーロビート、小沢健二を筆頭とした「渋谷系」の音楽が若者の心を掴み、街中で流れていた時代だった。細分化されつつも、音楽業界が新たな盛り上がりをみせているなか、PUFFYは彗星の如く現れた。

PUFFYのジーンズにスニーカー、お揃いのTシャツ姿は、当時「脱力系」などともいわれたが、ふたりの親しみやすいキャラクターや自然体なスタイルは瞬く間にティーンを中心に人気を集めた。井上陽水が作詞した『アジアの純真』のつい口ずさみたくなる歌詞や、奥田民生プロデュースのハイクオリティな楽曲は、音楽好きな人の心をも掴み、2ndシングル以降の『これが私の生きる道』、『サーキットの娘』、『渚にまつわるエトセトラ』と続いて当時のオリコンランキングでは初登場1位となった。

デビュー当初から音楽業界で注目を浴びたPUFFYだが、そのファッションもまた目を惹くものとなった。アーティスト全盛期の90年代は、いかにもそれらしいファッショナブルなスタイルでメディアに登場するアーティストが多かったなかで、PUFFYの真逆を行くストリートファッションは個性が際立った。

当時の女子高生の間では、「PUFFYが人気だし、かわいいから真似したい!」といった単純な動機でPUFFYのファッションを一種のトレンドとして取り入れた人も多かったが、一方でレアもののファッションアイテムを取り入れているPUFFYに対して、ストリートファッションのアイコンとしての評価も高まっていった。

ストリートファッションの新ミューズとして

90年代のPUFFYは音楽雑誌だけではなく、多くのファッション雑誌でも誌面を飾った。
『CUTiE』や『Zipper』といった青文字系雑誌を中心に登場していたが、その中でもストリートファッションの新ミューズとして華々しく誌面を彩った雑誌がある。かつて祥伝社から発行されていたメンズファッション誌の『Boon』だ。

1986年に創刊された『Boon』は、ストリートファッション誌というジャンルを確立した。
90年代の古着ブームで、その人気が加速した『Boon』はストリートファッションのバイブルのような雑誌だった。青春時代にヴィンテージデニムの情報や最新のスニーカー、人気の古着ショップなど多くの情報を『Boon』から得た人も多いだろう。

当時は木村拓哉やダウンタウンの浜田雅功など、多くの著名人がヴィンテージデニム愛用しており、その人気は加速の一途をたどっていた。SNSがない時代の芸能人のファッション情報は、テレビや雑誌でしか入手することができなかった。番組をチェックして、どこのブランドのデニムを穿いているかを分析したり、ヴィンテージショップの店員から情報を聞き出したり、そのような時代において、雑誌の特集は貴重な情報源のひとつとなっていた。

そして、ヴィンテージデニムを穿きこなす芸能人としてPUFFYも名を連ねていた。PUFFYがあまりにもさりげなく穿いているので、つい見逃してしまうかもしれないが、当時PUFFYが穿いていたデニムは、ヴィンテージのリーバイス『501XX』や『503BXX』。リーバイスのヴィンテージデニムは今でこそ復刻版なども発売されているが、オリジナルは「超」が付くほどのレアものデニムだ。

PUFFYのファッションを紐解く

1997年「RUN!PUFFY ! RUN !」株式会社ソニーマガジンズ
1997年「RUN!PUFFY ! RUN !」株式会社ソニーマガジンズ

当時のPUFFYのファッションは令和になった今でも参考になるところが多い。アイテムやメイクを紐解くとその凄さが分かるだろう。

PUFFYのスニーカーは基本的にローテクスニーカーをセレクトすることが多かった。90年代はハイテクスニーカーも流行っていたが、デビュー当初のPUFFYはシンプルなローテクスニーカーや、スケボーシューズを履いて足元にボリュームを出していた。当時のつま先の丸いスケボーシューズの元祖的存在は『NORTHWAVE(ノースウェーブ)』というシューズだった。『NORTHWAVE』はメンズの間で大流行し、一時は品切れ状態が続いた一足だ。

シューズも時には『Red Wing(レッドウィング)』の「アイリッシュセッター」を合わせたり、腕にはメンズ仕様のカシオの『G-SHOCK』や計算機能が搭載された『DATA BANK(データバンク)』を身につけ、アクセサリーはネイティブアメリカンっぽいものやクロムハーツをさりげなく身につけていた。

ピアスホールが両耳に数個ある彼女たちは、中くらいのピアスと小さいピアスをバランスよく付け、ややゲージ(耳に通す軸部分の太さ)が太いピアスはストリートファッションにとてもよく似合っていた。

流行りのボーイズアイテムにさりげなく合わせたヴィンテージデニムに加えて絶妙なバランスで、メイクや髪型でガールズ要素を取り入れた PUFFYのスタイルを、ファッションの感度が高い人たちが見逃すことはなかった。

トップスもTシャツの印象が強いが、そこには彼女たちの着こなしに対する強いこだわりがあった。基本的にTシャツはジャストサイズのチビTを身につけ、袖や襟口がリブになっているものから、プリントものまでさまざま。Tシャツの上にボタンダウンのシャツを羽織ったり、チャイナ風のトップスを合わせたりすることも多かった。

PUFFYはTシャツとジーンズが代名詞のようなイメージがあるが、それだけではない。
97年の『CUTiE』の特集でもそのセンスは光り、ヒョウ柄のアウターやカウチンをまとった冬の装いは、すべて彼女たち自身のスタイリングだ。

1997年CUTiE No.97 宝島社
1997年CUTiE No.97 宝島社

また、90年代から遊び心満載のオマージュデザインを積極的に取り入れていた。『アジアの純真』のMVで着用していた、『Tiffany&Co.』を模した「Puffy&Co.」のロゴのTシャツを覚えている人も多いだろう。このTシャツも、ただのプリントTシャツかと思いきやそうではない。生地に厚みを持たせる為、『anvil』のメーカーのものを採用するなどこだわりが詰まった一枚だ。

そして、数々のコラボレーションが実現したツアーTシャツやグッズも話題になった。
初のツアー「TOUR’97 RUN!PUFFY!RUN!」では、サンダーバニーの作者のロドニー・アラン・グリーンブラッド氏のイラストなどで、小物類や『G-SHOCK』とコラボレーション。「JET TOUR’98」では、『PORTER』とコラボレーションした。また、ソニー・ミュージック公式オンラインショップ「ROCKET-EXPRESS」では、アパレルブランド『A BATHING APE』がデザインしたキャラクター、ベイビーマイロとコラボレーションしたTシャツが販売された。豪華なコラボ企画は毎回話題になり、ファンには垂涎のアイテムになった。

1997年Boonフォトマガジンvol2「Boon!PUFFY!Boon!」祥伝社
1997年Boonフォトマガジンvol2「Boon!PUFFY!Boon!」祥伝社

97年に『Boon』から発行されたフォトマガジン『BOON!PUFFY!BOON!』でも、その魅力を最大限に発揮している。彼女たちの写真やインタビュー、「TOUR’97 RUN!PUFFY!RUN!」のツアーを追ったこのフォトマガジンは、今では伝説的な一冊となっている。

またここに掲載されているPUFFYの着用アイテムには、価格表記がなかったり、年代表記が曖昧だったりするものが多い。レアなヴィンテージアイテムをサラッと着こなせるのもPUFFYの魅力だろう。

令和でも参考になる、PUFFYの計算された絶妙な甘辛バランス

1997年Boonフォトマガジンvol2「Boon!PUFFY!Boon!」祥伝社
1997年Boonフォトマガジンvol2「Boon!PUFFY!Boon!」祥伝社

そして、甘さと辛さがミックスされたPUFFYのヘアメイクにも注目したい。
カジュアルなスタイルとは正反対に、メイクは目元にポイントを置いてキュートに仕上げているのが特徴的だ。

ベースメイクは丁寧かつ控えめに施し、リップも肌に馴染むベージュのものでさりげなさを演出。
ベースメイクとリップが控えめな代わりに、まつ毛にはマスカラを丁寧に塗り重ね、目元をぱっちりと強調して仕上げる。そして、ネイルはネイビーやシルバーといったインパクトのある色をセレクトし、辛口な要素を取り入れることでシルバーアクセサリーとのバランスを良くしていた。

ヘアスタイルも、横結びや三つ編み、ロングヘアのダウンスタイルで、メイクと同様に女の子っぽくしているのがPUFFY流だ。PUFFYのヘアスタイルと言えば、大貫亜美のロングヘアにボリュームのあるスパイラルパーマのヘアスタイルが記憶に残っている人もいるだろう。当時は「ワッフルヘア」と呼ばれたこのヘアスタイルも、グッとPUFFYっぽさが強調されるので真似する人が多かった。

また、当時は仕事や学校の兼ね合いでスパイラルパーマをかけられない人の為に、専用のヘアアイロンも発売された。「ワッフルヘアアイロン」と名付けられたこの商品は、ストレートアイロンや部分的にクセ付けるコテとは仕様が異なり、全体的に髪にボリュームを出し、フワフワにクセを付ける為に作られたヘアアイロンだ。

PUFFYのヘアスタイルは、横結びの他にルーズにまとめたアップスタイルなど、ファッション同様ヘアアレンジもさまざまだったが、ヘアアクセサリーもフラワーモチーフや羽などでポイントを出している。ボーイズアイテムが中心なファッションにヘアスタイルで女の子らしさを取り入れ入れることで、PUFFYの絶妙な甘さと辛さのあるスタイルが完成するのだ。

PUFFYのように、気負わずラフにファッションを楽しもう

1997年Boonフォトマガジンvol2「Boon!PUFFY!Boon!」祥伝社
1997年Boonフォトマガジンvol2「Boon!PUFFY!Boon!」祥伝社

振り返ると、PUFFYのファッションはラフなストリートファッションやヴィンテージスタイルの中にも、こだわりが詰まったオリジナリティ溢れるスタイルだった。現在のPUFFYのファッションも、大人のストリートファッションにアップデートされ、ヘアスタイルともに参考になる部分が多い。2002年以降は海外での活動が目立っていたが、25周年を迎え、再び日本のメディアでも露出が増えて嬉しい限りだ。今回は、90年代のPUFFYのファッションについて振り返ってみたが、改めて当時のファッションセンスに驚いてしまう。

97年の『CUTiE』のインタビュー内で「ファッションで気をつけていること」の質問に対して、吉村由美は「頑張りすぎないこと」と答えていた。ヴィンテージスタイルや古着スタイルも知識ばかりが先行してしまうと、なかなか思うように楽しめなかったり、躊躇してしまったりといったことがある。

だが、あくまでも自分のファッションの主人公は自分自身だ。もっと気楽に頑張りすぎずに。そんな気軽にファッションを楽しむ心を、かつてのPUFFYは教えてくれる。

ヘッダーキャプション:(左)1998年Boon EXTRA 祥伝社、(中央)1997年Boonフォトマガジンvol2「Boon!PUFFY!Boon!」祥伝社、ほかCDなど筆者私物

PROFILE|プロフィール
Tajimax
Tajimax

ライター・コレクター
2018年からSNSを中心に90年代〜00年代の平成ガールズカルチャーをメインに紹介している。以降、『オリコンニュース』『現代ビジネス』『WWD.JAPAN』『ビジネスジャーナル』『クイック・ジャパン』『アーバンライフメトロ』『東洋経済オンライン』などで平成カルチャー関連のインタビューや執筆・寄稿に携わる。古雑誌をメインに平成ガールズカルチャー関連のアイテムを膨大に所有。

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