2022.01.14

【対談】速水健朗・飯田豊「都市を形づくるメディア・イベント:パブリック・ビューイングから路上飲み、カフェと公園」

#特集004「都市とメディアの過去/現在/未来」

メディア研究者である立命館大学産業社会学部准教授・飯田豊氏とお送りする特集企画「都市とメディアの過去/現在/未来」。今回は、ライターの速水健朗氏をお迎えし、対談を行いました。

共に都市やメディアをめぐる、多様な文筆を手掛けてきた速水氏と飯田氏。そんな両氏が交わした、東京オリンピックが都市文化にもたらした影響、コロナ禍の都市風景などをめぐる、多岐にわたる対話をお届けします。

PROFILE|プロフィール
速水健朗

1973年石川県生まれ。ライター。主な分野は、都市論、ショッピングモール研究など。著作に『1995年』(ちくま新書)、『東京β』(筑摩書房)、『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)、『フード左翼とフード右翼』『東京どこに住む?』(ともに朝日新書)などがある。

PROFILE|プロフィール
飯田豊

立命館大学産業社会学部准教授。専門はメディア論、メディア技術史、文化社会学。1979年、広島県生まれ。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程 単位取得退学。著書に『テレビが見世物だったころ:初期テレビジョンの考古学』(青弓社、2016年)、共著に『メディア論』(放送大学教育振興会、2018年)、編著に『メディア技術史:デジタル社会の系譜と行方[改訂版]』(北樹出版、2017年)、共編著に『現代文化への社会学:90年代と「いま」を比較する』(北樹出版、2018年)、『現代メディア・イベント論:パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』(勁草書房、2017年)などがある。

都市における広場

オリンピックにおけるパブリック・ビューイングの構想

速水:

東京オリンピックについては開催そのものや観客の有無などについて難しい決断があった一方、パブリック・ビューイングの実行に関しては、ほぼ議論もないままあっさりと中止だけが告げられていたのに驚きました。公園や広場などを用いて、都市全体でオリンピックを楽しむような取り組み、または技術を駆使したスポーツ中継というのは、東京五輪の中核部分だと思っていたので、観客の有無以上に重要だったように思います。新たな人の集まり方の発明みたいなことがあってもよかったのではと。

一方、街に人が集まることの是非を問う議論は、コロナ禍になる以前にピークを迎えていました。たとえば、ハロウィンの渋谷駅前交差点に人が殺到する問題などがそうです。渋谷のハロウィンに対して、僕はネガティブなものとは捉えていません。イベントとして過剰に盛り上がってしまって批判的に見られてしまったけれど、あれは「都心に集まる広場のニーズ」の高まりであり、本来であれば、新たな広場の形の模索に繋がっていくものだったと思います。その件で、渋谷区長にも取材をしています。ニューヨークのタイムズスクエアのように車の乗り入れを止めるまではいかないものの、渋谷区では、「歩行者中心の道路空間の実現に向けた社会実験」を行ったりもしています。

コロナ禍でネガティブな意味で注目された「路上飲み」や「公園飲み」も、実は、コロナ禍以前からの現象で、治安維持の問題を抜きにすれば、新しい都市のコミュニケーションとしておもしろい面も多い現象だったように思います。路上飲み、公園飲みと従来の公園、そしてショッピングモールの中間形態のような形で、MIYASHITA PARKが2020年にオープンして、主に若い層に利用されています。パブリックと商空間とストリートが地続きになった都市の空間として興味深い施設です。

僕は、パブリック・ビューイング、路上飲み、MIYASHITA PARKは、飯田さんが研究されてきた都市とイベント性という観点で重要な事象だと思っており、今日はこの辺りについて話してみたいなと思っています。まずパブリック・ビューイングの動向について、どう見ていたのかお聞きしていきたいです。

飯田:

ニューアーバニズムやコンパクトシティといった概念が広がり、速水さんも書かれているように、少子高齢化に対応して中心市街地に人を呼び込む試みが進むなかで、公園のあり方も大きく変わっていますよね。

渋谷区長に取材されたというのが、2019年に書かれた「広場が都市を変える? イベントで賑わう街・ 渋谷で始まる新たな試み」(BLOGOS)という記事ですね。「広場」に注目されているのが印象的でした。2017年に刊行した『現代メディア・イベント論』(勁草書房)のなかで、共編者の立石祥子さんが、ドイツと比較をしながらパブリック・ビューイングの考察をしましたが、実際にドイツに足を運んでみて、広場と公園の違いについて考えさせられました。ドイツではブランデンブルク門前の大通りが非常に有名ですが、入場制限は設けられるものの、普段は境界がなく誰でも入ってこれる開かれた空間でパブリック・ビューイングが行われています。日本の場合、こうした広場がありません。スタジアムや映画館のようにお金を払って入る場所で開催されることが多く、根本的に性質が異なっていると思っていました。
ですが、2017年頃から東京オリンピックに向けて、ヨーロッパの形式に近いパブリック・ビューイングの構想が浮上してきて、公園を活用するのは面白い動向だと注目していました。『現代メディア・イベント論』も、もちろん東京オリンピックを見据えて出版したもので、公共空間をどのように活用できるのか、人々の参加をどのようにデザインできるのかといった点を主題としていました。

速水さんは渋谷区の試みとして、「パーキングデー」に注目されていましたね。これは駐車スペース(parking)を小さな公園(park)に変えるという世界的なムーブメントです。立石さんとは2013年、ドイツのライプツィヒ大学で彼女が企画した国際セミナーにお招きいただいた際に初めてお会いしたのですが、ちょうどその日、大学の近くでパーキングデーが開催されていました。駐車スペースにチョークで「Park(ing) Day」と書いて、ピクニックをやっていました。それを見たときに、日本とは公共空間の感覚に大きな違いがあり、それがパブリック・ビューイングの形式の違いにも繋がっていると感じました。
公共という言葉には翻訳の難しさもありますが、日本の公園はどこまでも「オフィシャル」で、ヨーロッパの広場には「パブリック」で「オープン」な性格がある。

画像: 2013年ライプツィヒにて、飯田氏が撮影
2013年ライプツィヒにて、飯田氏が撮影

再開発による新たな形態の公園

速水:

今の話を受けると、日本の公園はMIYASHITA PARKに限らず、あちこちで変わり始めてます。民間が運営する公園という新しい形態が増えていて、池袋の南池袋公園やIKE・SUNPARKなども都心の新しい公園として生まれ変わった。これらの公園に共通する特徴は、大きい木がないということです。芝生が主体で見通しがよく、木陰がないから周りから丸見えなんです。それによって治安が良くなる利点がある。渋谷だと、公園通りの上の方にある北谷公園が、公園全体が階段の”階段公園”になり、現在は「ブルーボトルコーヒー」が開業し、休日にはフードトラックが横付けされる場所になっています。階段は、腰掛けられるオープンな場所として機能していて、かつてのでたら目な駐輪場所、周囲の会社で働く人たちの喫煙スペースだった北谷公園とはまったく違う場所になった。

このように、日本の公園において、かつての鬱蒼とした公園とは異なる新しい形態が登場したタイミングは、ちょうど東京オリンピックと重なってました。人が集まることへのニーズや重要性にようやく気づいてきたのかなと思ってみています。ただ、不幸なことに、コロナ禍で集まってはいけないという状況でこれらが生まれている。公園や広場に人が集まることは、本来、民主主義とか市民の形成とかにかかわることなんだけど、それがよくないというあべこべな状況でした。

飯田:

新たな形態の公園が、芝生が主体で木陰がないという話は、代々木公園でのライブサイト中止への流れが、樹木の伐採への批判から始まったこととも繋がってきますね。代々木公園は実のところ、小規模な剪定に過ぎなかったわけですが、オリンピックに向けて再整備された他の公園で、大規模な伐採が行われていたことが改めて問題視されました。

速水:

代々木公園の木の伐採は、オリンピック反対運動における象徴的な場面でしたよね。

新しい生活様式のなかで

近接性が重視される状況は変わらない

飯田:

コロナ禍において、いわゆる「夜の街」や路上飲みに対する批判的な報道がなされる一方で、地方移住やワーケーションがもてはやされている状況がありますよね。この状況下で、速水さんが書かれた 『東京どこに住む?:住所格差と人生格差』(朝日選書、2016年)を思い起こしていました。

この本は都市論としての面白さはもちろん、我が身を省みて、今後の人生設計を考えるうえで参考になった1冊でした。コロナ禍によって、執筆当時の状況と局所的には変わったことも多いと思うのですが、大局的な視点に立って、居住地による人生格差や都市での集まりといった論点は、今こそ改めて重要な話だと感じています。

速水:

『東京どこに住む?』は、日本や東京だけではなく、世界的に都市に人が集中していくなかで、日本は国策として分散を進めようとしていたという、矛盾をテーマにしたものとして書きました。今も、まだ日本はコストをかけてでも人を地方に分散させようとしていますし、コロナ禍でも都心に人が住むことの意味が無くなっているという議論がありました。ITのような、場所を無効化するテクノロジーが発展するほど、都市はもう必要ない、郊外に安い土地を見つけて自由に住めばいい――という話の方が理屈に合っているように思われてます。でも真逆でした。そして、コロナ渦下でも、実際に分散は進まなかった、といっていい状況だと思います。

実際に生じた状況を分析すると、富裕層がリゾート地に移動したというのはあるでしょう。住む場所の自由を行使できる人たちは、つまりお金に困っていない人たち。その移動が起こっているだけです。都心の地価も下がっていませんし、今の状況で大多数が郊外に移住することはないと思います。特に若い世代を見ると、むしろ都市集中の法則に寄っている感覚もあります。コロナ禍から完全に復旧していない現時点で、都心の機能を求める、それこそコミュニケーションを求めるような状況は、若者から戻ってきたような印象を抱いています。人は近くにいること、集まることといった近接性に最も価値を感じる、その法則は変わっていないと思います。

そこにある公共性を見出していくこと

速水:

大学は、かつては地域にも開かれた場所でした。僕は本郷が近いので、東大の安田講堂前の芝生でご飯を食べるのが日常でしたが、入構できなくなって久しいです。

飯田:

立命館大学衣笠キャンパスにも「リア充広場」と呼ばれている場所があり、学生たちが人口芝生でお弁当を食べていて、他者から見られる空間になっています。こうした伝統的なキャンパスには広場感がありますが、新しい都市型キャンパスはビルがで上に伸びているため、地域にも開かれた広場のような感覚がなくなっていますね。

速水:

MIYASHITA PARKも完全に同様のものですね。4階の公園スペースには「スターバックス」があり、ベンチは10代の人たちで100%埋まっていて、あちこちでTikTokなんかの動画の撮影をしていたり、ライブ配信をしていたりする。下のフロアにフードコートがあって、そこも常に満員で、縦にショッピングモールと公園が積み重なっている空間ですよね。上が公共スペースで下が商業空間。そのわきでスケボーパークがあったりする。よく考えると不自然なんですが、誰も不自然に感じていない。

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イベントの体験を形づくるもの

スタジアム観戦とパブリック・ビューイング

速水:

2002年の日韓共催ワールドカップが日本でもパブリック・ビューイングが普及したタイミングだったと思います。厳密に当時のパブリック・ビューイングは、スタジアムのような場所だったり、スポーツバーだったり、限定された空間でのものを呼んでいて、街の広場のような空間では開催されていなかったと思います。ただ、多くの外国人がやってきて、サッカーの応援のまま街に繰り出してきて、六本木なんかで大騒ぎをした。店からはみ出すような感じですかね。渋谷のスクランブル交差点が、お祭り騒ぎの場所になって、問題になり始めるのもあのときからですよね。そこから店をはみ出して飲む文化が始まったと思います。
この2000年代前半は、都市住民の飲食スタイルの変化の始まりの時期に見えました。スポーツバーや英国風パブのチェーンが増えただけでなく、街にバルが増え、会社の近くで上司や同僚と飲むよりも自宅の近くのバーやバルで一人飲み、地元飲みをする機会が増える。その傾向は、2011年の震災以降にさらに強く出てきます。これらは、都心の再発見という意味合いもあると思います。ワールドカップをきっかけにした変化だけではない街の文化の変化が飲食のスタイルに影響を与えたということです。

これは、僕がそうなんですが、サッカーが大好きなだけで、 スタジアムに行って皆で楽しむようなのは苦手なんです。近所のパブに行って、そこで知らない人と一緒にビールを飲んで楽しむくらいの距離感は、嫌いじゃない。直接観戦とパブ飲みと、その間くらいにパブリックビューイングがある。これらは、ちょっとずつ楽しみ方が別物という認識です。
たとえば3年前のラグビーワールドカップでも、お店から人が溢れ、ボーダーレスに街にはみ出ていましたが、そこで別の国のサポーターと混ざって、お酒を飲みながら試合を見る。これはやはり、試合会場に行くのとは違う楽しみ方ですよね。特にスコットランド戦やアイルランド戦は、東京で本場のパブ文化を体験するような機会でもありました。

飯田:

僕はサッカーに全く興味がなく、参与観察には抵抗がありました。一方でドイツのパブリック・ビューイングを調べてみると、サッカーに興味のない人でも自由に参加できる催しだったのが面白い点でした。観光客はサッカーファンが多いようですが、地元の人はベビーカーを引いたお母さんから足の悪いお年寄りまで、幅広く参加できるようです。

2020年の東京オリンピックは、世界的に「若者のオリンピック離れ」と言われているなかで、競技の魅力とは異なる工夫によって、いかにオリンピックを楽しんでもらうかが問われていたかと思います。まさに、都市空間に広く開かれた形で楽しめるものをつくっていきたいという試みで、コロナ禍におけるオリンピック開催の是非はさておき、この方向性は間違っていなかったと僕は考えています。

ディスプレイの大きさがもたらすもの

速水:

今回のオリンピック反対運動は、海外からの影響も大きかったと思います。『ニューヨーク・タイムズ』のコラムで大々的に東京開催への批判記事が出て、もともと国内の世論が賛成/反対ちょうど半々くらいだったようにも思いますが、コロナ禍もあって完全に分断の材料になってしまった。世界的に見ても財政負担が大きく、都市開発をともなうオリンピックは、賛成反対をくっきり分かつ分断の元になりつつあります。東京以前、それこそロンドン五輪あたりから、すでに先進国の大都市では、反対の声が大きくなりつつありましたし。都市の開発を嫌う層と反五輪運動が重なる部分が大きくなっている。僕は見ることができませんでしたが、代々木に設置された超巨大ディスプレイは後々、ワクチン会場となりましたが、実際にディスプレイを見た人はあれで観戦したかったと言っていました。やはり、それだけでも新しい体験だったろうと思います。テレビは戦後ずっと、国民の一体感や共通の感情、公共的なものをつくってきた存在でした。そしてテレビも元来はパブリックから始まったわけで、今回の巨大ディスプレイでのパブリック・ビューイングは、歴史が一周回ってきたものとして楽しみでした。特に、どのくらいのサイズのディスプレイでパブリック・ビューイングをやるのかというのがメディア論的な関心でしたが、そこがすかされてしまいましたね。

無観客であることに関しては議論するけれど、パブリック・ビューイングがなくなることに関しては、なぜあれほど関心を持たれていなかったのか。すごく不思議でした。

飯田:

速水さんは『Pen』のコラムで、戦後の街頭テレビを枕に、身近なモノのサイズについて論じていますね。ディスプレイのサイズの話は、僕も長年考えていたことです。文化人類学者のエドワード・ホールが1966年に書いた『かくれた次元』(日高敏隆・佐藤信行訳、みすず書房、1970年)で、近接学(proxemics)という考え方が紹介されています。たとえば鳥が電線に止まる距離が等間隔になるように、人間も他者との距離のとり方によって関係性や親密性を表現しますが、そういった対人距離を分類したものです。ここから着想を得て、かつて携帯電話に関する共同研究をしていたなかで、「メディアの近接学」の可能性を皆で議論していました。つまり、テレビの大きさが決まると人間との距離も規定されて、それが一緒にテレビを見る他者との距離感も規定する。スマホの画面を一緒に覗きこんで見ると、極めて親しい距離感ができる。このように、モノに媒介された「密接距離(intimate distance)」「個体距離(personal distance)」「社会距離(social distance)」「公衆距離(public distance)」を考えられるのではないかなと。ただし、ディスプレイのサイズだけが距離を規定するのではなく、もちろん場のデザインも重要です。映画の観衆が、互いに距離を保っているのに対して、パブリック・ビューイングの場合は、リビングでテレビを見るよりも、互いの距離が密接することがあり得ます。これは近接学ともいえるし、考現学とも言えるかもしれません。

画像: 2013年ライプツィヒにて、飯田氏が撮影
2013年ライプツィヒにて、飯田氏が撮影

これからの都市を考えるために

人が集まるきっかけづくりとしてのメタバース

速水:

メタバースについての話をしていくと、渋谷のスクランブル交差点は、周囲を取り囲むようにスクリーンがある「広告空間」となっています。新橋の駅前などとも異なり、とにかく広告に囲まれた公共空間となっていて、人が集まる場所としての機能を持っています。メタバースが普及しない可能性もかなり高いと思いますが、誰もが知っている場所で、同時に年越しを迎えるみたいなところで人と時間を共有する、それなら盛り上がるだろうなというのは想像がつきます。すでにcluster上で「バーチャル渋谷」の試みがありましたが、渋谷は象徴的な場所になっている。反対に言うと、それ以外のものをメタバース化していくことには、あまり意味はないと思います。

僕は元々コンピューター雑誌の記者で、「セカンドライフ」の担当記者をしていました。バーチャルな土地に価値が出るんだという言説は、当時とあまりにそっくりです。「セカンドライフ」を知る人たちの多くが言っていることですが、これだけ回線の速度も上がり、複数人が同時にアクセスすることにも慣れているのに、アバターの種類や見た目は変わっていないし、やろうとしている人たちの顔や言説があまりに同じで、そこには、さすがに普及しないと思わせる何かがありますよね。

飯田:

「セカンドライフ」を経て、「セカイカメラ」や「ポケモンGO」などが登場しましたが、現実を参照しない純粋なVRというものには限界があり、 ゲームとしての面白さを越えて耳目を集めるのは拡張現実的なものとならざるを得ないと考えています。

「セカンドライフ」や「セカイカメラ」が注目された2007〜2009年頃と比べると、ネットそのものが面白くなくなっているのだと思います。Twitterがまだ新鮮だった頃のワクワク感のなかで、こうしたサービスが登場して盛り上がりをみせた当時の状況と、現在の状況はだいぶ異なりますよね。

バーチャルな空間は誰のものか、あるいはARの公共圏といった議論は、ネット自体が面白かったから盛り上がれたのですが、今はあまり議論にならない。今はまだまだ従来のゲーミングプラットフォームが強いので、それぞれのファンコミュニティは拡大しても、それ以上の広がりには懐疑的です。

速水:

一方でゲーマーの人たちは、オンラインで友達と会話をしながら同時にゲームをしたり、何百人単位で仲間が集まるみたいなことが普通のことになっていると思います。ショービジネスと関連したメタバースの活用事例として話題性があったものは、「フォートナイト」におけるトラヴィス・スコットのライブや、「あつまれ どうぶつの森」でした。特に音楽のライブのようなファンダムが一体となって盛り上がるものはわかりやすく、こういったものが一発目の事例として可能性のあるものなのかなと。一方でヒューストンで開催された同じトラヴィス・スコットのライブで死者が10名でたという騒動がありましたが、人が集まることを再開することへの焦りが出ることの怖さも表われていて、最悪のタイミングで最悪の状況が起こったのだと思います。

ちなみにファッションに関して言うと、アバターに着せるハイブランドの服が「あつまれ どうぶつの森」から出てきましたが、あれは自分がパーティーに着て行く服と同じものをアバターに着せるという次の段階に行ければおもしろいかと思います。バーチャルなんだけど一点もの服を着る権利をNFTで買えるとか、それを一点だけリアルの服を自分だけが着る権利の売買ができるとか。大量生産ができるようになって、ファストファッションまで行き着いた後には、その反動が流行ったりするかもしれませんし。

場所の雰囲気をデザインする

速水:

リアルの都市空間がどうおもしろくなるか。大きくは、都心への集中の時代になっていくのは変わらない。いろいろな人が混じり合うのが集中の良さではありますが、自分が好きな場所が明確になっていく流れも生まれていくと思います。TikTokユーザーは渋谷にくるとか。アニメ好きは池袋とかはすでにありますよね。今の下北沢と高円寺あたりの古着屋の集積度は、かつての90年代のブームとは桁違いに高いです。あと多分、都心が苦手という人のための街もあるんだと思います。こうしたことと公園の変化、いわゆるカフェが中心になる民営化公園の流れが結びついていくのかなと。こうした流れを公共の撤退として悲観的に捉える声が主流かと思いますが、それはショッピングモールが増えた時にも聞こえた声ですが、実際の利用している側との乖離が生まれていきます。あと最近、進化しているのはフードトラックですね。僕らの小さい頃には、商店街の活気の象徴は、歩行者天国でした。今はフードトラックが来る場所がそれに変わっている気がします。

飯田:

そういえば、立命館のリア充広場にもフードトラックが来てます。それはともかく、現在のMIYASHITA PARKのような事例は、市民主義/商業主義といった対立的な観点からではなく、場のデザインを通じて、どのようにオープンであることを担保し、都市の多様なあり方を認めることができるかを問うているという点で、注目に値するわけですね。

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