2022.02.11

【対談】南澤孝太・飯田豊「身体性メディアが切り拓く、新たな価値観と未来の社会」

#特集004「都市とメディアの過去/現在/未来」

メディア研究者である立命館大学産業社会学部准教授・飯田豊氏とお送りする特集企画「都市とメディアの過去/現在/未来」。今回は、身体性メディアやハプティクスといった研究を手掛ける慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授・南澤孝太氏の研究室をお訪ねし、飯田氏自らインタビューを行いました。

コロナ禍でリモートでの生活を経験した今、メディア体験や都市文化の未来はどのようなものとなるのか、メディアと都市、そこでの身体性をめぐる多様な対話をお届けします。

PROFILE|プロフィール
南澤孝太

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 教授
科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業 Cybernetic being Project プロジェクトマネージャー
1983年、東京都生まれ。2005年 東京大学工学部計数工学科卒業、2010年 同大学院情報理工学系研究科博士課程修了、博士(情報理工学)。KMD Embodied Media Project を主宰し、身体的経験を伝送・拡張・創造する身体性メディア、サイバネティック・アバターの研究開発と社会実装、Haptic Design Projectを通じた触覚デザインの普及展開、新たなスポーツを創り出す超人スポーツやスポーツ共創の活動を推進。日本学術会議連携会員、超人スポーツ協会事務局長、テレイグジスタンス株式会社技術顧問、サイエンスアゴラ推進委員等を兼務。

PROFILE|プロフィール
飯田豊

専門はメディア論、メディア技術史、文化社会学。1979年、広島県生まれ。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程 単位取得退学。著書に『テレビが見世物だったころ:初期テレビジョンの考古学』(青弓社、2016年)、共著に『新版 メディア論』(放送大学教育振興会、2022年)、編著に『メディア技術史:デジタル社会の系譜と行方[改訂版]』(北樹出版、2017年)、共編著に『現代文化への社会学:90年代と「いま」を比較する』(北樹出版、2018年)、『現代メディア・イベント論:パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』(勁草書房、2017年)などがある。

身体性メディアの可能性

身体性メディアとは何か?

南澤:

僕自身の研究を遡ると、学部時代から触覚に関心がありました。そして人がモノに触れたり人に触れられたりする感覚を、バーチャルリアリティ(VR)内でどう伝えるかということを研究していました。そこから「身体」に関心が広がり、現在は 「Embodied Media」(身体性メディア)という、身体とデジタルテクノロジーに関わる研究室を開いています。

5、6年前からVRが普及し始め、最近ではFacebook社がMetaに社名変更するという、まさかの事態が起きました。VRの社会実装が一気に加速した契機は、このコロナ禍でいかにオルタナティブな世界を作り、そこで社会活動やコミュニケーションを継続するのかを様々な企業が考え、取り組み始めたことだと思います。現実世界だけではなく、複数のレイヤーとしてメタバースが広がっていく社会を、今まさに実現しようとしていると僕らは捉えています。

他方でメタバースは、バーチャル世界からいかに実世界に降り立つかということも重要になっています。いわゆる「アバター」とは、人がバーチャルな存在になってサイバー空間で活動するための自分の分身のようなものですが、たとえば、僕らが「テレイグジスタンス(遠隔存在)」と呼ぶ、ロボットと自分との感覚を相互に接続し、ロボットを自分の分身として操るための技術のように、サイバー空間での活動を再び実世界に降ろすことができると、現実の世界でも空間や距離、時間を超えて活動できるようになります。こういった実世界アバターの技術が、メタバースと融合しつつあるところです。

そこで、僕らは「身体」に注目しました。身体を通じて得られる様々な経験を、時空間を超えて他人と共有したり、ゼロから新しい体験を作り出したり、さらには普段の体験を拡張していくことを目指しています。それらをひっくるめて、僕らは「身体性メディア」と呼んでいます。

身体性メディアをめぐる多様な試み

南澤:

昔は触覚を伝えようとすると、どうしてもメカメカしい技術が必要で、ユーザーはおろか、コンテンツやサービスをつくる人たちの手にも届いていませんでした。そこで、誰でも簡単に使える装置をつくって広めようと、この10年、簡単に触覚を伝えられる装置を色々とデザインしたり、新しいサービスやプロダクトに繋げるという活動をしています。

ここからの展開として、XRやVRの世界で身体全体を使って何かを体験するというプロジェクトを行いました。その1つが、2015年頃に取り組んだ「シナスタジア・スーツ」です。PlayStation VRの発売にあわせて、ゲームの世界に入り込んだような体験を身体全体の感覚として伝えようということでつくりました。また、人の体験や感覚を別の場所にテレポートさせる技術として、テレイグジスタンスをさらに拡張した、サイバネティック・アバターの研究開発(Cybenertic being Project)にも取り組んでいます。

南澤:

その他にも、僕らが新しい身体をデザインできるようになるとしたら、どういう身体が欲しいだろうか/それによってどういう新しい能力が手に入るだろうか、といったことも研究しています。人に尻尾をつけるArqueや他の人と融合して4本腕になるFusionなど、まさに人間拡張ですね。コロナ禍の影響で難しい面もありましたが、2020年のオリンピックやパラリンピックに向けて、こういった新しい技術でスポーツを革新しようという「超人スポーツ」という活動も行っていました。

知覚を変えることによる世界観の刷新

南澤:

僕らが目指しているビジョンや方向性のひとつに、知覚を変えることで世界観を刷新するということがあります。身体で知覚できる世界はどうしても肉体に縛られているので、その限界が僕らが捉えられる世界の限界になってしまいます。ですから、身体を拡張することで多様なものを感じられるようになったり、あるいは世界の多様な事象や出来事を身体に届けられるようになったりすれば、僕らの世界観が広がっていくだろうと考えています。

さらに、そのような技術によって人が共感を持って繋がることを目指しています。僕らはお互いに触れ合うなかで、親密感や信頼感を築いています。これはおそらく動物が持っている本能的な性質です。インターネットというメディアでは、こういった触れ合いがどうしても欠けてしまい、それによって分断が加速していると僕らは捉えています。だからといって「昔の村社会に戻ろうよ」というわけにはいかないため、いかにデジタルの世界で身体感覚を取り戻すかが大事になってきます。

また、純粋に人間の肉体の限界を広げていくことで、人類ができることを増やすということも考えられます。たとえば、宇宙で活動するには何十億円という費用、それに命をかけて人を飛ばし、不便な宇宙服も着なければなりません。もし宇宙ステーションにアバターが置いてあれば、予約してログインすることでいつでも活動ができたり、観察ができたりする。こういった肉体に縛られないポテンシャルの拡張が実現できます。

これは、いわゆる障がいと呼ばれている分野にも適用できます。僕らは現在、高齢者コミュニティや特別支援の子どもたち、障がいを抱えている方々と一緒に活動しています。要は、宇宙人から見れば人類みんな障がい者だといった姿勢で考えたときに、僕らの社会に現在ある障がいは、こういった技術で解決できるんじゃないかと思っています。

最近取り組んでいる最も大きなプロジェクトは、国の戦略として進めているムーンショットと呼ばれるもので、少子高齢化社会における問題を解決する手段のひとつとして、2050年ぐらいまでに人類が時間や空間、身体の制約を超えて活動できる社会を作ろうというミッションを掲げています。そこで僕らが目指しているのは、多様な技術を使うことで多様な人が一緒に様々なことを体験できる楽しい生活スタイルをデザインする「Cybernetic being Project)」というものです。現在、日本でも大小問わず様々な企業がテレイグジスタンスアバターのような技術で、新しい働き方をつくっていくことに取り組んでいます。障がいなど何らかの制約のある人は、このアバターで救われるという事例も増えてきています。たとえば、入院しているおばあちゃんが分身ロボットを使ってお孫さんの結婚式に出席したり、寝たきりの方がアバターで働いたり学校に行ったりできるということが既に現実になっています。

HUG Project
南澤:

それこそ僕も、小学生のときからメガネを掛けていたので「やーい、メガネ」と言われた記憶がありますが、今はみんなが普通にメガネをかけてるので、視力が弱いということをあまり意識しないで生活できていますよね。そのような感じで、障がいの有無に限らず自分の肉体以外にもう1個か2個、アバターの身体を持っていて日頃から活用するような生活も、いづれ「普通」になるのではないかと思っています。

このプロジェクトでは「サイバネティック・アバター」といって、デジタルとフィジカルの世界を股にかけるような新しい自分の分身として、アバターをもうひとつの身体と捉え直すことを目指しています。僕は日本人男性としての生活しか今は持っていないですが、アバターの世界の中では別の人生を送れるかもしれない――そういうことを考えています。

価値観を更新していく

服とアバターはインターフェース

南澤:

僕らは裸でいるとき、それはナチュラルな状態ではないですよね。服を着ている状態の方が実はニュートラルなんです。だから、僕は服も含めて身体だと捉えています。身体は単に行動するだけの器官ではなく、コミュニケーションにおけるメディアであり、この人がどういう人であるかを表現することを含めて身体です。そのため、アバターは服と肉体がひとつのモデルとして繋がっている状態と捉えています。

最近では、服を着替えるようにアバターを着替えることができるといいと思っています。たとえば東京大学准教授の鳴海拓志さんとの共同研究では、自分と異なるジェンダーのアバター、頭が良さそうなアバター、ノリが良さそうなアバターなどを利用すると、行動が変わるということがわかっています。この現象は服でも起きていて、スーツを着るとモードが変わるような感じです。人格がある意味チェンジするわけです。

そういう意味で、服もアバターも人間のモードをチェンジし、どういう人であるかということを切り替えていくためのインターフェイスだと思います。先程の尻尾や第4の腕も、ある意味で服ですと言ってもいいかなと。それを着た自分は新しい自分になるといった感覚でいけると面白いと思っています。

飯田:

南澤さんは以前、義手楽器の開発に関して、「義手がファッションになっていく社会をめざしたい」と語っていましたね。

南澤:

MusiArmプロジェクトは僕の研究室の学生が、生まれつき腕のない方と一緒に行ったもので、その方は音楽が好きだったのですが、楽器を弾くとなると義手では器用な動きが難しかったのです。そこで、義手ごと楽器にすればいいのではという発想で作られたのが、トロンボーンやギターの形をした義手です。実際に使ってもらうと、弾けるんですよね。

こうなると、義手は手が欠けてて不便だから着けるというより、何か新しいことをしたいから着ける、かっこいいから着けるといった発想になり、インクルージョンという観点からも、その方が社会の中に溶け込み、可能性も広がると思っています。腕のない部分を何でも着けられる余地だと捉えるという発想です。実際に演奏してもらうと、僕らよりずっと自由でかっこいいんですよ。楽器を自由に替えられるし、身体を動かしたら音もそれにあわせて変わるようになっているので、演奏している姿そのものがかっこいい。

こうなると、ほぼファッションですよね。別の服ですと、デジタルの世界と感覚レベルで繋がれる触覚スーツをつくりました。この服を着て街を歩くと「ポケモンGO」 や「Ingress」 みたいに、この世界に別の生物が住んでるような感覚が、触覚を通じて、身体レベルで伝わるというものです。目の見えない方がこういった服を着ると、杖をつかなくても感覚で周りの気配やどちらに行くべきか、危ないものが近づいてきているということがわかるようになります。このように、服をデジタルと自分を繋ぐインターフェイスとして捉えると面白いと思います。

体験から草の根的にプロジェクトをつくる

飯田:

「身体性メディア」が南澤さんの研究全体のキーワードですが、メディア研究者の立場からすると、ここには複数のメディア概念が織り込まれていると思いました。言うまでもなく、身体を拡張するというのはマクルーハン的なメディア理解ですが、人々が共感を持って繋がれる世界の話というのは、技術の可能性への期待が非常に大きい一方、南澤さんのご研究は、人間の多様性への期待も大きいですね。

コロナ禍の現在、メディアについて学んでいる学生たちと話していると、以前よりも「身体」に対するこだわりが大きいように感じています。皮肉な話ですが、オンライン授業でしか他者と関われないことに対する不自由さを感じている一方、学校という空間に必要以上に拘束されていたことにも気づき、逆に自由さを実感している面もあるでしょう。僕自身も同じです。

身体の拡張といっても、メディアによって知覚が遠隔化することと、それをもって共感が共有されたり連帯が育まれたりすることとは、本来まったく別の話で、南澤さんはそれぞれの事例にそくして最適解を考えていらっしゃることが非常によくわかりました。

ムーンショット型研究開発制度のように大きなプロジェクトでは、社会実装をとりわけ入念に考えていかなければなりませんが、南澤さんは今に始まったことではなく、もともと社会還元を強く意識されてきましたよね。そのような研究姿勢を取るようになったきっかけは、どのようなものだったのでしょう?

南澤:

僕が学生として触覚を研究するようになったとき、最初はロボットのような触覚ディスプレイを使うなど試行錯誤していました。当時から、触覚研究はいずれ医療やエンタメにも使われるとみんなが語っていましたが、誰ひとりとして実際にはやっていませんでした。なぜなら、複雑すぎて簡単に使ってもらえないからです。そこに対する違和感があったというのが理由のひとつです。

また、研究室で使う機器が何千万円もするのに対して、ゲーム機に使われているような装置は数万円で手に入るというギャップがあり、そこにも違和感を覚えていました。当時、WiiやKinectといった、現実での運動をゲームに反映させるプロダクトが出始めたタイミングで、これができるなら、そこに触覚をつければいいとも思いました。そこで、とりあえず1回安くして、誰でも簡単に使えるレベルまでハードルを下げようということを試みました。面白いことに、高いものを頑張って重たくつくるよりも、軽く手軽に小さくつくる方がクオリティも上がっていきます。触覚ならではかもしれませんが、重たい装置をはめたら、その重さがノイズになってしまうので軽いほうが良い感覚が出せたのです。結果としてクオリティーが高く、かつ安くて使いやすい触覚ディスプレイができました。

そして触覚というメディアの宿命なのですが、体験してもらわないとわからないという問題もあります。視覚メディアや聴覚メディアは、そのまま世界中に広められますが、触覚はどうしても手元で感じてもらわないといけない。なので、とにかく何回も展覧会に出展したり、ワークショップをしたりすることで、のべ100万人を超える規模で体験をしてもらいました。そういう活動をしていると、ビジネスやサービスに使いたいという話をいただくようになり、草の根的にコラボレーションが発生します。このあたりから僕も戦略的に動き始め、体験できる場をつくり、ユーザーが集えば、その中から萌芽的にアイデアが生まれていくようになりました。その芽を育てていくようなコラボレーションをしていければ、ちゃんとプロジェクトになって社会に出ていくだろうと感じました。

飯田:

触覚メディアに固有の制約から始まるというのは面白いですね。以前「展覧会で100万人に体験してもらうと人口の1%になる」ともおっしゃっていましたが、そういうムーブメントを仕掛けていくという発想は興味深いです。コミュニティメディアが、草の根的な活動を通じて地域に根ざしていくプロセスとも近いところがあります。

南澤:

触覚メディアを最初に体験してハッとなる感じは、ちょっとしたマジックなんです。この魔法にかかったような体験を、なるべく多くの人に伝えたいというところから始まっています。そしてコミュニティが成長するにしたがってプロジェクトが起こってきましたが、僕らだけで進めるとプロダクトを出して終わってしまいます。ビジネスとしてサステナブルに続けていくためには、それぞれの会社のなかに触覚に関することができる人がいないと無理だ、と言われるようになりました。そこで会社の中に「ハプティック・デザイナー」を名乗る人が増えていけば、最初に僕らが色々なものを伝えるだけで、その後は自発的にプロジェクトを育てていってくれるだろうと考えるようになりHAPTIC DESIGN PROJECTを始めました。そうすると実際に「ハプティック・デザイナー」と名刺に書いてくれる人も現れ始めました。名刺に書くと、社内ではそういうことができる人だと認識されるんですよね。それっぽい案件が来るとその人に届き、結果としてノウハウが溜まっていきます。そして、その人がコアになって新しいプロジェクトが育っていくということが起こっています。

画像: 南澤孝太氏
南澤孝太氏

メディアとテクノロジー

飯田:

南澤さんは「メディア」と「テクノロジー」という言葉を、意図的に区別して使っていますよね。

南澤:

メディアデザイン研究科に所属しているということが、理由のひとつだと思います。東京大学工学部に所属していたときには、すべてを「テクノロジー」として捉えていました。メディアデザイン研究科に赴任し、周りの学生がエンジニアではなく美大生やデザイナー、文系出身の人たちになり、彼ら彼女らにテクノロジーという言葉で説明をすると、そこでシャットアウトしてしまうんですよ。テクノロジーを道具として捉えてもらわないといけないのですが、すべての開発環境をはじめに整えようとすると、それだけで終わってしまう。反対に道具を提供すると、新しいテクノロジーのポテンシャルを探すことが得意な人が多い。こういった環境のなかで、僕のスタンスが「メディア」という側に移ったのだと思います。

僕はメディアも道具に近いものとして捉え、その上に新しいエクスペリエンスをつくろうとしています。今までのように技術開発をしていると、その研究のスパンではユーザーの体験やライフスタイルにまで到達しない。僕らのチームには技術の開発や発展が得意な人たちもいて、そこに技術を体験に繋げていくのが得意な人たちも合わさり、一気通貫でやれるようになっています。

飯田:

「Embodied Media」という概念は、南澤さんが独自に考案したものですか?

南澤:

そうです。2013年くらいまでは「Haptic Media」と呼んでいました。徐々にスポーツや体を動かすといった領域にまで広がり、もうハプティック(触覚)ではないなと思ったとき、「身体」という言葉が適切だと思いました。身体がメディアになるというキーワードが出てきて、そこから「身体性メディア」に繋がったという感じです。

当時、Embodied Mediaという言葉を「実体化したメディア」という意味で使っている人たちもいたのですが僕らのほうは、Body as Mediaみたいな意図で、Embodied Mediaです。

未来を切り拓く研究

肉体と行動が切り離された暮らし

飯田:

南澤さんの研究で、「都市」が焦点になることはありますか?

南澤:

最近の関心は、都市に寄ってきていると思います。触覚から身体への流れがあり、その次が身体から社会へ、という感じです。はじめは手と指を扱っていましたが、それが身体になったことで、複数の人の関わりに関心が向くようになりました。我々がどのようにコミュニティや社会を形成しているのかを考えたときに、その最小単位が身体になるのかなと思っています。

身体という最小単位が集合して社会ができ、それが体現しているのが都市や街という概念であると捉えたとき、街が、身体というひとつひとつのエージェントが動くプラットフォームになるとも考えることができます。

人の経験がデジタルネットワークと繋がり、物理的な都市ではないところから情報を得られるようになるとすると、次の社会の設計をどのようにしなければいけないかという課題が生まれます。そこで先程のテレイグジスタンス・アバターのように、職住接近みたいな現在の都市構造を前提から変えるようなことも含め、人の活動やコミュニティのあり方を考えていかなければなりません。

アバターを研究していると、面白い使い方が色々と出てきています。まだアバターが一般的でなかった頃にも、海外から「私は日本で過去に犯罪で捕まって入国できないので、あなたたちの技術でもう1回日本に行くことができるか」といった問い合わせが来て、入国という概念も肉体に紐付かなくなると気付かされました。そうなると、都市や国家とは何だろうかと。

サイバーワールドは、国境のような境界線がない世界です。これが僕らの生活に流入してきたとき、住む場所や働く場所といった暮らしはどうあるべきなのか、それは大きなアジェンダになってきていると思っています。

飯田:

以前のインタビューでは、「法律の壁があるなかで、それを打ち破るために新しい街をつくろうとしている」という話をされていましたね。

南澤:

この研究室のある竹芝エリアは国家戦略特区になっており、新しいテクノロジーが日常のビジネスや生活に広まっていくため、それを実証実験できるような場所になっています。

たとえば、このビル1階にあるローソンは僕らが参画しているTELEXISTANCEという会社が運営していて、ロボットが働いています。24時間の品出しを別の場所からアバターを使ってできるようになっていて、それをある程度自動で行ってくれるシステムが入っています。これにより、身体のひとつの応用である「働く」という行動の前提が変わってきます。肉体がないと働けないという世界から、肉体がなくても経験値だけ転送できれば、その知恵が活用できるということがあります。

やはり、肉体と行動を切り離して考えられるようになった街とはなんだろう、ということには興味があります。「暮らす」や「働く」という基本的なファンクションが、大きく変わってくると思います。

コロナが変えた風景

飯田:

コロナ禍によってリモートワークが広まったことで、労働の意義や意味を考えやすくなりましたよね。

南澤:

みんなが共通の体験をしたので、リモートでの活動で何ができて何ができないかがわかるようになりました。また、障がいを持っていて普段からずっと在宅だった人が、こういう体験のいわば先輩になるということが起きていて、そこは大きなパラダイムシフトでした。

これからの都市をデザインする際の大事な点は、肉体とテクノロジーをうまく両立していくことだと思います。サイバー世界を使うことで移動しなくて済むとか、パラレルワークができるようになるとか、これから多様なことができるようになりますが、その結果として24時間働いていたら意味がないわけです。

どちらかというと、いま1日8時間の労働を半分で済むようにして、自分の生身の肉体を使って楽しんだり、アバターを使って誰かに会いに行くといった、余暇に相当する時間が長くなってくれなければならないし、本来、街はそういった余暇を担保するためのシステムであるべきかと思います。肉体のウェルビーイングやQOLを高めることが、街のポテンシャルにもなる。これは、コロナ禍で地方に移住する人の価値観にも近いと思います。

飯田:

2015〜16年あたりからの技術革新がメタバースのブームにつながっていますが、2020年からは別の文脈が入ってきていると思います。現在のブームを、南澤さんはどう評価されていますか?

南澤:

僕のなかでは、コロナ禍で5年くらいジャンプした感じです。コロナ前はZoomのようなオンライン会議ですらアーリーアダプターしか使わなかったのに、今は誰もが当たり前に使うようになった。肉体を移動させないと活動できないということを、もう誰も思わなくなりましたよね。価値観の変化が5年、10年早まったと思います。

コミュニティの観点からすると、人と会う、人と何かをするという概念が急変して、これも時間軸を飛び越えた感じです。いずれ来る世界であったとも思っていますが、それが早まったことで、今度はフルで遠隔になったところから、もう1回、身体的な経験を取り戻すかとか、心のリラックス、ウェルビーイングを取り戻すみたいな方向が強くなってきました。ウェルビーイングをめぐる議論も2015年くらいから始まってはいましたが、ここまでの状況になるとは誰も想定していなかったと思います。いずれネット社会による分断や身体経験の不足が加速するだろうと、当時からみんなが思っていましたが、それも想定していた以上に、一気に加速しました。

画像: 飯田豊氏
飯田豊氏

来たるべき人文社会科学

飯田:

早まったことで生じた影響はありますか?

南澤:

アメリカの分断など、こういった分断がさらに起きるのではないかとみんなが懸念していると思います。ただ、そうした状況が一瞬にして沸騰したことで、逆にゼロベースから考えられるのではないかとも思っています。飯田さんはメディア論者として、どう捉えていますか?

飯田:

SNSにおける分断でも、10年前に指摘された問題が今の技術で解決できているのかというと、できていないところも大きいというか、むしろ悪化しているようにもみえるので、かなり悲観的です。「経験は身を助く」という教育の原則自体が、ネットに関しては説得力を失い、メディア・リテラシーを家庭や学校で教えればいいというものではなくなっている。メディア・リテラシーを自立した個人が体得する素養や能力、つまり人的資本として捉えるだけでなく、良質な社会関係資本のなかで集団的に涵養されるものとして捉えるしかなく、平坦な道のりではないですが、そこを地道に考えていかなければならないと思っています。僕はかなり悲観的なのですが、ゼロベースで考える土壌ができているというのは、かすかな希望のように感じています。お互いに助け合う、分かり合うコミュニティを地道につくっていくという点で、南澤さんがこの10年やられてきた方法論は、僕もしっかり学ばなければいけないなと思います。

南澤:

障がいを持っている方や高齢の方々は元々、外に出られない、友達と旅行ができないといった問題を抱えていました。そのため、VRやリモートワークが社会全体の共通課題となったのは大きな変化で、こういった問題を以前から抱えていた人たちの活動を広げていくと、皆が助かるケースがあると思います。

それこそ80歳ぐらいの方に「VRを使って何がしたいですか」と問うと、すごい前向きな答えが返ってきます。今まで何もできず、誰とも会えない期間を経たことで、逆にVRを使ってでもいいからコミュニケーションをしたいといった期待があります。

今まで何となく「やっぱり人と会うというのは、肉体を介した場合」と思っていた人たちも、VRにこんな可能性があるんだということが見えてきている。これはメディアの進化の恩恵だと思います。スマホが普及したときに、最初は「こんなものが普及したら、人と会わなくなるじゃないか」と言われていましたが、実際には会う回数が明らかに増えている。昔の友達とFacebookで繋がったり、絶対に会わないであろう人の近況を知っていたり、コミュニケーションの総量は増えています。もっとも今後、肉体を使って旅行したり誰かに会いに行くことは、むしろ価値が上がってプライムなものになってくる気がしています。

飯田:

これからのメディア論の可能性を考えていくときに、社会なるものを所与の前提としないウェルビーイングの観点を経由して考えるというのは、非常に重要かなと思います。

南澤さんがこれまでに書かれた身体についての論考は、哲学的な問いに繋がります。メディア論においても近年は、人とモノが織りなすハイブリッドな身体性に焦点をあてた研究も散見されます。

南澤:

僕よりも年齢が下の学生のTwitterやInstagramを見ていると、それぞれのSNSで人格が違うんですよね。こういうことを僕は経験的に捉えているんですが、これを小説家の平野啓一郎さんが「分人」と言っていると教えてもらい、確かに哲学や社会学のほうから捉えることは面白いと思っています。

飯田:

この研究室の書棚には、ブリュノ・ラトゥールの『社会的なものを組み直す:アクターネットワーク理論入門』や國分功一郎さんの『中動態の世界:意志と責任の考古学』などがありますね。これまで人文社会科学は、すでに社会で起きている現象を分析するということが主でしたが、変化がどんどん加速している今の状況では、研究者が分析し終わる頃には、社会は次のパラダイムに変わってしまっていて、すべてが歴史研究になってしまいかねません。未来を見据えて分析していくためには、最前線の技術者やデザイナーの方々との対話や協働が重要なことは改めて言うまでもないですが、アクターネットワークや中動態といった概念は、高次の共通言語になっていますね。

渡邊淳司さんや犬飼佳吾さんたちと取り組まれている「デジタル身体性経済学」などは、従来の行動経済学とはまったく異なる前提に立っています。ネットによって身体感覚まで繋がった社会が来るとするならば、そのときに人々はどのようにしてポジティブなコミュニケーションを形成できるだろうか、意思決定のプロセスをどういうふうに変えていくのだろうかを問いかけています。

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ゆるやかな繋がりを生むメディア体験

2025年の大阪万博に向けて

飯田:

2025年に予定されている日本国際博覧会(大阪・関西万博)に関して、南澤さんは日本館の基本構想ワークショップのメンバーに入っていますね。南澤さんから見て、現代における万博の可能性や望ましいあり方などのお考えはありますか?

南澤:

今回の万博の基本構想の特徴は、人類の環世界の拡張を提案し、実現を目指していることにあると思います。これは今までの万博にはなかった考えですね。つまり、技術や産業がどうという話ではなくて、とにかく1人1人が幅広い視野を持とうというものです。それは、誰か他の人を理解するというレベルではないんですよね。

このワークショップに集ったデザイナーやアーティスト、さらには建築家の方々が共通認識として持っていたのは、僕らが人間である限り不可能な視座を、どうにかして体験してもらう、あるいは感じてもらうことによって、根本的に価値観を広げ、多様性や包摂性、サステイナブルな考え方を獲得するということでした。違う文脈から同じようなことを考えている人たちが集ったというのは、とても面白いことです。

まったく別の自然環境や文化圏の体験をしてもらい、万博から帰る頃には視野が広がっている状態をつくることが、次の社会を担う万博チルドレンのベースになるのではないかと思います。たとえば、1970年の大阪万博ではSFを具現化するみたいなことをやり、そこに参加した人たちが実際に経済を発展させていきました。50代の方に話を聞くと、みなさん「子どもの時の万博の体験が……」と言うんですよね。

当時は最新の高度な技術で社会が良くなるという話でしたが、現代では技術だけで社会は良くならないことがクリアにわかってしまいました。なので、1人1人の環世界が広がることで行動の判断基準が変わってくるということを伝えたい――それが日本館の基本構想の大きなメッセージだと思います。

飯田:

もう3年後に迫っていますね。僕は1970年の大阪万博の歴史研究に取り組んでいますが、4年前(1966年)の段階では具体的なことはほとんど何も決まっておらず、1967年にいろいろなことが決まっていきました。

南澤:

今回の万博における課題は、3年後に何が普及しているかわからないということです。下手に今の時点で仕様を決めてしまうと、2025年には「なにこれ、昔の技術じゃん」と言われることになります。うまくいかなくてもとりあえずやってみるというのが大事ですが、一方で万博といった大きなプロジェクトではどうしてもやりにくく、ハラハラしながら見てます。

距離と体験を繋げる

南澤:

触覚や体験を転送するために実現しなければいけないのは、テレビと同じように各家庭にそういった装置がある状態をつくるということなのですが、それが結構大変です。僕らもクッションや椅子などをつくり始めていますが、家に1個ある状態を提供できると、多様なコンテンツやエクスペリエンスを届けることができるようになります。

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南澤:

Google HomeやAlexaのように、とにかく無料でも1回配ってから話をするというのは大事で、それをどうにかして実現できないかなと考えています。触覚はもう一歩だと思います。コスト的な問題はほぼ解決していて、Nintendo Switchや iPhoneにも触覚デバイスが入っているので、そういう意味では何十億台という規模で普及はしています。ただ、まだそれをみんなが使えるようになっていない。みんなが使えるような新しい装置を配ることができると、またステイホームの生活に戻ったとしても、繋がり合うことができると思います。それを前提として都市のデザインも変わってくる、ある程度ゆるく繋がれるという前提があれば、別のリソースを解放できるかもしれません。

飯田:

実用的な情報伝達とは異なる、儀礼的なコミュニケーションがコロナ禍で失われているという実感を多くの人が持っていますし、そもそもなぜ職場の飲み会が必要だったのか、一部その自明性が問い直されていますね。そこに触覚や身体はどう関わってくるのでしょうか?

南澤:

身体のスピードで何かを経験できないと、全部が消費されていく世界になる。そうすると、結局のところ制御できず、自分の経験値にならないんですよね。生じている現象を自分が成長する糧とするためには、やはり身体のスピードで行う必要があるのかなと思います。

飯田:

飲み会でなくていいけれども、それに代わる別の何か……その重要性が広く認知され、メタバースに対する漠然とした期待にも繋がっているように思えてます。

南澤:

価値観が世界的に変わってきたと思います。zoomだけでコミュニケーションをするのではなく、そこに触覚を加えることで、お互い触れ合えるとか一緒にできる体験をつくることができる。これは効率という話にしないほうがいいかもしれません。そこに生まれる「繋がり」がすごく価値あるものですよね。結局、コミュニケーションとは何だろうと考えたとき、それはもう情報通信の話ではないのだと思います。

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Photo by Yuina Okamoto

#Augmented Reality#Virtual Reality
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