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「スマート養蚕システム」が切り拓く、新たなカイコとシルクの可能性

日本の養蚕農家は、最盛期の1929(昭和4)年には221万戸も存在していたが、2022(令和4)年の時点では、わずか163戸となっている。さらに、繭の生産量も1930(昭和5)年には40万トンを記録していたが、2022年には51トンと、ともに過去最低となっている。
そのなかで、近年では新規就農する若手養蚕農家とともに、テクノロジーによって養蚕を可能にするシステムを開発した企業や、それを実際に導入して新たなシルク製品を生み出している企業が注目を集めている。
そこで、特集「養蚕と製糸」の第3回は、安定的にカイコを飼育できる「スマート養蚕システム」を開発した新菱冷熱工業株式会社と、それを活用しているユナイテッドシルク株式会社の取り組みをお伝えする。

「スマート養蚕システム」が開発された背景

新菱冷熱工業株式会社は、空調衛生設備の設計・施工を行う企業として知られているが、なぜ養蚕に関わる事業を展開することになったのだろうか。
同社で新蚕業開発プロジェクトのプロジェクトリーダーを務める福川真史さんは次のように語る。
「弊社は、東京都庁や横浜ランドマークタワーの空調など、大規模施設の空調設備をコーディネートしている会社です。人が生活する上で快適な環境を提供することが、ビジネスの根幹です。
その一方で、人以外の環境制御技術についても研究を行っており、大豆やレタスなどの植物を育てる際の環境を制御することに関しても取り組んできました。
その延長線上で、植物が可能ならば昆虫にも対応できるのではないかという発想から、昆虫から高付加価値のタンパク質を製造する可能性を探求していました。
具体的には、遺伝子組換えカイコから医薬品等の原料となる有用タンパク質の生産を行うことで、新産業を創出しようと考えました。
そして、農林水産省が主導する委託研究プロジェクトにも参加させていただいたことで、『スマート養蚕システム』の開発につながりました」
近年、同社が開発した「スマート養蚕システム」は企業や研究所などに導入が進んでいる。これまで空調設備などで培ってきた環境の制御技術を活用し、養蚕農家がカイコを飼育してきたノウハウを工業的に再現することで大量のカイコの生産を可能にしたわけだが、具体的にはどのように実現したのだろうか。
同社でイノベーションハブ 生物環境研究グループのリーダーを務める田中幸悦さんはいくつもの課題をクリアしたと明かす。
「カイコは温度や湿度に非常に敏感で、繊細な飼育作業が求められます。そのため、これまで養蚕農家さんが丁寧に取り組んできた飼育法や装置のノウハウを取り入れています。
カイコを大量生産するにあたって、個体差が出ないよう均一に飼育することが大切です。そのためには、餌の管理をはじめ、養蚕農家さんの熟練の技術が必要になります。システムの開発において、その技術を工業的に実現することが大変でした。
具体的には空調制御で飼育の環境を調整し、合わせて飼育作業の省力化と効率化を図ることで、カイコ大量飼育装置『MayuFacture®』を開発しました」
その他にも、飼育管理作業のしやすい「飼育ケージの開発」や、繭の周囲の細かい毛羽を効率的に除去する自動毛羽取り装置「MayuClear®」の製作、カイコの成育に適した環境条件や効率的な飼育管理手順などを取りまとめることにより、「スマート養蚕システム」を確立した。

「スマート養蚕システム」の嬉しい誤算

それでは、実際に「スマート養蚕システム」はどのようなところに導入されているのだろうか。福川さんは同社がもともと想定していた医薬品の開発目的などとは異なる、意外な反響があったという。
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