山形県鶴岡市に本社を構え、環境への負荷を考慮した先鋭的な素材を開発しているバイオベンチャー企業のSpiber(スパイバー)株式会社。同社は2013年、独自開発したクモ糸を模した人工構造タンパク質素材で作ったドレスを発表したことで話題に。
以降もタンパク質合成の研究を重ね、植物由来の糖類を使用し微生物発酵により製造される構造タンパク質素材『Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™ )』を開発。2022年からタイにて同社初となる量産プラントでのタンパク質ポリマーの生産が開始されていて、数年かけて生産量を拡大していく予定。
2019年には、アウトドアブランドのTHE NORTH FACEを日本国内で展開するゴールドウイン社と共同で開発した、ブリュード・プロテイン繊維を使用したアウトドアジャケット『MOON PARKA(ムーン・パーカ)』が発売されるなど、アパレルシーンでも注目度を高めている。
SDGsの観点からも大きな期待を集めているこのブリュード・プロテイン素材について、さらには同社が描いている“未来のものづくり”について、取締役兼代表執行役を務める関山和秀さんに話をうかがった。
アパレル業界を中心に革新的な素材を世に送り出すSpiberとは、そもそもどのような会社なのだろうか。そして、具体的にどのような取り組みを行っているのだろうか。
「私たちは、人類社会の役に立つことをやりたいという思いのもと、“持続可能な人類のウェルビーイングに貢献する”というのをミッションに掲げ、それを実現するためのさまざまなプロジェクトを進めています。なかでも、タンパク質を素材として使いこなす技術においては今、世界でトップを走っている企業だと思っています」
Spiberといえば、2019年に発売されたムーン・パーカの素材として注目された、構造タンパク質素材「ブリュード・プロテイン」によって、さまざまな業界にイノベーションを起こしている。ではなぜ、タンパク質由来の素材を使うことが人類への貢献になるのだろうか。
「一例としてアパレル業界についてお話しすると、アパレル製品というのはテキスタイル(布地)や繊維でできていますが、それらは世界で年間約1億トン生産されているといわれています。現在、世界のCAGR(年平均成長率)が4%とされるなかで、その消費量と生産量も増加傾向にあり、単純計算で20年後には年間およそ2億トンもの生産量が必要になると予測できます。
一方で、地球環境に配慮して生分解しない石油由来の化学繊維の使用量を減らしていくと天然資源が足りなくなるため、『循環性』を上げる必要があるのですが、それを可能にするのがこのブリュード・プロテイン素材なのです」
資源の循環を可能にするというブリュード・プロテイン素材について、さらに詳しく教えてもらった。
「サステナブルな社会を実現する上では、ものをリサイクルすることも大切ですが、ひとつのものを長く使うことのほうがより重要になってきます。しかし、リユースしてどんなに大切に使っても、ボロボロになってしまえば最後には必ず廃棄しなければなりません。
最近はアパレルメーカーを中心に再生ポリエステルや再生ナイロンが普及し、そのほとんどがペットボトルなどを原料としていますが、衣服から衣服、繊維から繊維へのリサイクルはできません。つまり、ペットボトルなどは一度しか再利用できず、その次はゴミになってしまうのです。
では、どうしたらいいのか? いろいろと思案するなかで、『この地球上で一番高度なプロダクトは、人間なども含む生き物だ』という考えに辿り着きました。生き物はさまざまな機能を持つ器官からできていますが、すべて再資源化したり、自然に還したりすることが可能です。
そこで私たちは、人体や生き物を形成しているタンパク質に着目し、それを素材として利用するための研究を重ねてきました。そして、20年ほどかけて技術基盤を構築して辿り着いたのが、主原料を石油などの化石資源に依存しない、Spiber独自の微生物発酵プロセスによって製造される構造タンパク質のブリュード・プロテイン素材です」
「微生物が糖などのバイオマス(生物資源)を食べて発酵することで作られるので、『ブリュード(=醸造する)』『プロテイン(=タンパク質)』と名付けました。特徴としては、タンパク質としての特性を持っているので、栄養素に 分解することができ、新たな素材を作る際の微生物発酵プロセスの原料として再資源化しやすいという点です。
さらに、素材としての強度や伸縮性などの付与したい特徴や目的に応じて、タンパク質を構成しているアミノ酸の種類と並び方の指示書となるDNAを独自に設計・合成し、フレキシブルにさまざまな素材が作れるのも大きな特徴です。
動物由来のシルク、ウール、カシミヤ、レザーといった素材はほぼタンパク質でできているのでブリュード・プロテイン素材との親和性も高く、同じようなものを作り出すことができます。このようにさまざまな素材を世の中に送り出し、どんどん再資源化可能にすることができれば、人類が抱えているたくさんの問題を解決できると思っています」
資源の循環を可能にする画期的な存在であるブリュード・プロテイン素材の技術は、今後どのように発展していくのだろうか。
「現在、ブリュード・プロテイン素材として展開中のプロジェクトは、アパレル領域だけでなく、化粧品の原料、自動車のシートなどモビリティ領域での材料の開発、さらには、大手人工毛髪メーカーさんとの新たな毛髪素材の開発や、フード領域における開発も進んでいます。今後は一層、ブリュード・プロテイン素材が身近なものとなり、生活のあらゆるシーンで当たり前に使われている状態になることを目指しています」
山形県鶴岡市の本社にあるプロトタイピングスタジオでは、年間で数トンのブリュード・プロテインポリマーの生産が可能だが、さらに大規模な生産量の拡大を目指しており、昨年の春よりタイにある量産プラントの稼働がはじまり、生産体制や生産量を段階的に拡大している。そして現在はアメリカにも生産拠点を立ち上げるべく準備を進めている。
「現在はブリュード・プロテイン素材を作るための原料として、品質が安定していて低コストで、調達も容易な植物由来の糖を使用しています。ですが、今後さらに生産量が拡大していくと、食料供給源と競合する可食バイオマス由来の原料から非可食バイオマス由来の原料に転換していく必要があります。
そこで今、原料として開拓し始めているのが、タイではバガス(サトウキビの搾汁残渣)、アメリカではコーンストーバー(トウモロコシの茎葉)といった、日々廃棄されてしまうセルロースを多く含む農業副産物を糖化してブリュード・プロテインポリマーの主原料として活用する技術の研究を進めています」