2022.02.25

工芸の価値向上を目指したデジタルとの融合「KOGEI Next」

工芸と聞けば、日本を代表する伝統文化のひとつであり、古くから伝わる技術というイメージが強いだろう。しかしながら、そんな工芸をデジタル技術と融合させることで、新たな創作を生み出す試み、「KOGEI Next」が登場した。

「KOGEI Next」では、CTやAR技術を用いた作品などを発表しており、金属の循環をテーマにした作品である「都市鉱山プロジェクト」も発表。これらの作品は、3月に開催されるアートフェア東京2022においても展示が予定されている。今日、工芸はどのような状況にあり、「KOGEI Next」にはどのような狙いがあるのか。「KOGEI Next」を牽引する株式会社クロステック・マネジメント取締役の江口哲平さんに、事業の狙いと経緯を伺った。

PROFILE|プロフィール
江口哲平

デザイン×テクノロジーを起点にIoTクリエ―ターの育成やスタートアップ事業を支援する株式会社クロステック・マネジメント取締役。一般社団法人アートハブ・アソシエーション理事、株式会社電通京都支社 文化事業推進部長を兼務。

ヘッダー画像:満田 晴穂 《自在大蟻行列 -円環-》

現代アートと工芸、工芸と伝統工芸

まず、「KOGEI Next」の概要や設立の経緯を教えてください。

「KOGEI Next」は、工芸というものの価値向上を目指し、ジャンルを超えて共創していこうというプロジェクトです。クロステック・マネジメントと京都にある古美術鐘ヶ江というギャラリーが共同で主催しています。

プロジェクト設立の背景には、日本の工芸の窮状に対する鐘ヶ江さんの危機意識がありました。日本の工芸はもともと約150年前の、パリやウィーンの万博で披露されて世界的に知られることとなりました。今もどちらかというと国外から評価されております。とはいえ、国外でもいわゆる現代アートと工芸の間にはヒエラルキーがあり、圧倒的に現代アートの方が評価が高いです。工芸にも本当に素晴らしい作品がありますが、今のアート業界では全く評価が違うと。それは作品額にも反映されています。現代アートだと、著名なアーティストですと何億という金額でオークションで落札されますが、工芸の世界では特に現代作家の作品はどんなに高くても数千万円と桁が異なる状況です。
また、工芸というと伝統工芸を思い浮かべる方がほとんどだと思います。もちろん、伝統工芸は重要なのですが、江戸時代や明治時代の作品や著名な作家の作品といった古美術品だけに価値がつき、現代の工芸作家の素晴らしい技術があまり評価されていないということにも、鐘ヶ江さんは懸念を抱いていました。

こうした背景から、現代工芸の認知向上や工芸自体の価値向上を企図して、立ち上げたのが「KOGEI Next」になります。

若い作家が中心なんですね。

「KOGEI Next」の参画作家の年齢層は幅広いですが、20~30代の若い作家も多くいます。今の工芸家たちの作品制作は、昔ながらの工房で100年前と変わらない道具を使い、まるで仙人のように篭って制作しています。その環境で超絶技巧作品とも言える、信じられないような作品を生み出していることは素晴らしいのですが、かたやスポーツの世界などでは技術開発を進めて劇的に進歩しています。

スポーツでは当然のように技術革新が起きているのに、工芸には全く取り入れられておらず、閉ざされた陸の孤島で作品制作をしている。工芸の世界にも科学的な知見を取り入れて新たな素材や道具を活用することで、超絶技巧をさらに進化させた作品が作れるんじゃないか。そう考えてスタートしたのがこのプロジェクトです。

画像: null
クロステック・マネジメントは、芸術教育にも携わっていますね。

はい、京都芸術大学を含めた多様な学校の運営をしている学校法人瓜生山学園が母体です。理念として「芸術教育の社会実装」を掲げ、デザイン経営や芸術系大学からの新規事業にも盛んに取り組もうという想いのもと、縁があった4社で法人化しています。

大学の中だと、どうしても教育だけに特化してしまうため、教育とビジネスをそれぞれ展開できるよう、ジョイントベンチャーをつくったことが会社設立の経緯です。現在ではスタートアップの支援、共創パートナーのコーディネートや人材育成も行っています。母体が教育機関なので、ただビジネスをしてお金を儲けることだけが目的ではなく、次世代の人材を育てていくことも、重要なミッションとしています。

先端的な技術活用と環境への意識

では「KOGEI Next」のビジョンである、工芸とデジタルは融合する。環境の向上=工芸の向上である。について詳しく教えてください。

先程も説明しましたが、工芸と作品自体にデジタル技術や科学的なものを取り入れることで作品をアップデートするという狙いの取り組みです。

本郷 真也 《visible01》

「visible01」という作品ではCTを用いています。金属作品は完成してしまうと当然ながら表面しか見えませんが、この作品では内部構造の骨まで全部つくっています。普通だと見えないので意味がないものですが、最新のCTスキャンを使えば骨格まで見せることができるので、中を見せる前提の作品制作を試みたアナログの作品とデジタル表現を融合させるというコンセプトです。
基本は全て鉄で作っていますが、中には銀でつくられたキャンディーの袋を入れています。それはカラスが人間が捨てたゴミを食べてしまったという環境問題への訴えも表現しています。鉄は朽ちてしまうので長期間が経過するとカラスの部分は朽ちていきますが、銀は朽ちないのでキャンディーの袋が出てくる。デジタル表現を見ていなくても、1000年後にはリアルでキャンディーの袋を見ることができるという意味も込められています。

画像: つのだ ゆき 《ネッタイシマカ》
つのだ ゆき 《ネッタイシマカ》

それ以外にも11月に発表したのは、ARを使った蚊の作品があります。壁にガラスの超絶技巧作家が作った蚊が止まっていて、これにスマホをかざすとAR上に蚊が現れ、自分の手にかざすと蚊が自分の手に止まって血を吸います。その蚊は「ネッタイシマカ」という蚊で、本来は日本にはいない種類ですが、地球温暖化によって何年後かには日本にも生息する可能性があります。ネッタイシマカは今の日本に生息する蚊よりもヒトの血が好きで、デング熱などの感染症を媒介するらしいんですが、こういった環境問題による影響を考えてもらうための作品となっています。

自然環境への意識が強く反映されている作品なんですね。

工芸作家の竹や木、鉄を用いた作品に対して、みなさんなんとなく地球に優しい、自然のことを考えていると感じますよね。特に昆虫や植物を作品のモチーフにする作家も多いので、工芸作家は環境意識が高いといったイメージを抱かれがちですが、実は真逆で今の工芸はあまり環境への配慮がなされていません。木を使う作家は膨大な量の端材を捨てていますし、金属の作家は相当な火力を使います。また金属の採掘は途上国の環境汚染の原因になっていると知られていますが、使用している金属がいつ、どこで採掘されたものかといったことを考えることも少ない。良い作品を作ることが、どれだけ環境に負荷を与えているかは考えずに作品制作をしているのが現状です。

ただ、今は多くの生物が年間何万種類も絶滅していて、作品のモチーフにする昆虫の絶滅も起き得る状態にあります。また、繊細な彫刻には良質な木が必要ですが、日本は安い輸入木材に頼ったことで、国内の林業が衰退し良質な材木をあつかう業者はどんどんと減少していますし、漆の装飾に最も適しているとされる筆の毛はクマネズミとされていますが、クマネズミを捕まえる人がいなくなったので、漆職人は筆がなくなり、細かい装飾が書けないという自体になってしまっている。そうすると、技術の問題ではなく材料や道具がないから再現できないのに、現代の漆職人は昔の職人よりも技術が低いと言われてしまいます。そのような意味でも自然や社会の環境変化を意識して、時代に合わせた素材や道具で作品をつくっていかないと最終的には自分たちにはね返ってくるのです。

画像: 鈴木 祥太 《都市の養分》
鈴木 祥太 《都市の養分》

「KOGEI Next」に参画する作家たちは、そこを考えて作品制作に取り組んでいます。まず第1弾として取り組んだのが「都市鉱山プロジェクト」という、携帯とかスマホとか、ノートパソコンといった小型家電の中の基盤に使われている希少金属を使った作品制作です。今はまず金に着目した制作を進めていますが、ゆくゆくは金以外にも銀など金属作家が用いる材料は全てリサイクルされた素材を使う形を構想しています。それが、「環境の向上=工芸の向上」というビジョンに繋がっていきます。

工芸の未来を築くために

こういった先端的な技術を作品に活用するために、どのようなサポートを行っているのでしょうか?

まさにテクノロジーの部分は、ARだったらアプリ開発やCGの制作といったように工芸作家や古美術ギャラリーである鐘ヶ江さんでは担えない部分となるので、クロステック・マネジメントのネットワークを用いてプロデュースしています。

また、「KOGEI Next」の思想に共感していただき、株式会社ゴールドウインにも協賛をいただいています。こういった新たな接点を築くことも、クロステック・マネジメント側が担当しています。

今後、「KOGEI Next」はどのように展開予定なのでしょうか?

「KOGEI Next」は単年度で終わるものではないと思っています。「KOGEI Next」自体はプロジェクトではなく、いわゆる運動だと捉えていて、我々の活動が100年、200年経ったときに、この運動が日本の美術、世界の美術のターニングポイントのひとつだったと言われるようなものとしていきたいと考えています。だからこそ、プロジェクトという小さい規模で見られたくないと思っています。

ベンチマークとしては、2025年の万博をひとつの通過点として取り組んでいます。冒頭に触れましたが、工芸が世界に知られた契機は約150年前のパリやウィーンの万博でのことなので、今度は日本で開催される万博で何倍にも進化した日本の工芸を、世界中の人々に見ていただきたい。日本の工芸のすごさ、テクノロジーのすごさを発信することを目標にしています。

その先には、工芸自体の価値の向上を思い描いています。たとえば、野球だとメジャーリーガーに憧れて子供が野球を始めて野球人口が増えるといった間口がある、工芸には今、それがありません。なので、工芸も超絶技巧作家をメジャーリーガーのような存在にしていきたい。そのためにも、子供たちが工芸に触れられる場をつくっていきたいと思います。街の工芸教室みたいなものも含め作家を目指すルートをつくり、工芸にかかわる人口が増えることで産業として成立する。そこで初めて100年、200年と残していける、これが目指している未来ですね。

#Sustainability
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