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2023.02.16

伝統工芸品「南部箪笥(なんぶたんす)」のDNAを受け継ぐ、キャンプ家具「A&D/W(エーアンドディーダブル)」

テックという言葉には最先端で新しいものというイメージがついてまわるが、その多くは人々が工夫をこらしたものを応用し、進化させてきたものだということを忘れてはならない。

2020年に岩手県でスタートした「A&D/W(エーアンドディーダブル)」は、昭和20年創業の民芸家具メーカー「株式会社マルイ造形家具工業」が手がけるキャンプファニチャーブランド。親子3代にわたり受け継がれた家具作りの技術を、アウトドアで使える組み立て式の家具としてアウトプットしている。
 
ブランドの看板でもある「七輪囲炉裏」というテーブルには、技術や工法だけでなく素材やものづくりの姿勢も引き継がれ、その誕生ストーリーも興味深い。今回はマルイ造形家具工業の広報を務める千葉雅之さんに、「A&D/W」が生まれた背景や商品展開について話を聞いた。

家族経営のシナジーが新たな道を切りひらく

画像: 伝統の指物 (さしもの。釘を使わない伝統木工芸)の技術で作られたマルイ造形家具工業の「南部箪笥」。岩手名産の漆塗りで、金具は南部鉄や彫金が施され高級感が漂う
伝統の指物 (さしもの。釘を使わない伝統木工芸)の技術で作られたマルイ造形家具工業の「南部箪笥」。岩手名産の漆塗りで、金具は南部鉄や彫金が施され高級感が漂う

2020年のブランド発足後、早々に国内のクラフトアワードやD2Cアワードを受賞するなど、華々しくデビューした「A&D/W」。アウトドアに囲炉裏を持ち込むというユニークな発想と、メンテナンス性がよく持ち運びも簡単な組立式の構造、そして上質な佇まいを持つ「七輪囲炉裏」は、すぐさまキャンパーの注目の的となった。
 
そんな新進気鋭の「A&D/W」だが、その仕掛け人は意外にも岩手の伝統工芸の家具メーカー。親子3代続く職人の手から、どのようにして「七輪囲炉裏」が生まれたのだろうか。まずはマルイ造形家具工業という会社について尋ねた。
 
「マルイ造形家具工業は岩手県九戸村(くのへむら)で私の祖父がおこした民芸家具メーカーで、今年で創業78年。伝統の南部箪笥(たんす)の工法は祖父から父に伝えられ、今は私の弟、千葉暢威が社長となり、職人たちに受け継がれています。
 
私たちは3兄弟で、三男の暢威は九戸村で職人として働いてきた叩き上げ。次男の私と長男は異業種での経験を活かし 、現在は3人の共同経営で家業を守っています。

九戸村では社長を含め職人たちが製品の製造を担う一方で、私は公共構造物の設計の仕事をしていた経験を活かして、奈良を拠点に製品設計や営業、広報を担当。神奈川にいる長男は 、一級建築士事務所で内装を手がけてきたセンスを家具のデザインに役立てています」

画像: 伝統的な和の様式を現代の生活スタイルに合わせた「ダイニング火鉢」は、同社の主力ブランド
伝統的な和の様式を現代の生活スタイルに合わせた「ダイニング火鉢」は、同社の主力ブランド

それぞれの得意分野を持ち寄って家業を引き継ぐというのは、今の時代ならではのスタイル。加えて、工場のある岩手だけでなく多拠点での活動も、民芸家具のメーカーとしてはメリットが多いという。
 
「役割分担をしながらも、協力できるところは一緒にやる。アウトドアブランドの『A&D/W』とは関係のない販路ですが、普段私たち兄弟は、百貨店で開かれる日本の職人展や、物産展、家具展などへ参加し、伝統工芸品の家具をご紹介することが多いんです。

そのため、拠点を分散しているとエリアごとに担当を分けられるので、全国へ満遍なく足を運ぶことができるんです」

家族の絆を深める、囲炉裏のアウトドアバージョン

画像: 七輪やコンロなどをセットできる、組立式のキャンピングテーブル「七輪囲炉裏」。台の高さや七輪受け板の高さもスタイルに合わせて調節ができる。オノオレカンバ材  50,000円(税込)
七輪やコンロなどをセットできる、組立式のキャンピングテーブル「七輪囲炉裏」。台の高さや七輪受け板の高さもスタイルに合わせて調節ができる。オノオレカンバ材 50,000円(税込)

自分たちの手で作り、自分たちで商品の説明をし、自分たちが販売する。首尾一貫、3代にわたってユーザーに寄り添うマルイ造形家具工業。そんな彼らだからこそ「A&D/W」という新規事業が生まれたのだった。
 
「『A&D/W』の着想を得たのは2020年。コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって百貨店での催事が減ってしまい、私たちが商品を販売する機会はもちろん、伝統工芸の家具の素晴らしさを知っていただくチャンスが少なくなったときでした。
 
会社として何かしなければと考えていた頃、ある休みの日に庭先に七輪を置いておつまみをあぶっていたのですが、ふと数年前に亡くなった父のことを思い出したんです。父はよく夕方に七輪でスルメやイモをあぶっていたな…とか、闘病中『30年前に仕入れたオノオレカンバを使って何か面白いことやれないかなぁ』とずっと言っていたな…とか。
 
オノオレカンバというのは文字通り斧が折れてしまうほど硬い木なんですが、反りにくくて傷もつきにくく、アウトドアで使う家具にもぴったり。『それなら、オノオレカンバで七輪を囲むテーブルを作ったら良いんじゃないか』と、そのときすべてが 繋がった気がしました。
 
ちょうどコロナ禍でキャンプが盛り上がっていましたし、社長もキャンプ好き。素材も技術もあったので、すぐに実行に移すことになったんです」
 
こうして誕生した「七輪囲炉裏」は外に持ち出せる団らんの場。屋内で使用する「ダイニング火鉢」のアウトドアバージョンというコンセプトで、組立式のキャンプギアとして提案している。かつて家族が集まる家の中心だった囲炉裏を、現代的な解釈でアウトドアギアとして商品化したのだという。

キャンプファニチャーに流れる南部箪笥のDNA

画像: 「A&D/W」というブランド名はAssembly(組立)、Disassembly(分解)、Wedge(クサビ)の頭文字をとったもので、彼らの製品は伝統的な南部箪笥同様に、部材同士を組み合わせる“指物技術”によって組立・分解ができる構造。接合部にはボルトや釘などの金具類は不使用というこだわりを持つことによって、キャンプファニチャーに必要不可欠な収納性と堅牢性を高次元で実現している
「A&D/W」というブランド名はAssembly(組立)、Disassembly(分解)、Wedge(クサビ)の頭文字をとったもので、彼らの製品は伝統的な南部箪笥同様に、部材同士を組み合わせる“指物技術”によって組立・分解ができる構造。接合部にはボルトや釘などの金具類は不使用というこだわりを持つことによって、キャンプファニチャーに必要不可欠な収納性と堅牢性を高次元で実現している

「箪笥というのは箱の組み合わせなので形としては単純ではあるのですが、伝統的なものは接合部に釘やネジを使わず、互い違いに凹凸を作った仕口(しぐち。木材加工で2つの材料を接合させる際に直角につなぐための接合箇所)で重ね合わせる、しっかりした構造を持っています。

『A&D/W』で展開する木工のキャンプギアにもその加工技術を応用しており、七輪囲炉裏の脚や天板同士も、組立式ですがキッチリ溝にハマって安定感があるんです。
 
パーツ同士を金属パーツなどで繋ぐことで設営時間を短縮できる折り畳み構造を採用することもできるのですが、あえてすべてバラせる完全な組立式としたのは、金属で連結するとその部分の掃除をする必要がありメンテナンスの手間が発生するから。

また、もし壊れてしまった時には、壊れたパーツだけ送っていただければすぐに対応できるというメリットもあります」
 
親から子へ、子から孫へと代々受け継ぎ、ずっと使い続けられる家具を作ることは、マルイ造形家具工業のモットー。その信念は伝統工芸の家具だけではなく、「A&D/W」のアウトドアギアにも息づいているのだ。

生活に、人生に寄り添うアウトドアブランド作り

画像: 七輪囲炉裏より大人数での使用を想定した、新作の六角テーブル。六角囲炉裏、六角蓋(ふた)、ランタンポールがセットになった、クリ材の「六角囲炉裏セット」は140,000円(税込)
七輪囲炉裏より大人数での使用を想定した、新作の六角テーブル。六角囲炉裏、六角蓋(ふた)、ランタンポールがセットになった、クリ材の「六角囲炉裏セット」は140,000円(税込)

2023年2月時点で「A&D/W」が手がけるアイテムは16種類。ファミリー向けだけでなく、ミニテーブルやハンガースタンドなど、ソロキャンプ向けの製品も登場した。また素材もオノオレカンバだけでなく、ウォルナットやクリ、カリン、ナラ、合板など、質感や価格で選べる商品もある。

 木の素材によって経年変化の現れ方が異なることにも着目し、人それぞれの個性や嗜好に合わせて選べる多様な展開を行っているというわけだ。
 
ますます期待が寄せられる「A&D/W」だが、最後に今後の展望をうかがった。
 
「ご好評をいただいていて生産が追いつかない製品もある状態ですが、今の体制のまま社内における『A&D/W』の生産比率を広げてしまうと、メインの家具作りに支障が出てきてしまうことも見えています。なのでしばらくは販路を広げず、D2C(ユーザーへの直販)のみで受注生産をしつつ地道に新作も発表して、自社のECでの販売で少しずつファンを増やしていくつもりです。

待っていただけるお客さまに感謝しながら、自分たちのデザインで、自分たちの手で手がけたものを、自分たちが説明して売っていく。祖父の代から続けているその形は崩さずにいたいんです」
 
多様な価値観がある現代のトレンドに寄り添いながらも、変わらぬ信念も貫いている新進気鋭のキャンプファニチャーブランド「A&D/W」。伝統工芸の技を新しい工芸へと昇華させていく、 彼らの未来に今後も注目したい。

PROFILE|プロフィール
千葉 雅之(ちば まさゆき)
千葉 雅之(ちば まさゆき)

株式会社マルイ造形家具工業 広報担当
1974年岩手県九戸郡九戸村に3兄弟の次男として生まれ、工学部を卒業後には橋梁会社に入社し、設計業務に従事。社会人としていろいろと経験したうえで、いつかは兄弟で各々の特技を生かして会社を成長させていきたいと考えていた。三男は大学卒業後1999年に会社を継ぎ、追って長男が2005年に、そして自らも2007年より家業を継ぐことを決意。現在は関西営業部として奈良県に常駐し、広報、営業、販売、財務、工程管理、CADCAM業務、アウトドア家具部門の設計や販売促進業務などを兼務。

Text by Junpei Suzuki(ALTANA inc.)

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