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2022.11.12

触覚から考えるメディウム・スタディー ーー世界中に「快」を提供するアパレルブランド「ユニクロ」を手掛かりとして(難波阿丹)

1980年代以降、ファッションの文脈においては記号的価値や表象的作用に注目が集まることが多かった。つまり、衣服を身にまとうことによる、自分らしさの表現や、他集団との違いを周囲に見せる「視覚」的な要素が中心的に論じられてきた。
その一方で、ファッションにおいては、肌に合う素材を用いた着心地や、気候に適した素材を用いた快適性など、人々にとっての「触覚」的な価値である「快」も追求されてきている。
たとえば、ユニクロが2013年に「第二の肌」として打ち出した「AIRism(エアリズム)」は、世界中の人々が感じる快適さをグローバルに展開。日本においても馴染み深いアイテムとなっている。
今回は、これまでメディア研究やファッションにおいて、議論の中心ではなかった触覚に注目して、映像研究、情動論などを展開している聖徳大学ラーニングデザインセンター・情報教育センターの難波阿丹准教授に、触覚的価値の意味するところから、ユニクロの特徴まで伺った。
PROFILE|プロフィール
難波 阿丹(なんば あんに)
難波 阿丹(なんば あんに)

聖徳大学聖徳ラーニングデザインセンター・情報教育センター(兼任)准教授。慶應義塾大学ほか非常勤講師。学際情報学博士(東京大学)。

主な論文に「拡張する表皮:複数化するスクリーンから透明なインターフェイスへ」『現代思想』2015年5月(単著)。「情動の出来事性:インターフェイス・ライブ性・交感」『情報学環紀要』2017年4月(共著)。「ユニクロのAir-Rhythm:インターフェイシング〈相互調整〉と触覚的価値の再創出」『vanitas 005』2018年3月(単著)。共著書に『ソーシャルメディア・スタディーズ』(北樹出版、2021年)。

「触覚」的価値を刷新したユニクロ

メディア理論がご専門で、映画研究からスタートした難波先生が、ユニクロ論である『ユニクロのAir-Rhythm インターフェイシング(相互調整)と触覚的価値の再創出』を書いたのは、どんな理由があったのでしょうか。
衣服は、マーシャル・マクルーハンのメディア論にあるように「皮膚」を拡張、外在化したメディウムの一つとして、機能するものだと考えることができます。その意味で、ファッションは皮膚の延長であり、衣服などによって皮膚を書き換えたり、演出したりするわけです。
そのなかで、ユニクロをメディウム研究者の観点から見た場合、標準的なアパレルブランドを志向する一方で、ハイブランドとコラボすることなどで記号的価値も取り入れつつ、アパレルブランドとして進化しているとともに、快適さや着心地などの身体の「快」をもたらすために、環境に合わせた技術を用いることで、これまでのファッション業界における「触覚」的価値を刷新しています。
これらを全て兼ね備え、理論的にも商業的にも成功していることから、ユニクロを最先端の企業であると考えたからです。
具体的に、ユニクロには「触覚」という観点からどんな特徴があるのでしょうか?
ファッションは、個人の個性を視覚的な記号的価値として表象するだけでなく、着ている人が触覚的な「快」の感情を持てるように調整する装置としても、機能しています。
そこで、ユニクロはエアリズムに代表される気候などに合わせた衣服を開発をすることで、「第二の肌」として身体環境を最適化し、触覚的な「快」をもたらすファッションをグローバルに展開しています。さらに、地域の特性を考慮したローカル化も進めています。
まさに、視覚的価値と触覚的価値、製品化における技術と衣服を着る人々の環境を統合的に考えながらブランディングをする戦略を持っていて、それはメディウム・スタディーの理論的な観点からも成功していると思います。
従来のメディア研究は「技術ベース」と「環境ベース」が別個で語られるところがあり、本来はその両方を統合的に考えなければいけませんが、往々にして技術ベースで論じられがちです。また「視覚」と「触覚」においても、視覚が中心的に論じられてきました。
従来のファッションブランドにおいても、現在のメディア研究と同じような形で、視覚的な外観や、製品を手掛ける際の技術的な点が中心的に論じられてきました。しかし、ユニクロは気候などの環境に合わせた技術で開発・製品化を行うことで、他のアパレルブランドと比較して突出した形で触覚的価値の最適化を図っています。
触覚的な「快」をもたらす企業としてユニクロが先端的とのことですが、これからはどのような展開が考えられますか。
ファッションがメディウムとして、どうやったら定着するかというと「透明化」すること、つまり着ていることを意識しなくなることが重要です。衣服として、あたかも身につけていない、透明化することこそが快だと思うんですね。
逆に着ていることを意識してしまう状態は、快ではなく妨げになってしまうので、より快を追求し、透明化していくことになるのかなと思います。
しかし、これまでにお話しした通り、ファッションは視覚的な自己主張の手段でもあります。そのため、今後は製品開発においてより透明化を追求しながらも、自己を他者と差異化させる記号的価値も持つという両立を、引き続きグローバルに目指すことにより、ユニクロは「世界の皮膚であろうとする」のではないかと思います。
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