体温を感知すると素材が柔らかくなり、伸ばすと伸長し、手を離すと形状記憶性によってゆっくりと元通りになるという。はたして、そのような機能が実生活でどのように役立つのだろうか。
今回、
三井化学ファイン株式会社 機能性素材事業部門 機能性フィルム事業開発室の室長である西川さんにお話を伺い、新素材である「HUMOFIT
®」の魅力を語っていただいた。
PROFILE|プロフィール
西川 茂雄(にしかわ しげお)
1992年に、現在の三井化学株式会社に入社。発泡シート製造技術開発、各種樹脂加工製品の研究開発に従事。機能性ポリマー、機能性フィルムの営業・マーケティングを経て、圧電フィルム等、さまざまな新製品開発プロジェクトを推進。2017年にHUMOFIT®の開発を開始し、現在三井化学ファイン株式会社にて、HUMOFIT®事業を推進。
誰も体験したことのない素材
最初に事業内容を教えてください。
三井化学ファイン株式会社は、三井化学株式会社という総合化学メーカーの100%子会社になります。弊社は、1974年に三井化学グループの化学品専門商社として設立され、今では商社機能以外にメーカー機能も有し、弊社独自の製品も製造・販売しています。
主にヘアカラー原料や医農薬原料など化学薬品を手掛けていますが、樹脂加工品事業を創出する部門を新たに設立し、三井化学株式会社が開発した新素材プラスチックシートの「HUMOFIT®」を今年の4月から弊社に移管して、本格的な事業展開に取り組んでいます。
「HUMOFIT®」の開発背景を教えてください。
原料となる樹脂は、他の樹脂と組み合わせて機能を引き上げる添加剤として使われていたものでした。その樹脂の営業マンが、純粋な好奇心から「シート状にしてみたら面白いのではないか」と思い、発泡シートを作る関連会社さんにお願いして、試作品を作ってみたのがきっかけです。プラスチックとは思えない触感で、初めて触ったときは衝撃の一言でした。これまでさまざまなプラスチック製品を開発してきましたが、このような経験はありません。当時、これが何の役に立つのかは想像もできなかったのですが、それでも新しい分野を切り開けるのではないかという期待しかありませんでした。
「HUMOFIT®」にはどのような特徴がありますか?
「HUMOFIT®」を手にのせていただくと、体温が伝わって素材が柔らかくなり、手形にシートが変化します。手を離すとしばらくその形を維持しますが、次第に元のシート状に戻って いきます。もうひとつの特徴は、応力緩和性が高い点です。シートを引っ張っていただくと、体温が伝わってゴムのように伸びます。ゴムの場合は引っ張った状態を維持するために、力を入れ続けないといけません。戻る力がありますからね。
ところが、「HUMOFIT®」は応力緩和性が極めて高く、伸ばすときには力がいるのですが、戻る力は緩やかです。ということは、体にフィットするのですが、締め付け感は非常にマイルドになるわけです。そのため、体との親和性が非常に高いという特徴があります。
どういった原理で「HUMOFIT®」が柔らかくなったり、伸縮したりするのでしょうか。
化学技術用語で、ガラス転移温度というものがあります。アクリル板をイメージしてほしいのですが、通常は硬いですよね。ところが、70℃くらいになると柔らかくなります。このように、硬い状態と柔らかい状態の転換となる温度というものが存在します。溶ける温度を融点といいますが、その一歩手前の状態ですね。「HUMOFIT®」のガラス転移温度は28℃です。そのため、体温ほどの温度で反応してくれます。通常、我々の生活している温度域に近いガラス転移温度のものが身近にあると、いろいろと支障をきたすので避けるのが一般的です。
「HUMOFIT®」は、いわば業界の常識を大きく逸脱した素材といえます。
取り扱いが難しそうな素材ですね。
扱いにくい素材かもしれません。手に取っただけで変化しますし、部屋の温度にも敏感です。夏と冬でも、違った表情を見せてくれます。それは加工の際も同じです。たとえば、工場のミシンで縫製するときにも、稼働したての場合は調子が良いのですが、徐々に熱を持ち始めると、途端に素材がくっついたり伸びたりするので、急に難易度が上がってしまいます。
素材としては面白いけ ど、温度依存性が大きいので取り扱いが難しい。使いたいと声をかけてくださる加工メーカーさんも多いので、まずはこの素材の特徴をしっかりと説明することから始めます。そのうえで、どこの加工メーカーさんでも加工ができるような仕組みづくりが必要になってきます。
「HUMOFIT®」を広げるためには、クリアしなければならない課題が数多くあります。知名度もまだ低いですが、多くのお客様にこの驚きの素材を届けたいと思っています。