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2022.06.27

知られざる日本の養蚕ーー近代から現代まで続く「科学知」と「信仰心」(沢辺満智子)

ファッション産業を支えてきた代表的な素材として、絹/シルクがある。日本においては、昔から着物などで親しみ深く、今なお世界中の人々を魅了する高級素材として高い人気を誇っている。
絹/シルクの原料である繭を生産する「養蚕」は、日本では弥生時代から始まったとされている。時代が下り、近代化の過程においては主要産業として位置付けられた。現在、世界遺産となった富岡製糸場が明治5年(1872)に設立されると、日本初の大規模な機械製糸工場として、繭から作る「生糸」の大量生産を実現した。
生糸は、明治42年(1909)に輸出量が世界一になるなど、昭和初期に至るまで長年に渡って輸出品の中心であり続けた。日本の養蚕業は、長い歴史を持つとともに近代化に貢献したことでも知られている。
養蚕業と人間の関わりについては、これまでに数多くの研究が行われてきたが、文化人類学者の沢辺満智子さんは、近代化を支えた養蚕業を技術からだけでなく、文化人類学的に、人々の信仰や身体性などの観点からもアプローチした調査を行っている。
近年、養蚕業は最新テクノロジーの導入や若手の新規参入などで再び注目を集めている。沢辺さんによると、それは近代日本における養蚕の発展を可能にした要因である、技術革新などの「科学技術」と養蚕に関わってきた人々の「信仰心」ともつながる現象だという。そこで沢辺さんに、養蚕業の歴史からファッションと素材の関係性、知られざる近代と現代のつながりについてお話を伺った。
PROFILE|プロフィール
沢辺 満智子(さわべ まちこ)
沢辺 満智子(さわべ まちこ)

編集者、ポリフォニープレス代表。1987年、茨城県つくば市生まれ。一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻博士課程修了、博士(社会学)。一橋大学、多摩美術大学非常勤講師。単著に『養蚕と蚕神ー近代産業に息づく民俗的想像力』(慶應義塾大学出版会 2020年)、共著に『VIVID銘仙――煌めきの着物たち』(青幻舎、2016年)、『越境するファッション・スタディーズ』(ナカニシヤ出版、2021年) など。

養蚕と文化人類学

はじめに、沢辺さんの研究の内容を簡単に教えてください
私は文化人類学を専門分野としてきました。文化人類学とは、自分とは一定の距離がある文化圏に入り込んで、人々の暮らしや営みを観察しながら、そこに生きる人々にどういう価値観が共有されているのかを考える学問です。あらゆる人間の営みがその研究対象となりますが、フィールドワークをベースに置いているのが特徴です。
私の場合は文化人類学の手法を用いながら、養蚕を行っていた女性たちの身体性や信仰心について調査しました。その上で、それらが国の主要産業でもあった養蚕業の近代化政策と、どのように相関したのかを研究しています。
かつて日本の絹産業は国家の花形産業だったこともあり、絹や養蚕、蚕糸の研究は、経済学や政治学、民俗学など様々な学問分野でたくさん行われてきました。しかし、学問分野を超えて領域横断的なアプローチによる研究はあまりされてきませんでした。
文化人類学の最大の特徴であるフィールドワークでは、自分の身体感覚や皮膚感覚など、あらゆる感覚を使って調査します。私の場合は、実際に現存している養蚕農家に住み込みをさせて頂き調査しました。
現場に広がる身体感覚などは、なかなか言語/テキストになりにくいことなんですね。そういった領域が、この産業をどのように支えていたのかを、歴史資料と接合させながら、もう一度捉え直すのが私の研究です。
沢辺さんはどういったきっかけで養蚕業に注目したんでしょうか?
もともと学生時代は、女性の働き方や仕事に強い関心を持っていました。そうしたなか、大学のプロジェクトで、繭から糸を取って織物を作る大石紬に関わる機会がありました。
そこで、戦中に配偶者を亡くし、女手一つで絹織物を作ることで生計を立てた女性にインタビューをする機会を得ました。その女性が特別だった訳ではなく、絹に携わる仕事によって経済的な自立を得ていた方が日本にたくさんいらっしゃったことを知ったんです。
そして、その調査のときに絹や糸をちゃんと見る機会がありました。服になった状態で見ることはありましたが、物質として繭という形で、しかも何千個と見た経験はありませんでした。
初めてそれを見たときに、すごく綺麗で非常に美しいと思ったんです。完全な自然の物でもないし、人工の物でもない。長年にわたる人間と自然のハイブリッドなコミュニケーションのなかで生まれた繭の、物質的な力を感じました。そこで、繭自体の歴史やそれに携わる人々の歴史を調べてみたいと思い、この研究を始めました。
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#Bio Fashion
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