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2023.07.19

廃液が従来の約0.08%! 新しい染色技術によるサステナブルメイクメガネ

サングラスをはじめ、今やファッションアイテムの定番となったアイウエア=メガネ。そのフレームのカラーや形状といったデザインでお気に入りを選ぶ人が多いが、レンズにおいてもさまざまな進化を遂げている。今回は、かけるだけでメイク効果が出ると話題のレンズを搭載した「メイクメガネ」とその技術に迫る。
1971年に愛知県で創業した株式会社ニデックは、眼科医療機器、眼鏡店向け検査・加工機器から、人工網膜システムの開発まで、目に関する製品の開発・製造を行っている企業。そんな同社が特許を持つ染色技術が「気相転写染色」だ。
それまで、メガネレンズの染色は一枚一枚、熟練のオペレータの手作業で行われていたが、この技術の登場により正確かつスピーディな大量生産が可能になった。
また、今まで染色不可能だったレンズの中央部に染色を施した、新しいコンセプトのメイクメガネ「LILY COULURE(リリクルーレ)」を発売。かけるだけで、目元にメイクをしているかのような血色感が生まれる。その技術について、同社で研究開発を行う犬塚 稔さんに話をうかがった。
PROFILE|プロフィール
犬塚 稔(いぬづか みのる)
犬塚 稔(いぬづか みのる)

株式会社ニデック コート事業部 コート研究開発部 研究開発課 参与 

1983年株式会社ニデックに入社し、コート部(当時)の染色現場に配属。その後、染色現場への配属をきっかけに、40年間にわたり眼鏡レンズの染色工程の改善及び新しい染色技術の開発に取り組む。1999年に気相転写染色技術を完成し、これまで染色困難とされていた超屈折レンズの染色を可能にした。2018年に第43回発明大賞(日本発明振興協会会長賞)を受賞
https://www.lilycoulure.com/

真夏の室内は高温多湿に…過酷な従来のレンズ染色方法とは?

まず、気相転写染色が開発されるまでの染色は、一枚一枚、熟練のオペレータによる手作業だったということに驚きました。具体的にどのような方法で染色されていたのでしょうか?
水の中に赤、青、黄色の3原色の染料を調合し、90℃以上の高温に温めた染色液の中にレンズを浸漬して染める、というのが一般的に行われている方法です。繊維の染めものと同じで、長時間浸しておくほどに色が濃くなり、短時間であれば薄くなります。グラデーションを作る場合は、濃いところは長く浸して、薄いところは短くするといったように、染色液に浸す時間で調節します。しかし、この方法だと指定通りに染色液を作っても、なかなか思う色に染まってくれないことがあるのです。
メガネレンズは右と左で度数が異なると製造ロットも変わってしまいます。ロットが変わると染色性が微妙に異なるため、同時に染色液に漬けても片方だけ薄かったり、色見本の通りに染まらなかったりすることがあります。左右同じ色に染めるには、色を正確に見て修正できる熟練した技術者が必要です。たとえば、青味が足りなければ青色の染色液に浸して調整したり、濃ければ脱色液に漬けたりと、一つひとつ手作業で行っているのが現状で、非常に手間がかかります。
また、作業場は染色液で汚れる上に廃液も非常に多く、さらに染色液を高温にして作業するため、夏場でも水蒸気を炊いているような過酷な環境になってしまうという課題がありました。
従来の方法では、一つひとつ手作業で染めている
従来の方法では、一つひとつ手作業で染めている
この作業環境をどうにか変えたいという思いから、気相転写染色の開発を始められたそうですね。
染色専門の技術士の先生によるご指導のもと、1996年から取り組み出しました。当初は気相転写を使うことなど思い付くはずもなく、1年が経過した頃にようやくこの技術に着目することができ、開発が始まりました。それまでは、本当にさまざまな方法を試みました。

開発まで4年 作業効率向上と環境改善を同時に叶える特許技術にたどり着く

気相転写染色の手順を教えてください。
はじめに、染料インクのデータをインクジェットプリンターで印刷して転写紙を作製します。そして、その転写紙とレンズを治具にセットして、真空の気相転写装置内に入れて赤外線で転写紙に熱をかけ、インクを昇華させてレンズに転写させます。この時点ではレンズ表面に染料が載っているだけなので、触ればすぐに取れてしまいます。そこで最後に、仕上げとしてオーブンで加熱し、染料を定着させれば完成です。転写時間は5~7分程度、完成までは2〜3時間が目安となります。
実は、この真空装置にたどり着くまでにも時間を要しました。レンズ自体は平面ではなくさまざまな曲率があるので、表面にプリンターでダイレクトに染色できないかとか、伸縮性のある転写紙が作製できないかなど、いろいろ試したのですが、すべてうまくいきませんでした。それらの試行錯誤を経て「真空蒸着技術」を用いた非接触の方法を採用することになりました。
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