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2023.07.19

人を変えていくものとしての衣服ーーポストヒューマニズムから見たファッション(水上拓哉)

PROFILE|プロフィール
水上拓哉
水上拓哉

博士(学際情報学)。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)特別研究員。専門は技術哲学。特にソーシャルロボットの行為者性やその倫理的設計に関心がある。主な論文に「ソーシャルロボットの倫理の基礎づけ――道徳的行為者性の虚構的解釈による人間中心的枠組みの構築」(東京大学博士論文)や「なぜファッション研究において技術哲学が重要なのか」(『vanitas』第8号)など。

ファッションと技術はいかに交差するか

まず先生のご研究の内容を簡単に教えてください。
私の専門は技術哲学、技術倫理です。なかでも、「ソーシャルロボット」と言われるような、私たちと会話をしたりジェスチャーを使ってコミュニケーションを取ったりするようなロボットを研究しています。ソーシャルロボットは、たとえば教育の現場やエンターテインメントといったシーンで、そういった社会的な役割を持って活躍しているわけですが、そのようなロボットとどうすればうまく共生できるのかを、哲学や倫理学の観点から考えています。
私が「ソーシャルロボット」という言葉を使うときは、いわゆるチャットボットのようなプログラムだけのものも含みます。最近だとChatGPTが流行ってますよね。ChatGPTは高い対話能力をもっていて、道具というよりは人間の秘書みたいだなと感じる方もいると思います。
こういった機械学習技術の進展を背景に、技術哲学ではポストヒューマニズム的な考え方を取る研究者が増えています。簡単に述べると、ポストヒューマニズム的な技術哲学では、人間を中心に据えて考える哲学を批判して、技術や人工物などの重要性にも目を向けよう、という考え方です。特に最近は、ロボットや人工知能が「自律的に」自分で判断して行動を取ることができる時代なので、行為の主体を人間だけに限定しない方向性が提案されています。
そう考えると人間や動物のような形をしたソーシャルロボットはポストヒューマニズムと相性が良さそうな気がしますよね。もちろんそういう側面もあるのですが、そうすることによって設計者の責任の範囲が曖昧になってしまうといった問題も出てきます。ロボットの主体的な側面も重視しつつも、それをなんとか人間中心的に説明できないか。そのような概念的枠組みを探究するのが私の現在の研究です。
今回ファッションに着目した背景を教えてください。
ソーシャルロボットが何者であるかを哲学的に考えるときに、重要になるのがその「見かけ」です。たとえば犬型ロボットが犬のように扱われるのは、まさにそういう見た目をしているからですよね。なので、これからは「それが何か」と「それが何を見せるか」との関係に焦点を当てていかなければならないと考えています。そういった中で、衣服をまとうことでその人のアイデンティティを表現するファッション的な実践が重要なヒントを与えるのではないかと思い、ファッション研究に着目し始めました。
20世紀後半には人工知能の登場に伴い「哲学的人工知能批判」という一連の議論がありました。コンピュータにはできないけど人間にはできることがあるだろう、という話ですね。このとき、哲学者たちは基本的に「人間の心はこうである」や「コンピュータの計算はこうである」といったように、単純に人間の心とコンピュータの計算を単体で比較することが多かったように感じます。
ただ、ソーシャルロボットの機能だとか役割を考えるためには、このような「コンピュータはそれ自体でどういった能力をもっているのか」という視点だけでは不十分です。もちろん今のロボットに心があるとは言えませんが、ただそれでも顔がついていたりとか、言葉を話したりだとか、何かジェスチャーがあったりだとかするわけですよね。私たちがそういうものを見て何か悲しんでいるのかなとか、痛がっているのかなということを想像する、と。そういったところをちゃんとすくえるような分析が必要だと思うわけです。
このような考えは、私だけではなく技術哲学全体の潮流としても主流になりつつあります。「経験的転回(empirical turn)」と呼ばれるものですす。技術を語るときに総称としての「技術」ではなく、むしろ、個別具体的な技術が私たちにどのような経験をもたらすかに注目するものです。考えてみればスマートウォッチやコンピュータやロボットなど、技術によって私たちが経験するものは異なりますよね。「技術 vs. 人間」というような前提に基づく文明批判的な思考ではなく、もっと個別の技術がもたらす経験を出発点に考察していこうというのが昨今の技術哲学の潮流だと言えます。
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