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【リレーコラム】隙をついてくる彼らについて(Hana Yamamoto)

PROFILE|プロフィール
Hana Yamamoto

アーティスト。1999年千葉県市川市出身。2019年にアメリカ・ニューヨーク滞在を経て、2022年多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース卒業。関心の対象は、普遍的な習慣から全く新しい経験まで常に移り変わるものの、主に自分を眩惑させる事物・現象・言説に新しい形を与えようと試みている。

何度もリニューアルしては閉店するテナントばかりが集まった商店街がある。ある時期は不動産屋が開店し、ある時期はお菓子屋だった。長く続くラーメン屋や整体院もあるが、その商店街の多くの店は数年後、気づいた頃には閉店し別の店になっている。
その商店街にかつてあった店は多様だった。よく閉店するテナントとそうではないテナントの差が激しく、閉店を繰り返しているテナントがある傍で長く続く店もあった。私はその商店街をあまり気にかけず過ごしていたのだが、ふとこの前、その商店街の大半が肉料理を提供する店になっていることに気がついた。さらには、肉を提供する店が閉店したあとに肉を提供する別の店が開店しはじめる、なんていうことすら起きるようになった。最近のその商店街の傾向では、店内飲食ができる店ではなくテイクアウトメニューの充実した店が繁盛しているようだ。
元々私の出身地域には特別楽しい店などないと思っていた。それでも小学校に入る前、その近辺にはビデオゲーム屋や本屋があって、プレイしてもいないカービィのゲームの攻略本を500円で親に買ってもらった。信じられないほど私はそれを大切に読んだ。キャラクターの設定を読むのが楽しかった。その店も無くなって、居酒屋になり、今ではシャッターが閉じたきりになった。昔より今の方がより一層感覚が貧困な街になっている。ぼんやりと振り返ってみても商店街としてのまちづくり計画というのか、ディレクション的なものは恐らく無くて、多様な店構えが失われたあとは肉料理の店が乱立している。子どもが減り、社会人や大学生の一人暮らしが増えてこの数十年間で住人の集団が変わり、特定のニーズだけが主張されるようになった。それがここでは、会社帰りの一人暮らしの人に向けたハイカロリーでファストな食事だったということだ。
その景色は単に興味深いものでもあったが、ここ数年、どのような試みをすれば適切に体調を維持できるのかを試行錯誤してきた自分としても、いつかメンションしたいと思っている出来事だった。いくらまだ若年層に分類されるような年齢でも、塩分や糖分を摂り過ぎれば体はぼんやりするし、運動しなければ体重も増える。自覚的になった時期はコロナ禍に住んでいた世田谷の最寄りスーパーに通っていた頃だと確信する。その店舗の野菜棚の幅は1.5mほどで野菜の数も少なく、品出しのタイミングに行かない限りは欠品に近い状態が続く。その代わりに冷凍食品とインスタント麺とワインの棚が大きく、ものによっては2列にわたっておいてあるものだから、仮に自炊のモチベーションがあろうとそのスーパーに行くと気持ちを削がれる。2ヶ月暮らしたポーランドでも最初の数日間は楽をしようとテイクアウトを試したが、外食はあまり野菜を摂取できず着実に体調を崩す道を歩んでいる予感がしたので、結果的には早々にやめて、時間を使ってでも料理をした。
しかし早く満腹になりたい気持ちがどんどん自分を悪循環に追い込むことはわかっている。数ヶ月前に書き留めた体調を崩したときの対処プロセスには「まず横になる。寝る。寝れないときは腹筋10回×5セットやってみる。とりあえず9時間は寝る。その後どんな気が抜けた格好でもいいのでジムに行って歩く。ジムに行って後悔することはないので、面倒でもとりあえずは自分に鞭打って向かうのが大事。帰宅したら早々に寝る。」と書いていたが、食事に関する言及をすっかり忘れていた。決して自炊が好きなわけではない、しかし訂正するとすれば食事のセクションを書き加えるべきだろう。食事は自分が選択することよりも「時間がないゆえに」「手間がかかるゆえに」選ばされてしまうからこそ意識的にならないといけない。私は元々不摂生な人間で、自分が分離していないときによく不摂生をした(する)。私が分離と呼ぶ状態は身体を素材と考え、アバターをカスタマイズするような感覚を持つときだが、その状態にあるときは運動や適切な食事をとったり、メガネをコンタクトに変えたりできる。私の中身が私の外側をアジャストしてやるという気持ちがモチベーションになるからだ。そのようなモチベーションがないときは、まったくと言っていいほどに全てがどうでもよい。
ニューヨークへ留学に行くとき「この数ヶ月で変わらないとまずいな」と思いながら出発したのを覚えている。成長しようと感じることはあまり他人に発露したくない感情/感覚だったが、今でもむしろ留学自体への高揚よりもその焦燥感の方がはっきりとしている。そしてその感覚はジムに行き始めた頃にも感じていた。同じくこれも、他人に見せびらかしたいものではないだろう(これはジムに行きたいが一歩踏み出せない人たちが抱える状態の多くに当てはまると思う)。けれども、消費と身につけることによって素早く起こせるような変化でなく長い時間をかけて根本的なところから変わっていけるような、ゆっくりとした変化をまなざすことができたらいい。歳を取ったら薄れると言われている「変わることへの憧れ」もまだまだ生きる楽しみのひとつの要素としてあってほしい。
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