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【リレーコラム】オートクチュールとアートをめぐる信頼関係(陳海茵)

PROFILE|プロフィール
陳海茵
陳海茵

東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。埼玉大学人文社会科学研究科研究員。専門は文化社会学、芸術社会学。中国・北京や上海の芸術区やアート市場を対象としたフィールドワークをしている。論文に「中国現代美術市場の制度化と『仲介者』の価値実践について」『早稲田文学』2020年冬号などがある。

1.中国のファッション・インフルエンサーとオートクチュール

2019年頃から、私は中国のファッション系インフルエンサーのYouTubeチャンネルをよく観ている。たとえば、AHA LOLOという男女2人が運営するYouTubeチャンネル(1)は、パリコレのシーズン毎の最新コレクション解説や、ファッション業界の仕事事情、有名人のレッドカーペットでの着こなし評価などを配信している。AHAは、中国の名門大学を卒業後、イギリスのセントラル・セント・マーチンズへ留学してファッションデザインを学び、その後、ジュエリーデザイナーとして活動した経歴を持つ。
私が最初にAHA LOLOチャンネルを観たのは、「VALENTINO Haute Couture 2020 Spring Summer」の解説動画だった。私のような一般庶民にとって、オートクチュール(2)の洋服は、一生のうちに所有するどころか触れることさえできないものである。プレタポルテより一層芸術性の高いオートクチュールのショーについて、その革新性をわかりやすい言葉で解説してくれる動画を観ていると、素人の私でも世界的トップデザイナーの美的感性をほんの少しだけ理解できたような気になる。
ところで、世界に一点しかない、まさしく芸術品ともいえるオートクチュールは、どのような人びとの手を渡って流通しているのだろうか?お金さえあれば、誰でも所有できるものなのだろうか?
AHA LOLOチャンネル内のある動画の中で、かつてFENDIとCHANELでスタジオデザイナーとして仕事をしていたPatrick氏(中国出身、動画内では顔は出さず、声のみの出演)がゲスト登場し、オートクチュールをめぐる商取引の慣行について語っていた。
AHAブランドはオートクチュールの顧客を意識的に増やそうとしていますか?
Patrickオートクチュールの市場はとても小さいです。僕たちには既に十分な数の顧客がいます。あらゆる発注を受け付けているわけではありません。つまり、あなたにいくらお金があっても、必ず売ってもらえるとは限らないのです。
彼らは、新規顧客を増やしたいと思っていません。彼らは、女性が一定の年齢と社会的階層に達したら自ずとシャネルの服を必要とすることを分かっているのです。

2.お金では買えない、信頼を交換するという行為

どうやら、「本当に良いもの」はお金があるだけでは買えないらしい。売り手から見て、ふさわしいと認められた人しか、その商品を売ってもらえない。現代アートのプライマリー価格がどのように決まるのかを研究したオランダの社会学者オラヴ・ヴェルトゥイス(Olav Velthuis)によれば、アートのプライマリー市場におけるギャラリストたちは、アートが拝金主義者の餌食になることを防ぐために、作品の買い手の記録を付けたり、厳選したりする(3)。若いアーティストを発掘し、伴走することに確固たる信念をもつギャラリストにとって、顔も知らない新規客は、長期的なアートの価値の維持に貢献してくれるかが未知数であり、作品をすぐにオークションへ転売してしまうかもしれないリスクの高い存在だからだ。こうした理由から、ギャラリストは新規顧客を開拓することよりも、まず信頼できるコレクターに作品を「譲る」ことを選ぶのである。
AHAどうしてシャネルのオートクチュールはこんなに高価なのですか?
Patrick職人の手工業の精神をうまく体現しているからだと思います。(中略)ちょっとかわいらしいエピソードを話すと、この前、フランスの年配のご婦人から小包をもらいました。それで僕は自分の持っていたイッセイミヤケのワンピースと、彼女の服を交換したんです。僕の周りの友達は、しょっちゅうこういう風に洋服をシェアする遊びをします。でも、相手の服を買うことはしません。自分の服と相手の服を交換するだけです。僕たちはお互いにこの服をAppreciateできる(訳注:良さが分かる)人たちだからね。
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