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【リレーコラム】​​インフルエンサーによる通信教育とファッション人生(杉山昂平)

PROFILE|プロフィール
杉山昂平
杉山昂平

東京大学大学院情報学環特任研究員。専門は学習科学、余暇研究、メディア研究の学際領域。趣味学習や興味駆動学習と、それを取り巻く社会・メディア環境に関心がある。共編著に『「趣味に生きる」の文化論――シリアスレジャーから考える』(ナカニシヤ出版、2021年)。

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私が高校生の頃、岩波ジュニア新書から『ファッション・ライフのはじめ方』という本が出た。ファッションというものに漠然と興味を持ち始めたけれども、何をしたらよいのか分からなかった当時の自分にとって、この本はまさしく「教科書」だった。そもそも服は様々なアイテムに分類されること、スニーカーの定番はコンバースであること、流行のスタイルが移り変わること。それまでの人生でも毎日服を着ていたはずなのに、服は自分で選び、組み合わせるものだということを初めて教えられた。
その後、本に従ってABCマートでコンバースのオールスターを買い、GLOBAL WORKでチノパンやカーディガンを買った。たまたま私服で遠足に行く機会があったのでそれらを着ていったら、同級生から「大学生みたいやん」と言われて妙に満足した。DIESELが欲しいとしゃべっていた連中の言っていることがやっと分かった…全く見えていなかったファッションという世界がどんどん開けていく感覚があった。

服を着ることの専門性を身につける

「服を着ること」は、生活文化の一部であると同時に趣味としても追求される。シャツを身に纏うことはボタンのかけ方さえ知っていれば誰でもできるように思える。『ファッション・ライフのはじめ方』を読む前の自分でも、それならば知っていた。
だが、何らかのスタイルを表現し、自分の身の丈に合ったシャツを纏おうとすると、それなりの経験や知識が必要になる。審美眼を共有しない人にとって「ただの服」「変な服」に見えるものが、審美眼を共有する人にとっては「お洒落な服」「モードな服」として評価される。「ファッション」という言葉は、どちらかと言えば「服を着ること」の趣味的な側面に光を当てている。
趣味としてのファッションは、専門分化した特殊な服の選び方や着方である(1)。だから、日常生活の中で自然に身につくとは限らない。ファッション界との接点をもち、そこで教育されたり、学んだりした結果として、はじめてファッションとして服を着ることができるようになる。
では、服の着方を学べるような、ファッション界との接点はどこにあるのだろうか。
アパレルショップやストリートなど様々な場が考えられるが、メディアもまた大きな役割を果たしている。ファッション雑誌、テレビの情報番組、ソーシャルメディア…と、各々の時代に応じた技術が活用され、ファッションは「通信教育」されてきた。私も『ファッション・ライフのはじめ方』によってファッションの基礎を通信教育されたと言える。さらにファッション誌になると、内容はより専門分化する。雑誌によって学べる内容が異なり、読者層は○○系というスタイルに分かれる(2)。

インフルエンサーという通信教育者

通信教育は担い手がいなければ成り立たない。ファッションを楽しむ人々は、どこかで「通信教育者」の恩恵を受けている。時に広告・宣伝とも混ざり合った教育活動によって、ファッション界への参入口は保たれている。
『ファッション・ライフのはじめ方』の場合、著者はファッションイラストレーターの高村是州さんだった。文化学園大学服装学部の教授である彼は、比喩的な意味ではなく、誰がどう見ても「専門家」であり「教師」である。だが、ファッションの通信教育は、いわゆる専門家・教師とは異なる人々によっても担われている。
例えば、SNS時代には「インフルエンサー」と呼ばれる人々がいる。個人の生活の一部(のように見えるもの)として、アイテムの情報や着こなし方をSNSに投稿し、それが多くのフォロワーに読まれる人々である。フォロワーは投稿内容をハウツーや指南書として活用することができる。
インフルエンサーは、しばしば「身近さ」によって特徴づけられる(3)。彼・彼女らの投稿内容は、遠く新しいファッション界に関する講義ではない。「安くても高級感があるコーディネートをするにはどうすればよいか?」といった、私たちと共通の課題に対する実用的な助言である。だから、インフルエンサーは「教師」というよりは「先達・先輩」のように見える。
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#Social Commerce
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