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【リレーコラム】波乱の時代を生きのびるために未来を夢見る(橋本輝幸)

PROFILE|プロフィール
橋本輝幸

SF書評家、アンソロジスト。編著書に『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』(ともにハヤカワ文庫SF)、武甜静、大恵和実との共編『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』(中央公論社)がある。

本稿は、ふだんSF小説を研究する私の衣服とテクノロジーにまつわる関心を、サバイバルというキーワードで接続したものである。
平均温度と紫外線量は年々上がる一方だ。日本化学繊維協会の「吸水速乾・調湿」のページには、合成繊維メーカーの自信作がずらりと並んでいる。いずれも高温多湿の夏を生きのびるための繊維素材だ。かつてはエアコンがいらなかった地域も、導入しないと生存がおびやかされるようになってきた。服は日々の生を守るための装備なのである。
ジョナサン・ストラーン編のSFアンソロジーTomorrow’s Parties: Life in the Anthropocene (MIT Press, 2022)のテーマは、人新世[1]の暮らしだ。現代SFのトップランナーたちが、過酷な環境や社会でともあれ生きねばならない市民を描いた新作SF短編が収録されている。未来の技術の発展もテーマのひとつだ。ストラーンは、序文で「私の気持ちとしては、サイエンス・フィクションは我々が今生きる世界をよりよく理解するために、明日のレンズを通して今日の問題を見つめるフィクションである」と語っている。ちなみにショーン・ボドリー(Sean Bodly)による本書の表紙や挿画は、個人が服や器具で身体を強化・延長する様子を描いた少しユーモラスな絵だ。
衣装デザイナーのジャクリーン・ウェストとボブ・モーガンは、未来の砂漠を舞台にした大作映画『デューン』(2021)のために数百の衣装を考案する必要があった。原作小説にも登場する「スティルスーツ」は人体から出る水分を無駄にせず再利用する服だ。そのような機能を表現する服を、しかも実際に俳優が着用する際に苦しくならないように軽量化しつつ、中東での酷暑の撮影に備えて、水袋で身体の各所を冷やせるように作った。2人の創意工夫は評価され、アカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされた。1960年代半ばに発表されたSF小説でも資源の浪費と環境問題は書かれていた。人類はそれから半世紀間、環境の悪化に歯止めをかけられないでいる。
ところで日本にも「衣服を使ったサバイバル」をテーマにしたファッション・デザイナーがいる。津村耕佑は1994年にブランドFINAL HOMEを立ち上げた。当時も環境問題が注目されており、1980年代には『ブレードランナー』や『AKIRA』といったSF映画が希望のない未来を描いていた。津村は「もしも核戦争などで文明が滅びて、地球上に数人が生き残ったとしたら、何を使ってどう生き延びるのか」と仮説を立てて「プラスチックやナイロンなどの土に還らない製品だけが残っていて、それを使って身を守るものをつくるのではないか」[2]との結論に至る。そして主に化学繊維素材を利用し、服や小物を発表した[3]。リサイクルや売り上げの一部の寄付も先進的な試みだった。2013年に原宿の路面店がクローズし、すべての店舗が閉店した。ブランドの始まりから終わりの間には阪神・淡路大震災と東日本大震災が起こった。津村はFINAL HOMEのコートを車に積み、自ら東日本大震災の被災地に向かった[4]という。
さて服の役割は、自然から身を守る従来機能だけに留まらない。私たちは、同じ人間の害意からも身を守る必要がある。
米国ノースウェスタン大学のオマル・ファルハ(Omar Farha)教授は、化学兵器を吸収し、中和し得る衣服の可能性について発表している。彼が研究するのは、金属-有機構造体(MOF)と呼ばれる多孔質材料だ。きわめて微細な孔を持つ素材MOFで衣服をコーティングし、孔で毒をとらえ、分解する。MOFには水から鉛などを除去するためのスマートフィルターとしての利用可能性もあるそうだ。まるで目に見えない、小さな魔法のポケットつきの素材である。なおファルハ教授はパレスチナのヨルダン川西岸地区出身で、同地の6割以上は現在もイスラエルの軍事支配下に置かれている。
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