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【リレーコラム】大切なことは肌が知っている―下着と身体と私のはなし(山本泰子)

PROFILE|プロフィール
山本泰子
山本泰子

大阪生まれ。奈良女子大学文学部人間科学科教育学・人間学コース卒業。下着メーカーの技術職に就職。同大学博士前期課程の社会人院生。下着、服飾、ファッション、ジェンダー、大阪などに興味を持っている。趣味は手品とパントマイム。

戦後の下着デザイナーとの出会い

大学3年生の夏、近現代の衣生活についての本を読んでいるときに鴨居羊子[1]と出会った。「下着デザイナーの鴨居羊子は、第二次下着ブームを起こした」という一行だった。この一行になぜか引っ掛かり、母に聞いてみると「絵描きさんやね。大阪で展覧会してはったよ」という。思っていた返答ではなかったことから調べ始めるととてつもなく興味深い人物で、私はすっかり彼女にのめり込んでしまった。
鴨居羊子は元新聞記者で、1955年に下着デザイナーとして起業した。ただの下着メーカーの社長ではない。下着をテーマにした本や映画も作った。下着の仕事以外にも、絵を描きフラメンコを踊るなど、彼女は多彩な才能にあふれていた。
その中でも、当時の私の研究テーマを戦後の下着に変えるほど影響を受けたのは『下着ぶんか論』(1958)だ。
鴨居羊子が下着屋を始めたころは、白い下着が主流の時代だ。色物の下着を着る人は一般的な女性ではほとんどいなかった。そんなご時世大阪の百貨店の一角で、化繊のカラフルな下着の展覧会を行った。上着のため、しきたりのため、お行儀のためではない。自分の肌がよろこぶものを選べというメッセージを掲げながら、アバンギャルドな手法で新商品をアピールしてゆく。彼女の言動は時代を超えて現代の私の心をつかんだ。
歴史的にみても、女性は身体をきつく締め付ける下着を着続けてきた。しきたりに従ったり、周囲に同調して生活したりしていると、無意識のうちに不自由を強いられやすい。だからこそ肌に問いかけて自由な下着を選ぶことは、自分の生き方を選択することと同じように重要なことであるという訴えだ。これはカラフルだからといって、女性は下着までも着飾らないといけないといったことを訴えているのではない。
肌感覚で考えていく鴨居羊子の下着論は、下着の近くにある自分の身体が逃げも隠れもしなくていい私の身体だという自信を私に持たせたきっかけになった。

身体を考えさせられたダンス

鴨居羊子と出会った後、ダンスやパントマイムのワークショップに参加する機会があった。
練習の中で印象に残っているのはコンテンポラリーダンスの体験[2]だ。ほぼ初対面の数人の受講生とさまざまな課題を行った。ひときわ難しかったのは下記の条件を遂行する課題だ。
1.音楽が流れている間は身体が動いてないところを作らないようとにかく動く。
2.足の裏以外の身体の部分が壁・床、またはペアになった相手に絶えず触れているようにする。
演劇・ダンスの技術は乏しかったが一生懸命取り組んだ。残念ながら自分の動きにダンスらしさは感じられず、イモムシになってうねうねとうごめいている不思議な気持ちだった。そしてこのうごめきの中で、私は身体のことを常に意識させられた。
イモムシのような身体に自分以外の存在が触れている! という意識は、身体の輪郭を触覚という信号でなぞった。輪郭を確認していくような感覚は、私自身を練り上げて塑像にしているかのような不思議な体験だった。
頭は音を拾うこととなにかに触れながら自分を動かすことで精いっぱいだったから、余計なことは考えられない。だから触覚を素直に受け取らざるを得なかったのかもしれない。このとき初めて私は客観的な自分の輪郭をなぞったのだと確信した。友人と抱きしめあったり、恋人に触れられたりすることとは違う。
音を拾って反応している動きは私の身体が知っている動きしかできないし、うごめいている身体は触覚を通して感じる私という人間のかたちだと思った。

3Dデータに写し出される身体

身体の輪郭をなぞったダンスは私にとって鮮烈だったが、その次に身体について悩まされたのは3D計測の技術だった。私の初めてのスキャンの体験はZOZOスーツだ。黒地に白ドットのスーツをまとい、スマホの前でゆっくりと回転しながら自分を写した。アプリの中で首から足首までのシルエットがしっかりと写し出されているのを見たときには、その〈私〉らしさに驚きがあった。お尻が大きくてあまり鍛えきれてないところも鏡で知っている通りだった。くびれのラインも見覚えがあった。無機質な罫線が鏡よりも生々しく私を描いていた。
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