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【リレーコラム】怪異が身にまとうもの:「口裂け女」の揺らぐファッション(宮崎悠二)

PROFILE|プロフィール
宮崎悠二
宮崎悠二

埼玉大学人文社会科学研究科研究員。専門はメディア史、広告論。論文に「雑誌コンテンツとしての「クチコミ」の成立──1980年代から1990年代前半の雑誌における「クチコミ」の提示を巡って」(『マス・コミュニケーション研究』100号、2022年)など。

……ガガガガガガガ──ガガガ────ガガガガガガガ……
その音を聞いたのは、私が小学校に入学する前の年のことだった。蒸し暑い真夜中のこと、洗濯しすぎてスタッドレスタイヤくらいゴワゴワになったタオルケットにくるまっていたら、母屋に近接している離れから、祖母のミシンの音が聞こえてきた。
幼い私がその音に驚いたのは、真夜中であるにもかかわらず祖母がミシンを動かしていたからではない。そのとき既に、祖母が他界していたからだった。亡くなった祖母の他に家族の中でミシンを動かす者はいない。だからこそ、物置小屋と化した離れに残置されていたのだ。離れから鳴るミシンの音を聞いた私は、祖母がひととき家の中を訪れて自分になにか合図を送っているような気がして、恐怖よりもむしろ安心感を覚え、かすかに聞こえてくる小刻みな音の中で再び眠りについていった。
さて、「亡くなった祖母が夜中にミシンを動かした」。幼い私の元に訪れたこのエピソード、当然祖母の復活を示すものではない。何か別の音──離れに忍び込んだ小動物の足音とか──を聞き間違えたとか、あるいは寝ぼけていてありもしない音が鳴っていると思い込んでいたとか、そういった類の勘違いだったのだろう。要するに、亡くなった祖母がミシンを動かしたという事実があるはずは無いのだ。しかし、事実では無いからといって、何らの真実もそこに含まれていないわけではない。
ミシンの音が聞こえる前、たしか数週間前に、私は亡くなった祖母の夢を見ていた。祖母が私をおぶっている。急に祖母は地面に倒れこみ、そのまま動かなくなる。それだけの夢だ。祖母に甘えがちだった私は恐らく、自分の存在が祖母には負担だったのではないかと罪悪感を抱いていたのだろう。その夢を見てから自分が「いけない子」であるかのように思われていた。
そんなタイミングで聞こえたミシンの音を、祖母が自分を責めていないことを示す音として私は聞いた、というかそう思っていて欲しいとの願望が幼い私に「ミシンの音」を聞かせたのだろう。こうした解釈は少なくとも自分自身にとってはありそうな話だ。そのころ幼馴染みにこの「ミシンの音」について嬉々として話した覚えもある。やはり嬉しかったのか、安心したのだろう。事実ではない話の中にも、自身の願望や、世界への意味付けの仕方が潜んでいることもあるのだ。
* * *
ミシンの音は私一人が聞いた個人的なエピソードに過ぎないが、より多くの人々の間で交わされる虚実の曖昧な噂や都市伝説(1)の中にも、潜在的な願望や偏見、イメージが投影されていて、そこに一面の真理が潜んでいるのかもしれない。そうであるならば、「噂の中のファッション」「怪異が身にまとうもの」に着目することで、「ファッション」を巡るこれまで見落とされてきたイメージを捉えられる。そんな可能性を考えてみてもよいだろう。
ただし、「噂の中のファッション」が流通するその形式──メディア──に対しては注意が払われなければならない。例えば「ネットロア」(インターネット上で生まれた説話)である「八尺様」は生垣から頭を出せるほど巨大な女が「ぽぽぽ」と奇怪な音を発する話だが、基本的には「白っぽいワンピース」を着ているとされる。また同じくネットロアの「くねくね」は、真っ白な服を着た人あるいは白いものがくねくねと動き出し、それを目にした者は精神に異常を来す話だが、基本的には白いイメージで定着しているようだ(2)(伊藤 2016)。
いずれもウェブで画像検索をしてみると概ね白い服を着ているか、白い物体としてイメージ化されている画像がヒットする。白一色の服装を着ることに対するある種のイメージや、白という色そのものに対する「異様さ」のイメージをここに読み取ることも可能だろう。それはこのネットロアにおいてある種の「異様さ」を引き立てる仕掛けとして機能しているように思われる。
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