2022.08.03

【リレーコラム】怪異が身にまとうもの:「口裂け女」の揺らぐファッション(宮崎悠二)

PROFILE|プロフィール
宮崎悠二
宮崎悠二

埼玉大学人文社会科学研究科研究員。専門はメディア史、広告論。論文に「雑誌コンテンツとしての「クチコミ」の成立──1980年代から1990年代前半の雑誌における「クチコミ」の提示を巡って」(『マス・コミュニケーション研究』100号、2022年)など。

……ガガガガガガガ──ガガガ────ガガガガガガガ……

その音を聞いたのは、私が小学校に入学する前の年のことだった。蒸し暑い真夜中のこと、洗濯しすぎてスタッドレスタイヤくらいゴワゴワになったタオルケットにくるまっていたら、母屋に近接している離れから、祖母のミシンの音が聞こえてきた。

幼い私がその音に驚いたのは、真夜中であるにもかかわらず祖母がミシンを動かしていたからではない。そのとき既に、祖母が他界していたからだった。亡くなった祖母の他に家族の中でミシンを動かす者はいない。だからこそ、物置小屋と化した離れに残置されていたのだ。離れから鳴るミシンの音を聞いた私は、祖母がひととき家の中を訪れて自分になにか合図を送っているような気がして、恐怖よりもむしろ安心感を覚え、かすかに聞こえてくる小刻みな音の中で再び眠りについていった。

さて、「亡くなった祖母が夜中にミシンを動かした」。幼い私の元に訪れたこのエピソード、当然祖母の復活を示すものではない。何か別の音──離れに忍び込んだ小動物の足音とか──を聞き間違えたとか、あるいは寝ぼけていてありもしない音が鳴っていると思い込んでいたとか、そういった類の勘違いだったのだろう。要するに、亡くなった祖母がミシンを動かしたという事実があるはずは無いのだ。しかし、事実では無いからといって、何らの真実もそこに含まれていないわけではない。

ミシンの音が聞こえる前、たしか数週間前に、私は亡くなった祖母の夢を見ていた。祖母が私をおぶっている。急に祖母は地面に倒れこみ、そのまま動かなくなる。それだけの夢だ。祖母に甘えがちだった私は恐らく、自分の存在が祖母には負担だったのではないかと罪悪感を抱いていたのだろう。その夢を見てから自分が「いけない子」であるかのように思われていた。

そんなタイミングで聞こえたミシンの音を、祖母が自分を責めていないことを示す音として私は聞いた、というかそう思っていて欲しいとの願望が幼い私に「ミシンの音」を聞かせたのだろう。こうした解釈は少なくとも自分自身にとってはありそうな話だ。そのころ幼馴染みにこの「ミシンの音」について嬉々として話した覚えもある。やはり嬉しかったのか、安心したのだろう。事実ではない話の中にも、自身の願望や、世界への意味付けの仕方が潜んでいることもあるのだ。

* * *

ミシンの音は私一人が聞いた個人的なエピソードに過ぎないが、より多くの人々の間で交わされる虚実の曖昧な噂や都市伝説(1)の中にも、潜在的な願望や偏見、イメージが投影されていて、そこに一面の真理が潜んでいるのかもしれない。そうであるならば、「噂の中のファッション」「怪異が身にまとうもの」に着目することで、「ファッション」を巡るこれまで見落とされてきたイメージを捉えられる。そんな可能性を考えてみてもよいだろう。

ただし、「噂の中のファッション」が流通するその形式──メディア──に対しては注意が払われなければならない。例えば「ネットロア」(インターネット上で生まれた説話)である「八尺様」は生垣から頭を出せるほど巨大な女が「ぽぽぽ」と奇怪な音を発する話だが、基本的には「白っぽいワンピース」を着ているとされる。また同じくネットロアの「くねくね」は、真っ白な服を着た人あるいは白いものがくねくねと動き出し、それを目にした者は精神に異常を来す話だが、基本的には白いイメージで定着しているようだ(2)(伊藤 2016)。

いずれもウェブで画像検索をしてみると概ね白い服を着ているか、白い物体としてイメージ化されている画像がヒットする。白一色の服装を着ることに対するある種のイメージや、白という色そのものに対する「異様さ」のイメージをここに読み取ることも可能だろう。それはこのネットロアにおいてある種の「異様さ」を引き立てる仕掛けとして機能しているように思われる。

それでは、ネットロア以前の怪異、「口裂け女」の方はどうだろうか(3)。「口裂け女」とは、マスクをした女性が道端で通りがかった人(主に子ども)に「私きれい?」とたずねるが、マスクを外すと耳元まで口が裂けている。このような話を基本とする都市伝説である。口裂け女の噂は1978年末に岐阜県で発生し、半年ほどの間に全国に広がっていった(朝倉 1989)。

民俗学者の野村純一が収集した事例によれば、噂の発生から間もなくして、噂が広まっていくと共に口裂け女の姿は具象化されていく。その過程で「鎌」を手にしているとする設定が定着していくものの、「『赤い服に赤いマント』を身に粧ったり『レインコートをはおり』」(野村 1995: 50)といった形で、服装についてはいくらか揺らぎが見られる。

また、社会心理学者の木下冨雄が収集した1979年の雑誌・新聞における口裂け女の想像図、再現写真を確認しても、その服装にはやはり揺らぎがある(木下 1994)。ルポライターの朝倉喬司も「その服装は『赤い頭巾』(山梨)であったり『パンタロン』あるいは『黒いベール』(東京)をまとっていたり」(朝倉 1989: 137)と報告している。ちなみに、水木しげるが描いた口裂け女は赤いTシャツにジーンズ姿である。

このように、一方には比較的安定した服装や姿のイメージがあり、他方には比較的不安定な服装のイメージがある。これにはいくつかの理由が考えられる。ひとつには、主眼とする内容による違いがあるだろう。口裂け女の話の中心はあくまで裂けた口でありそれを隠すマスクである。それ以外の部分のイメージに揺らぎが見られることも自然だろう。

民俗学者の伊藤龍平は、一般的に流通してきた口裂け女の話は、時間・場所が特定された「説話」ではなく、時間・場所が特定されない「俗信」であり、だからこそ新しい要素が付加されやすかったことを指摘しているが(伊藤 2021)、外見・服装、行動、嗜好、出自、これらの要素が加えられていく中でディテールが統一されなくなっていくこともあるだろう。加えて、話の流通量も口裂け女の方が圧倒的に多かったことが予想され、話の流通過程で様々なバリエーションが生まれていったとしても不思議ではない。

しかしこれ以外の重要な点として、話が流通する形式、ここではメディアの違いが、そのイメージ形成、例えば服装の統一性に及ぼした影響というものが存在するように思われる。つまり、これらの怪異が「話される」主たる場がインターネットであるか、口頭であるか、この点である。

ネットロアは基本的には「テンプレのコピペ」で流通する。従って相対的にその細部に変形が生じることは少なくなるだろう。これに対して口裂け女は口頭での噂に端を発し、マス・コミュニケーションと口頭コミュニケーションによって流通していた(4)。特に流通過程に口頭コミュニケーションがあることは、細部の変形を生じさせ易くする要因となり得るだろう。

社会心理学者の松田美佐は噂を伝えるメディアがその内容に及ぼす影響に目を向けることを提案しているが(松田 2014)、「噂の中のファッション」を検討するに際しては、形式が内容に及ぼす影響、メディアがどのように服装の表象に影響しているかを抜きには考えられない。それは噂や都市伝説を超えて、広く「メディアの中のファッション」を検討する際にも、考慮されなければならない事柄であるだろう。「噂の中のファッション」「怪異が身にまとうもの」を見る視点は、このような情報の流通形式による影響についての吟味をも促してくれるのである。

* * *

さて、亡くなった祖母が操作するミシンの音が聞こえてから20年以上が経過した頃、久しぶりに実家で一晩を過ごす機会があった。埃っぽい部屋で眠りに落ちようかとしたその時、あの音が聞こえてきた。

……ガガガガガガガ──ガガガ────ガガガガガガガ……

しかしよく耳をこらしてみると、離れからではなく、階下の和室で鳴っているようだ。これは……。小刻みに低音を効かせた父親のイビキだった。

(1)「都市伝説」は元々はアメリカの民俗学者J. H. ブルンヴァンの言う「Urban Legend」の訳語として作られた言葉だが、ここでは「虚偽であることを半ば知りつつも、その伝達・交換を楽しむことを目的として流通する噂」といった意味で用いている。
(2)色を黒とするパターンもあるが、後に見る「口裂け女」ほどには見た目のバリエーションは無いようだ。
(3)伊藤龍平は、口裂け女の行動は本来「怪異」と呼べるものではなく、端的に、常軌を逸した大人にたいする子どもの恐怖を示しており、「怪人」と呼ぶべきだと述べているが(伊藤 2021)、ここでは「不思議で異様な存在」程度の意味で使用している。
(4)口裂け女の噂が関東に到達した1979年6月後半から7月中旬にかけて、新聞や雑誌が集中的にこの噂を記事にした(木下 1994)。

参考文献
朝倉喬司,1989「あの「口裂け女」の棲み家を岐阜山中に見た!」『別冊宝島92 うわさの本』JICC出版局: 132-149.
伊藤龍平,2016『ネットロア──ウェブ時代の「ハナシ」の伝承』青弓社.
伊藤龍平,2021「口裂け女は話されたか──「俗信」と「説話」」『口承文藝研究』(44) : 214-226.
木下冨雄,1994「現代の噂から口頭伝承の発生メカニズムを探る──「マクドナルド・ハンバーガー」と「口裂け女」の噂」木下冨雄・吉田民人編『応用心理学講座4 記号と情報の行動科学』福村出版: 45-97.
松田美佐,2014『うわさとは何か──ネットで変容する「最も古いメディア」』中央公論社.
野村純一,1995『日本の世間話』東京書籍.

LINEでシェアする