慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、2012年から16年までデザインエンジニアの山中俊治氏のアシスタントを務める。その後、スコットランドに1年間滞在し、現在はフリーランスとして活動中。
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、「日経デザイン」などメディアへの執筆のほか、展覧会の構成やコピーライティングなどを手がけている。
主な仕事に東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」(国立新美術館·2018年)の構成、「虫展―デザインのお手本」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年)のテキスト執筆など。
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展覧会を訪れる場合、ほとんどの人は展示作品を見に行くのだと思う。しかしもちろん展覧会は作品だけで成り立っているわけではなく、空間設計やグラフィックなど、いろいろ注目するべき点はある。そのなかで、おそらくわたしが他の人よりも注目しているのが情報デザインである。
情報デザインというのは広い概念ではあるけれど、会場でのオペレーションや動線、ウェブの構造など、大ざっぱにいえば「メイン以外の仕事」みたいな部分である。大きな展覧会であってもおざなりなケースもあるし、逆に小さな企画でも思いもよらない良い発見をさせてもらえる場合もあるから面白い。
すべての展覧会が什器を一から設計できたり、照明デザイナーにライティングのコントロールをしてもらえたりするわけではない。その最たる例が学生による卒業制作展だ。「自分たちでなんとかする」が基本で、潤沢な予算があることはほぼない。
自分も近しい環境で展覧会の企画の仕事をしていた時期もあるので、多少は気持ちもわかる。同時に、フリーランスになってすぐの5年ほど前、7校全12ヶ所の学外展を回った記事を書かせてもらったこともあるが、有名アーティストの作品を見るのとはまた違う楽しみがあることをそのときに実感した。さまざまな工夫やアイデアが詰まっていて、勉強になることが多いのだ。
先日、多摩美術大学の統合デザイン学科の卒業制作展に伺った。今回はそのレポートである。最初にことわっておくが、今回の記事はひたすらにこの展覧会のユーザーエクスペリエンスとも呼べる部分だけを書いた。本当は気になった作品もきちんと紹介したかったが、感動したところを書き連ねていたら文字数があまりに多くなってしまったので、作品写真はほぼ出ないマニアックなレポートになってしまった。
さて、今回の卒展は上野毛のキャンパス内で開催されていたが、事前にTwitterで流れてきた告知の時点で一線を画しているなと感じた。大きな赤いハートがドンと中央にあるグラフィックで、OGP(Twitter等にリンクを貼った際に出るサムネイル)にしてもとにかく目立つ。予約不要!という文字もしっかり見えたので、ふらりと初日の昼に行ってきた。
最寄り駅である上野毛駅から歩いていくと、曲がるべき場所のコーナーに異様にわかりやすいバナーが現れた。「←統合デザインの卒展」と大きなゴシック体ではっきりと書かれており、あ、ここを左に曲がればよいのね、というのは日本語を読めればかなりの確率で理解できる。この時点でちょっと違うなと感じた。
そもそも展覧会タイトルも「多摩美術大学 統合デザインの卒展」のみで、潔いとしか言いようがない。多くの卒展は毎年テーマを考えて、サブタイトルとして添えている。その作業の意味は大いにあるとしても、展覧会の性質からいえば、来場者のための情報としてはたしかに優先度は低 い。率直なタイトルにすることで、間違いなく卒業制作展であることが伝わるし、独り歩きされて困る情報が減るのだ。
案内に従って学内に入ると、大きな吊りバナーが現れる。必要な情報はすべてここにまとめました!と言わんばかりの面積で、メイングラフィックのハート、タイトル、ごあいさつ文、そして出展者の展示場所も並んでいる。たしかにすべての作品を見に来る人ばかりではないかもしれないので(家族や友人など)、かゆいところに手が届く情報だなと感じた。
そして同時に、メイングラフィックとタイトルをしっかり入り口付近に大きく置くのは、SNS時代において非常に賢い。入り口の吊りバナーを撮影するだけで「自分は多摩美の統合デザインの卒展に来た」というのが伝えられるので、Instagramのストーリーズなどにも頻出したと想像する。「撮影スポット化」とでもいおうか、最近の展覧会では意図的にそういう場所を用意しているものも多いけれど、これもある種の情報デザインと呼べるだろう。
受付で会場マップをもらうと、A〜Dの4つの会場に分かれていることを知った。が、来場者を絶対に迷わせまい!とする意思がすごい。 受付直後に「A」の立て看板がすぐ目に入る。建物に入ってからも、そのフロアの展示室とともに出口の位置を常に矢印が教えてくれる。
わたしがなぜここまで動線計画に感動したかというと、大学内というロケーションも関係している。キャンパスというのはわかる人にわかればいい場所のため、一般的に建物の位置も名前も複雑でわかりにくい。入学したての1年生は、次の講義の場所へも迷いながら歩くだろう。しかし、4年も通っていたらもはや自宅のようになっているはずなのだ。だから自分の家のような場所を客観的に「どこが迷いやすいのか」を見直して、サインの位置を考えるのはなかなか難しい。それが見事に実現されていたことに驚いた。おそらく、随所にあるサインのブロックがなければ、案内図と照らし合わせても、多くの作品を見逃したと思うのだが、明確な案内によって一つ残らず見ることができた。
最後に少し全体的な作品について述べると、本当に多様な学科なのだと感じた。映像作品が想像よりも多く、絵画もプロダクトもUIの実験のような作品もあった。なにかの技術に特化したデザインというよりも、学部の名前通り統合的なデ ザインスキルや思考法が随所に見られ、例えば文字情報の置き方や写真の撮り方などがトータルでハイレベルだった。同時に、プロダクトの卒展のような「異様な強さを放つ作品」みたいなものは少なく、バランス型の難しさも感じた。
統合デザインは、プロダクトやグラフィックに比べると「なにをしているのか」はわかりにくいと思う。しかしこの卒展を見るだけで「なるほど、デザインってこういうことか」とわからせてくれるものがあった。「わかりやすい」ものを誰もが簡単に享受できる時代ではあるけれど、しっかりとそれは誰かが設計しているのだ。ある意味では「学生らしくない……」と思えるほど達観した卒展ではあるが、このような展覧会を作れる学生がどんな場所に羽ばたいていくのか。卒業生139名にお祝いの気持ちを送りたい。