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東京唯一の“グレイトフル・デッド”専門店「CHI-CHI'S」でその魅力に触れる
曲を聴いたことはなくても、グレイトフル・デッドのワードを一度は耳にしたことはある人は多いだろう。
代表的なアルバムジャケットに使用された骸骨デザインのTシャツや、2000年に一世を風靡したデッドベアなど、グレイトフル・デッドの音楽をよく知らなくても、そのグッズの流行を通じてバンド名を耳にしたことがある人もいるのではないか。
東京で唯一、グレイトフル・デッドのアパレルを専門に取り扱う店舗がある。それが「CHI-CHI'S」だ。
今回は、CHI-CHI'Sのオーナー坂本さんに、グレイトフル・デッドを知らない世代に向けて、店舗の歴史とともにデッドの魅力について語っていただいた。
CHI-CHI'Sがオープンした背景と歴史・当時の原宿

1985年にオープンしたCHI-CHI'Sは、今年で40周年を迎える。国内外から多くのデッドヘッド(グレイトフル・デッドの熱狂的ファン)が訪れる、いわば聖地のような存在だ。
現在は代田橋に店舗を構え、特徴的なバスの看板が目を引く外観が印象的な店舗は、最初は原宿にあった。

「CHI-CHI'Sの最初の店舗は竹下通りにありました。オープンした頃から通りにはタレントショップが増え始め、活気づいていきましたが、それ以前は表参道の裏道という印象で、まだ洋服店もほとんどなかったですね。
当時の原宿は、BEAMSの誕生でにぎわいを見せていたものの、竹下通りはまだ閑散としていた。そんななか、どのような経緯でCHI-CHI'Sは誕生したのだろうか。
「店舗のオープン前、原宿の古着店で働いていたときに現在の妻と出会いました。最初はアメリカでの仕事を考えて渡米しましたが、1983年に帰国後、妻と2人で露天商を始めました。
当時、表参道の脇に大きな広場があり、古着などさまざまな商品をそこで販売していました。2年ほどで資金が貯まり、1985年にCHI-CHI'Sをオープンすることができたんです」

店内には、貴重なポスターや写真が飾られており、心地よいグレイトフル・デッドの曲が耳に入ってくる。一歩足を踏み入れるとグレイトフル・デッドの世界を堪能できる店内だが、意外にもオープン当初は専門店としては営んでなかったそうだ。
「当初は専門店という意識はまったくありませんでした。店内ではグレイトフル・デッドの音楽を流し続けてはいましたが、商品は自分の好みで選んだものを中心に販売していました。
「当初は専門店という意識はまったくありませんでした。店内ではグレイトフル・デッドの音楽を流し続けてはいましたが、商品は自分の好みで選んだものを中心に販売していました。
いつの間にかお客様の間で『デッド専門店』と呼ばれるようになり、自然とその方向に特化していきました。
開店当時は、とにかく自分のお店を持ちたくて、古着やバイカーズアイテムなど、さまざまな商品を取り揃えていました。以前古着店で働いていた経験や、バイクに乗っていた趣味も品揃えに反映されていましたね」


国内外問わず、数多くのデッドヘッドに人気のCHI-CHI'S。 驚くべきことに、噂を聞きつけたジョン・メイヤーが、ある日突然店舗に訪れたという。
CHI-CHI'SオリジナルのTシャツを気に入ったジョン・メイヤーは、後にデッド&カンパニーのライブでメンバーとともにそのTシャツを着てくれたそうだ。
「お店に来ることを事前に言ってくれれば、こちらもいろいろと準備ができたのですが、いきなり現れたのでとても驚きました(笑)」
「お店に来ることを事前に言ってくれれば、こちらもいろいろと準備ができたのですが、いきなり現れたのでとても驚きました(笑)」


改めて知る、グレイトフル・デッドのアパレルと2000年代のデッドベア
今年で結成60周年を迎えるグレイトフル・デッドは、レジェンド・バンドとしてだけでなく、その革新的なマーケティング手法でも注目を集めている。彼らは当時、ライブやアーティスト活動においてタブーとされていた施策を積極的に取り入れ、それが世界的な支持獲得につながった。今でいう「フリーミアム」モデル(サービスを無料で提供しユーザーの間口を広げ、より高度な有料サービスへ移行を促す手法)の先駆けともいえる存在だ。
たとえば、ライブ録音を公認し、ファン同士での手作りテープの交換も認めていた。このようなデッドヘッドの活動は、結果的にファン層の拡大に貢献。1960年代の時点で、現代のSNSマーケティングに通じる手法を確立していたと評価されている。
アパレル展開においても同様の姿勢が見られた。ライブ会場では、デッドヘッドたちが自作のグレイトフル・デッドTシャツを販売する光景が日常的に見られたという。
「違法ではありますが、次のライブに行くための資金を稼ぐ手段として、コーヒーや食べ物、手作りTシャツを販売する行為を、誰も止めることはありませんでした。
これが純粋な商売目的だった場合は、おそらく反発があったでしょう。でも、ライブ会場での販売は基本的に黙認され、物々交換のような形であれば問題なし。その『交換』の手段がたまたまお金だった、ということです」
グレイトフル・デッドのデッドヘッドに対するファンサービスは、今でも伝説的に語られているが、当時のリアルな話を聞くと驚きを隠せない。
グレイトフル・デッドのデッドヘッドに対するファンサービスは、今でも伝説的に語られているが、当時のリアルな話を聞くと驚きを隠せない。
現代では問題視されかねないデッドヘッドたちの行動も、グレイトフル・デッドは寛容な姿勢で受け入れ、むしろ自然な形での広がりとして捉えていたという。
「メンバーたちには、スター意識がまったくなかったんです。彼らにとって、デッドヘッドは友人であり、共にパーティーを楽しむ仲間でした。
デッドとヒッピーの世界観は共通しています。その核心は『みんな平等で楽しく』という考え方。だからこそ、ライブ会場での録音も販売も、皆が楽しめることなら、すべてOKという雰囲気だったんです」
そして2000年頃、日本でダンシング・ベアが若者の間で流行した。

ポップで陽気なこのベアは、グレイトフル・デッドのマスコットキャラクターのような存在であり、「デッドベア」の愛称で人気を博した。
当時はぬいぐるみからTシャツまでさまざまなデッドベアが日本で流行ったが、ベースとなるキャラクターは1970年代からあったという。

「日本で何故あれほどにデッドベアが流行したのかよく分かりませんが、元々はデッドヘッドのあだ名から生まれたキャラクターのひとつでした。それはメンバー自体も認知していた感じでしたね。
1970年代は現在のような形のキャラクターではありませんでしたが、1990年代以降、徐々に今の姿に進化していきました。
主な製造元はリキッドブルーなどのデッドヘッドが運営する企業だったと思います。デッドヘッドたちがバンドから許可を得て、Tシャツやレア人形の製作を始め、1990年代からはキーホルダーやステッカーなど、商品展開が大きく広がっていきました」
一言では語り尽くせない、グレイトフル・デッドの魅力
最後に、これからグレイトフル・デッドを聴き始める次世代のファンに向けて、楽しみ方のコツを伺った。「初心者かどうかに関係なく、まずは定番とされるアルバムから聴き始めることをお勧めします。ただし、オフィシャルにリリースされているスタジオアルバムは、ライブとは異なる印象なので、最初は馴染めないかもしれません。
やはり、実際のライブ音源をお酒と一緒に聴くのが一番デッドの音楽を感じられると思います。余計なことを一切取り除いて、気持ちいい気分のときに聴くといいかもしれないですね。ギターや歌がうまいかといった視点で聴いても、本当の出そうとしている音は聴こえてこないと思います。
心地よい音を体で感じながら聴けば、自然とその魅力にハマっていくはずです。とにかく気持ちのいい音楽を求めているときに、グレイトフル・デッドの音楽は心に響くと思います」
気分を高めるグレイトフル・デッドの音楽が流れ、貴重なアイテムが並ぶCHI-CHI'S。「日本でもっとも入りづらい店」と坂本さんは笑うが、デッド初心者の筆者にも、バンドの歴史を丁寧に教えてくれる彼の姿に、デッドヘッドの真髄を垣間見た気がした。
グレイトフル・デッドに興味がある人はぜひ一度は訪れてほしい。ミニシアターのようなデッドの空間に、きっと興奮してしまうに違いない。
Text by Tajimax


















