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看板商品の販売中止から始まった、ファクトリエのフッ素フリー撥水「NEWEVER」開発秘話
日本製にこだわり高品質なものづくりを展開するアパレルブランドのファクトリエが、フッ素フリーの新しい撥水技術「NEWEVER(ニューエバー)」を開発した。実はこの技術の背景には、かつて人気を集めながらも、環境や人体への影響を考慮して販売を終了した撥水商品の存在がある。
売れ筋商品を手放してから5年。高い撥水性と放湿性を両立しつつ、安全性にも配慮した新技術はどのようにして生まれたのか。同ブランドを手がけるライフスタイルアクセント株式会社で販売促進と広報を担当する小林正樹さんに、その開発の軌跡と裏側を聞いた。
PROFILE
小林 正樹(こばやし まさき)
ファクトリエ/ライフスタイルアクセント株式会社
コンテンツ兼広報担当
1982年大阪府生まれ。大学卒業後、PRパーソン養成スクール「EFAP JAPON」にて広報全般を2年間学んだ後、PR会社2社で広報の経験を積む。PR会社に勤めながら、2012年、メイド・イン・ジャパン専門の工場直結ファッションブランド「ファクトリエ」の創業メンバーとして、2年半ボランティアで務め、その後社員第1号として入社。広報に限らず、コンテンツ作成、出張ファクトリエ(講演活動)、工場ツアー、カスタマーサポート、接客、発送業務、熊本本店店長などあらゆる業務を担当。現在は、コンテンツ兼広報担当として、工場への取材やコンテンツ・メルマガ作成、広報、そして洋服の商品開発にも携わりながら、日本のものづくりの豊かさを発信している。
C6撥水白パンツのヒットと販売中止の決断
かつてファクトリエには、汚れを弾く白いコットンパンツという大ヒット商品が存在した。しかしながら、現在その商品は販売されていない。小林さんは当時をこう振り返る。「5、6年前に販売していた撥水加工の白いパンツは、テレビ番組でも紹介され、非常によく売れました。ユーザーにとって、夏に白いパンツをはきたいけれど汚れが気になるという悩みは深く、そのニーズに刺さったのです」
しかし、当時の撥水加工には「C6」と呼ばれる有機フッ素化合物が使用されていた。これは自然界で分解されにくく、環境負荷や人体への影響が懸念される物質である。
世界的に環境配慮への動きが強まるなか、ファクトリエは大きな決断を下す。
「フッ素自体がすべて悪というわけではありませんが、ヨーロッパなどでは使用を禁止する動きが加速していました。どんなに人気があろうとも、環境や人体にリスクがある可能性を持つものを販売し続けることは、ブランドの姿勢として正しくないと考え、販売中止という苦渋の決断をしました」
売り上げをけん引していた看板商品を手放すことは、ブランドにとって決して小さな判断ではなかった。それでもファクトリエは、環境や人体に配慮したフッ素フリー(C0)の撥水加工技術をゼロから開発する道を選ぶ。こうして、5年にわたる長い挑戦が始まった。

コットン素材とC0撥水が抱える技術的な壁
フッ素を使わないC0撥水加工の開発は、多くの技術的な困難を伴った。ナイロンやポリエステルといった合成繊維であれば、繊維の表面が整っており密度も高いため、C0の撥水剤をコーティングすることは比較的容易である。しかし、ファクトリエがこだわったのは、日常着として快適なコットンのパンツだった。
「コットンに含まれるセルロースは水を引き寄せる性質を持っています。さらに、合成繊維と違って繊維の表面にけば立ちがあり、凹凸が多いため均一に撥水加工を施すことが難しいのです」
素材に対するこだわりが強いからこそ、開発の難度も上がる。そんななかで、同社は外部の技術力に突破口を求めた。
児島のジーンズ工場「晃立」との協業
開発が難航するなか、ファクトリエは岡山県倉敷市児島にある加工工場「晃立(こうりつ)」と協業することになる。晃立は、日本で初めてジーンズの洗い加工を手がけたことで知られる、加工技術のプロフェッショナル集団である。しかし、C0撥水加工の難題は晃立の職人たちをも悩ませた。C0の撥水剤は、濃度を上げれば水を弾くようになる。ところが、撥水剤を生地に定着させるためには熱を加える必要があり、濃度が高い状態で高温の熱を加えると、白い生地が黄色く変色する「黄変」という現象が起きてしまった。
「濃度を下げれば黄変は防げますが、今度は水を弾かなくなります。黄変を防ぎつつ、十分な撥水力を持たせるための絶妙なバランスを見つける作業は、まさに終わりの見えない闘いでした」
さらに晃立にとっても、白いパンツに撥水加工を施す工程はリスクの連続であった。普段はインディゴ染料を使用するジーンズを扱っているため、工場の機械には染料が付着している。

「白いパンツを少しでも汚せば商品になりません。職人たちは加工釜や乾燥機をその都度徹底的に清掃し、移動の際も透明なビニール袋に入れて汚れを防ぐなど、非常に手間のかかる作業を強いられました。最初は断ることも考えたそうですが、晃立の社長が職人魂に火をつけて、この難題に挑んでくれたのです」
黄変と汚れ。2つの大きな壁に直面するなかで、開発チームは思わぬ領域に突破口を見いだすことになる。
学生服の「真空加工」がもたらした突破口
倉敷市はジーンズの生産地であると同時に、学生服の生産地としても知られている。晃立はジーンズだけでなく学生服の加工も手がけており、今回の開発に行き詰まったジーンズ加工のチームが、学生服のチームに相談を持ちかけたことが転機となった。そこで提案されたのが、学生服の加工で用いられる「真空加工」という手法である。
「コットンの繊維には空気がたくさん含まれています。加工釜の中を真空状態にして繊維の中の空気を完全に抜くことで、低い濃度の撥水剤でも生地の芯の芯までしっかりと浸透させることができるようになったのです」
さらにファクトリエは、低い温度でも撥水剤を生地にしっかりと定着させる独自の溶剤と架橋剤を開発した。架橋剤とは、生地と撥水剤を結びつける橋渡しのような役割を果たす成分である。
真空加工による深い浸透と、独自開発の架橋剤による低温固着。この2つの技術が組み合わさることで、黄変を防ぎながら、C6と同等の高い撥水性と20回から30回の洗濯に耐えうる持続性を実現した。
こうして、ファクトリエのフッ素フリーの撥水技術「NEWEVER(ニューエバー)」が完成したのだった。

また、NEWEVERは生地の段階ではなく、パンツの形に縫製された製品の状態で加工を行っている。縫製を担当しているのは、170年の歴史を誇る学生服メーカー「菅公学生服」だ。
「生地の段階で加工すると、本来の風合いが損なわれたり、縮んだりするリスクがあります。製品になってから加工することで、コットン本来のやわらかい風合いを保つことができます。さらに重要なのは、縫製した後のミシンの針穴までしっかりと撥水剤でコーティングされるため、縫い目からの水の浸入を防げる点にあります」


顧客の声から生まれた最適な生地とシルエット
技術的な課題をクリアしたNEWEVERだが、ファクトリエの服づくりはそれだけでは終わらない。完成した技術をどのような製品に落とし込むかにおいて、同社は徹底して顧客の声に耳を傾けた。「職人が作りたいものを作るだけでは、お客様に長く愛される商品は生まれません。私たちはオンラインインタビューなどを通じて、お客様のリアルな声を集めました」
以前の白パンツに対する顧客のフィードバックには、生地が厚くて夏にはくと暑い、シルエットが細身すぎるといった意見があった。コットンの織物は繊維の間に隙間があるため本来は放湿性に優れているが、生地自体が厚ければ熱がこもってしまう。

「夏にさわやかにはける薄さと、下着が透けない厚さ。この相反する要素の最適なバランスを見つけるため、何通りもの生地を作成し、スタッフやお客様に実際に試着してもらいました。シルエットに関しても、太ももやふくらはぎに少しゆとりを持たせつつ、上品にはきこなせるような設計に変更しています」

正しさよりも楽しさを提供する日常着の未来
技術の完成だけでなく、その先にある着用体験まで設計すること。それがファクトリエのものづくりの核にある考え方だ。最後に、NEWEVERがもたらす価値について小林さんは次のように語った。
「環境問題に対して正しい行動をしようと押し付けるのではなく、水を弾いて汚れず、夏も涼しくて快適だから着たいと思ってもらえる服を作りたいのです。日常のちょっとしたストレスから解放されて、気兼ねなく遊んだり食事を楽しんだりできる。そして気づけばその服が、環境にも優しい素材で作られていた。そんな楽しさの裏に正しさがある社会が理想だと考えています」
大ヒット商品の販売中止から5年。ファクトリエは、環境への配慮と機能性を両立させるため、日本の職人技術と顧客の声を掛け合わせることで、新たな日常着を開発した。同社の取り組みは、これからのアパレル産業における環境配慮と製品開発の一つの形を示している。













