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元Jリーガーが手掛ける オーダースーツレーベル「illbe(アイルビー)」 が目指す場所とは?
2021年に立ち上がったパーソナルオーダースーツレーベル「illbe(アイルビー)」。立ち上げたのは、モンテディオ山形や徳島ヴォルティスで活躍した元プロサッカー選手の廣瀨智靖さん。
廣瀨さんはプロサッカー選手のセカンドキャリアとして、どうしてファッション業界を選んだのか、オーダースーツレーベルを手掛けた理由、そしてこれから目指すところなど、廣瀨さんご本人にお話を伺った。
廣瀨さんはプロサッカー選手のセカンドキャリアとして、どうしてファッション業界を選んだのか、オーダースーツレーベルを手掛けた理由、そしてこれから目指すところなど、廣瀨さんご本人にお話を伺った。
高卒でプロになるも拭えなかった違和感
埼玉生まれの廣瀨さんは、小学校時代からサッカーのエリートコースを進み、今年の正月に開催された全国高校サッカー選手権でも優勝した群馬の強豪、前橋育英高校に進学。入学前には、サッカー部の監督である山田耕介さんが直々に挨拶に来るほどだった。「前橋育英に進学後も1年生から試合に出て、順風満帆なサッカー人生を送っていましたが、3年生のときに負ったハムストリングの怪我により、少しずつ歯車が狂っていきました」
2008年1月にはU-18の日本代表にも選ばれカタール国際ユースにも出場したが、違和感は拭えず、高卒でモンテディオ山形に入団した後も、自分の実力に疑問を持ったままだったそう。

「それぐらいから自分のプロサッカー選手としてのキャリアが短いものだと悟り、チームに頼んで名刺を作ってもらい、他業種の人たちと会ったりするときに渡すなどして自ら人脈を広げていくようにしていました」
名刺を交換することで自分という人間を知ってもらい、より有益な情報を得て自分の成長に繋げようとする行動は、プロとしてのキャリアが順風なものではないという危機感の表れだったのだ。
2017年7月に行われたロンドン五輪でもU-23日本代表のメンバーに彼の名前はなかった。
「アジア予選にも選ばれてはいなかったものの、チャンスはあると思っていました。でもそこに絡んでいけなかったことで、もうトップは目指せないと思いました」
名刺を交換することで自分という人間を知ってもらい、より有益な情報を得て自分の成長に繋げようとする行動は、プロとしてのキャリアが順風なものではないという危機感の表れだったのだ。
2017年7月に行われたロンドン五輪でもU-23日本代表のメンバーに彼の名前はなかった。
「アジア予選にも選ばれてはいなかったものの、チャンスはあると思っていました。でもそこに絡んでいけなかったことで、もうトップは目指せないと思いました」

プロ7年目の2014年にはJ1に昇格した徳島ヴォルティスに移籍。しかし、このシーズンはリーグ戦には3試合しか出場できず、1年でJ2に降格してしまった。自分のキャリアはJ1とJ2を行き来する選手で終わると悟った廣瀨さんは、自身のセカンドキャリアをどうするか考えていた。
「ずっと服が好きだったので、引退したらアパレルの世界に飛び込みたいと思っていました。それであればゼロから学びたいという想いはありました」
徳島ヴォルティス時代に知人の伝手で、徳島にあるトランクスや水着などを扱うアパレルブランド「NALUTO TRUNKS(ナルトトランクス)」の山口輝陽志社長に相談する機会を得たが、最初は突っぱねられたそう。
「その後、何度も(山口)輝陽志さんに自分の熱意を伝えましたが、そのたびに追い返されました(笑)。ただ、次第に心を開いてくれて、引退を決意したときも真っ先に相談しに行くと、“本気でモノづくりの基礎を学ぶなら『トゥモローランド』に行った方がいい”とその場で先方の担当者に連絡を入れ、シーズン終了後に面接をすることが決まったんです」
2016年1月31日でプロサッカー選手を引退し、同年2月に「トゥモローランド 有楽町ルミネ店」で、ショップスタッフとしてアパレルの世界への第一歩を踏み出したのだ。
「ずっと服が好きだったので、引退したらアパレルの世界に飛び込みたいと思っていました。それであればゼロから学びたいという想いはありました」
徳島ヴォルティス時代に知人の伝手で、徳島にあるトランクスや水着などを扱うアパレルブランド「NALUTO TRUNKS(ナルトトランクス)」の山口輝陽志社長に相談する機会を得たが、最初は突っぱねられたそう。
「その後、何度も(山口)輝陽志さんに自分の熱意を伝えましたが、そのたびに追い返されました(笑)。ただ、次第に心を開いてくれて、引退を決意したときも真っ先に相談しに行くと、“本気でモノづくりの基礎を学ぶなら『トゥモローランド』に行った方がいい”とその場で先方の担当者に連絡を入れ、シーズン終了後に面接をすることが決まったんです」
2016年1月31日でプロサッカー選手を引退し、同年2月に「トゥモローランド 有楽町ルミネ店」で、ショップスタッフとしてアパレルの世界への第一歩を踏み出したのだ。
自由度の高い提案型のオーダースーツレーベル「illbe」
中途採用で「トゥモローランド」に入社した廣瀨さん。もちろん、慣れない世界で戸惑いもあった。最初は失敗も多かったが、持ち前の努力でスキルを磨き、入社後わずか2年で、販売成績で月間1位を何度か獲得するまでに成長した。
「『トゥモローランド』ではドレスの知識などを吸収し、販売のスキルも磨きました。ただアパレル業界に入った後も、自分を育ててくれたサッカー界やスポーツ界に何か貢献したいと漠然と思っていました」
そこで5年半務めた「トゥモローランド」を退社し、同社の先輩が立ち上げたマーマレーション株式会社に入社した。マーマレーション株式会社はJリーグを含めたスポーツチームのアパレルグッズの企画・デザインを手掛けている会社だ。
「自分のやりたいこととも合致していたし、入社して早々に大宮アルディージャVENTUS(女子チーム)のチームスーツを手掛けることがきっかけとなり、2021年9月にオーダースーツレーベルである『I’ll be(アイルビー)』立ち上げました。現在は名義を『illbe』に変更しています」
そこで5年半務めた「トゥモローランド」を退社し、同社の先輩が立ち上げたマーマレーション株式会社に入社した。マーマレーション株式会社はJリーグを含めたスポーツチームのアパレルグッズの企画・デザインを手掛けている会社だ。
「自分のやりたいこととも合致していたし、入社して早々に大宮アルディージャVENTUS(女子チーム)のチームスーツを手掛けることがきっかけとなり、2021年9月にオーダースーツレーベルである『I’ll be(アイルビー)』立ち上げました。現在は名義を『illbe』に変更しています」


「『illbe』では、基本である身体のラインにあったオーダースーツもできますが、現在のトレンドに合わせたワイドパンツで仕上げるスタイルのオーダーも提案しています。『illbe』はルールにとらわれない提案型のオーダースーツレーベルとなっているので、セオリーに縛られず自由度が高いのも魅力のひとつです。
あとはオーダー特有の即興感も魅力だと思います。お客様と話しながらアイテム、スタイル、生地を決め、一緒にモノづくりする感覚はオーダーでしか味わえないことだと思いますね」
そう語る廣瀨さんは、古巣であるモンテディオ山形のオフィシャルフォーマルウェアも手掛けているが、そこでは一風変わった試みを提案している。
あとはオーダー特有の即興感も魅力だと思います。お客様と話しながらアイテム、スタイル、生地を決め、一緒にモノづくりする感覚はオーダーでしか味わえないことだと思いますね」
そう語る廣瀨さんは、古巣であるモンテディオ山形のオフィシャルフォーマルウェアも手掛けているが、そこでは一風変わった試みを提案している。

「自分が選手のときもチームスーツはありましたが、チームの行事でしか着ることがありませんでした。だからこそ、他のシーンや選手のセカンドキャリアでも使ってほしいと思い、山形の伝統産業である“米沢織”を使った普遍的なネイビーブレザーに、同じく山形にある“米富繊維”の協力の下、ニットベストを作っています。2024SSのパンツでは“米沢織”のシアサッカー生地を使用した“illbe”のイージーパンツを採用しています。

自身で組み合わせることで、いろいろなシーンで活用できるのが大きな特徴ですね。いわゆるチームスーツという型に縛られないカタチを提案しました」
山形の伝統産業を用い、地域に恩返ししつつ、サッカー界にも貢献するという廣瀨さんの理想のカタチがここにあるのだ。
山形の伝統産業を用い、地域に恩返ししつつ、サッカー界にも貢献するという廣瀨さんの理想のカタチがここにあるのだ。
サッカー界へ恩返ししていく気持ちは変わらない
現在はプロラグビーチームである浦安D-Rocksのチームスーツなども手掛けている。また選手時代のコネクションも生かし、現役や元プロサッカー選手、プロ野球選手、俳優などの個人スーツも手掛けるなど、これまで積み上げてきたことを十分に発揮している。
また「illbe」ではスポーツの公式球としても有名な「molten(モルテン)」が企画する「MY FOOTBALL KIT」にも協賛し、社会貢献活動を続けている。「MY FOOTBALL KIT」とは、企業や団体が特別支援学校や養護施設などに通う子どもに組み立て式のボールを贈ることで、スポーツの魅力を体感したり、豊かな思考力を育んでいくプログラムのこと。廣瀨さん曰く、
「洋服を作るだけでなく、事業を通してサッカー界への恩返しや子どもたちが平等に夢を追いかけられる社会づくりに貢献したくて賛同しました。プロダクトの素晴らしさと子供たちへの支援や想いに共感し心を動かされました。今後も『MY FOOTBALL KIT』の普及活動は続けていこうと思います」
「洋服を作るだけでなく、事業を通してサッカー界への恩返しや子どもたちが平等に夢を追いかけられる社会づくりに貢献したくて賛同しました。プロダクトの素晴らしさと子供たちへの支援や想いに共感し心を動かされました。今後も『MY FOOTBALL KIT』の普及活動は続けていこうと思います」

プロサッカー選手から華麗な転身を果たした廣瀨さんだが、プロ選手のセカンドキャリアをどう感じているのだろうか。
「まずセカンドキャリアという言葉が少し重いと感じます。プロ生活が終わっても目標を立てて達成するサイクルは、生きている限り延々と続いていくのですから。誰だって転職をするし、たとえば異業種に転職したらそれだってセカンドキャリアになるわけで。本当に誰にでも起こりうることなんですよ。
「まずセカンドキャリアという言葉が少し重いと感じます。プロ生活が終わっても目標を立てて達成するサイクルは、生きている限り延々と続いていくのですから。誰だって転職をするし、たとえば異業種に転職したらそれだってセカンドキャリアになるわけで。本当に誰にでも起こりうることなんですよ。
ただ、その世界でプロを目指した人は明確な目標を決めてそこに対して努力できる人が多いと思うので、そこは怖がらずに次の世界へ飛び込んでほしいなと思います」
プロサッカー選手、アパレル販売員、オーダースーツレーベルのディレクターと順調にステップアップしてきた廣瀨さん。最近では目黒の五本木にあるショップ「TF」との協業でブラックスーツも展開している。今後もコラボなどを展開する予定はあるのだろうか。
「まだ詳細は発表できないのですが、いろいろ温めている企画はありますね。コラボなども積極的にやっていきたいので、期待していてください」
最後に廣瀨さんが目指すところを聞いてみると力強くこう答えてくれた。
プロサッカー選手、アパレル販売員、オーダースーツレーベルのディレクターと順調にステップアップしてきた廣瀨さん。最近では目黒の五本木にあるショップ「TF」との協業でブラックスーツも展開している。今後もコラボなどを展開する予定はあるのだろうか。
「まだ詳細は発表できないのですが、いろいろ温めている企画はありますね。コラボなども積極的にやっていきたいので、期待していてください」
最後に廣瀨さんが目指すところを聞いてみると力強くこう答えてくれた。

「『illbe』が世界中に認知されるブランドになることは大きな目標です。またリアルなところでいうと、オーダーアパレルとしての立ち位置を『illbe』で確立していきたいです。またオーダーアパレルだけじゃなく、自分の通ってきたスポーツカルチャーが反映された既製品を展開していくことも考えています。ゆくゆくはその2つがミックスされたスタイルを確立していきたいですね」
大きな目標を持ってそれを達成してきた廣瀨さん。知らない世界へ飛び込んで努力してきた成果は、廣瀨さんだから実ったものなのだ。そんな廣瀨さんが自身のオーダーレーベル「illbe」をどう色付けていくか、見守っていきたい。
大きな目標を持ってそれを達成してきた廣瀨さん。知らない世界へ飛び込んで努力してきた成果は、廣瀨さんだから実ったものなのだ。そんな廣瀨さんが自身のオーダーレーベル「illbe」をどう色付けていくか、見守っていきたい。
PROFILE

廣瀨智靖(ひろせともやす)
「illbe」ディレクター
埼玉県出身の元プロサッカー選手。2008年に高卒でモンテディオ山形に入団し、その後、徳島ヴォルティスに移籍。2016年に26歳の若さで現役を引退。引退後はアパレルの世界に飛び込み、2021年に自身が手掛けるオーダースーツレーベル「illbe」を立ち上げ、現在に至る。
Text by Yasuyuki Ushijima(NO-TECH)















