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スーツ不要論の時代に、あえて「洗える高級ウールスーツ」 FABRIC TOKYOの逆張りヒットはなぜ生まれた?
ビジネスウエアの在り方が根本から問われた2020年。リモートワークの普及によりスーツ不要論が叫ばれるなか、あえて「洗える高級ウールスーツ」の開発に挑んだ企業がある。それがオーダースーツブランドのFABRIC TOKYOだ。
なぜこのタイミングで、しかもオーダーだったのか。同社で商品開発を担当する佐々木辰憲さんに取材を行い、逆境下で生まれたヒット商品「WASHABLE WOOL STRETCH」の開発背景と、それを支える日本の繊維技術に迫った。
PROFILE
佐々木 辰憲(ささき たつのり)
香川県高松市出身。
ESMOD TOKYO 総合科メンズ専攻卒業後、大手セレクトショップやデザイナーズブランドで企画デザイナー・生産管理などの経験を積む。2015年にFABRIC TOKYOに参画し、初期メンバーとして商品の企画構築、オーダーシステムの仕組み化、生地の開発、新商品の開発に携わる。2022年からは商品企画ディレクターとして、産地との連携を強化し、こだわりのあるものづくりを推進している。
逆境から生まれた「第3の選択肢」
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、ビジネスウエア市場は決定的な打撃を受けることになった。外出自粛とリモートワークという新たな働き方が登場し、スーツを着る機会は大幅に激減していく。「スーツはもう売れない」という悲観的な観測が業界全体を覆っていた。だが、FABRIC TOKYOは違った。佐々木さんは当時を振り返り、市場には「安価な機能性スーツ」か「手入れの難しい高級スーツ」の両極しか存在していなかったと分析する。リモート会議で画面越しに相手と対峙する際、Tシャツではラフすぎるが、堅苦しいスーツは着たくない。求められていたのは、自宅でケアできる手軽さと、ビジネスの場にふさわしい品格を兼ね備えた「第3の選択肢」だったのだ。
佐々木さんによれば、この「WATSHABLE WOOL STRETCH」の構想自体はコロナ禍以前からあったという。だが、未曾有の事態が開発を加速させた。わずか1年の素材開発期間を経て2021年にリリースされたこの商品は、単なる機能性ウエアではなく、新しい働き方に適応した大ヒット商品へと遂げることになる。
水の都・大垣市が育む繊維の奇跡

「WASHABLE WOOL STRETCH」の品質を支えているのは、なによりも素材が作られる環境にあった。そのパートナーに選ばれたのが、岐阜県大垣市に拠点を置く三甲テキスタイルだ。
大垣市は古くから「水の都」と呼ばれ、豊富な地下水に恵まれた地域として知られている。ウールの仕上げ工程には、洗浄や縮絨(しゅくじゅう)など大量の水が必要となるため、水質が生地の仕上がりを大きく左右する。
三甲テキスタイルが扱うのは、地下から汲み上げたミネラルを含む軟水とのこと。佐々木さんは、軟水によって繊維へのダメージが抑えられ、ソフトな風合いや発色の良さが生まれると教えてくれた。
また、地下水の利用は、限られた水資源を循環させるという点で環境負荷の低減にもつながる。大垣市でも地下水を汲み上げられる企業は限られており、長年の歴史を持つ三甲テキスタイルだからこそ可能な製法でもあった。

安価な機能性スーツとの決定的な差
最近では、「洗えるウール」自体は珍しくない。だが市場を見渡してみると、その多くはポリエステルの混率を高め、コストダウンを優先した量販店向けの仕様であることに気づくだろう。FABRIC TOKYOが目指したのは、それらとは一線を画す「オーダースーツとして成立する高級感」だった。「WASHABLE WOOL STRETCH」の素材配合率は、ウール44%、ポリエステル54%、ポリウレタン2%となっている。そこで注目したいのが、使用されているウールのグレードだ。一般的に機能性スーツには低コストな原料が使われがちだが、この製品では「エクストラファインメリノ」という高級原料を採用している。
そのため、安価なウール混素材に見られる特有のチクチク感や、鈍い光沢感はまったくない。むしろ、滑らかな手触りと美しい光沢、そして肌への刺激の少なさに感動するはずだ。

また、ポリエステル部分にはリサイクル素材を採用している。こちらは機能面というよりも、企業理念としてサステナビリティを追求した結果である。
ウールの高級感とポリエステルの機能性、そして環境への配慮。単に洗えるだけではない、所有する満足感に寄与する素材開発にこだわったと佐々木さんは語る。
330gの軽量性と縫製のジレンマ

「WASHABLE WOOL STRETCH」を手に取ったとき、多くの人が驚くのがその軽さであろう。ジャケット1着で約330gという軽量性を実現している。しかし、佐々木さんによれば、軽さ自体を最優先の目標にしていたわけではないという。
スーツの構造上、軽量化を図るには内部の「芯地」を抜く必要がある。だがそうすると、スーツ本来の立体的なフォルムや保形性が失われるリスクが生じてしまう。ここで重要となるのがパターンメイキングだ。芯地を極限まで減らしながら、接着芯の活用や生地自体の特性を計算に入れたパターン設計を行うことで、美しいシルエットと軽さを両立させた。330gという数値は、機能美を追求した結果として導き出されたものなのだ。

さらに開発チームを悩ませたのが、縫製における「洗える機能」と「品格」のバランスだという。洗濯機で洗うことを考えれば、裾などの処理はステッチで叩いてしまったほうが強度は高い。だが、それではスーツとしての品格が損なわれてしまうというジレンマがあった。
FABRIC TOKYOが選択したのは、あくまでもスーツらしい「まつり縫い」だった。高級感がある反面、洗濯時の負荷で解けやすいという弱点はあるが、解けにくくするために二重に縫製する箇所を増やしたり、力がかかる部分を補強したりと、目に見えない部分でのマイナーアップデートを毎年繰り返しているという。
ここには顧客からのフィードバックをダイレクトに受け取り、製造現場と連携して改善を続けるブランドの強みが生かされている。
異業種タッグで挑む「洗う」の証明
とはいえ、「本当に洗っても大丈夫なのか」と疑問を抱く消費者もいるだろう。この不安を払拭するために、先日FABRIC TOKYOは異業種との協業に踏み切った。洗剤やオーラルケア製品で知られるライオン株式会社との連携である。きっかけは、ライオンが展開するプロジェクトへの参加だった。アパレルメーカーが洗剤メーカーとタッグを組んで素材開発を行うケースは珍しい。佐々木さんは、洗剤や洗濯機を知り尽くしたプロフェッショナルと共に検証することで、「洗える」という機能に客観的な証明を与えたかったと語る。
その検証はライオンの研究所で行われた。一般家庭の洗濯環境を再現した多数の洗濯機を使用し、実際に商品を何度も洗濯する過酷なテストを実施。佐々木さんたちが自信を持って持ち込んだサンプルのなかには、脱落するものもあったという。そのなかで、30回以上洗っても型崩れや風合いの変化が見られなかったものが、現在また新たな製品として世に出ている。
この協業により、スーツというデリケートな衣服を、家庭でメンテナンスしながら長く愛用するという新しいライフスタイルを提案することが可能となった。佐々木さんは、ライオンという「洗うことの専門家」による検証を経たことが、消費者への最大の安心材料になると確信している。
変わりゆく時代の「働く」を支える一着へ

コロナ禍という逆境から生まれた「WASHABLE WOOL STRETCH」は、今やFABRIC TOKYOを代表するプロダクトへと成長した。だが、佐々木さんはすでに次を見据えている。
現在のモデルは、柔らかさとドレープ感が特徴だが、よりクラシックなスーツらしさを求める層に向けた、硬さのある素材開発も進行中だという。また、年々過酷になる日本の猛暑に対応するための、さらなる通気性や快適性を備えた素材の研究も課題として挙げている。
大垣市の水が育んだ原糸から、緻密なパターン設計、そして異業種との実証実験を経て届く一着。それは単なる衣服ではなく、変化する時代のなかで働く人々のライフスタイルをアップデートする新たな価値を提供してくれる。これからは「WASHABLE WOOL STRETCH」が、ビジネスウエアの新たなスタンダードとなっていくはずだ。















