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なぜ日本の「屋根」がバッグに? 建築家が手掛けるスペイン発バッグブランド「MIUUR(ミウール)」の哲学
ラグジュアリーが声高に語られる現代において、スペイン発のレザーグッズブランド「MIUUR(ミウール)」は、あえて「沈黙」を選ぶブランドとして誕生した。バッグを中心に展開されるそのプロダクトは、建築的な構造美と日常に寄り添う親密な感覚を鮮やかに結びつけている。過剰な主張は控えつつも、その佇まいには明確な意図と一貫した美意識が宿る。
ブランドを率いるのは、建築家としてのキャリアを持つイグナシオ・クリストフォリ(Ignacio Cristofori)と、長年ファッション業界でプロダクトの本質と向き合ってきたタマラ・マエストロ(Tamara Maestro)。異なる分野を背景に持つ2人は、それぞれの経験を起点に、建築の「構築性」とレザーの「可塑性」が交差する新たなデザインの地平を探求している。
PROFILE
イグナシオ・クリストフォリ(Ignacio Cristofori)
MIUURの共同設立者。建築家。空間構成や素材のバランスに対する深い知見をバッグのデザインに反映させる。
タマラ・マエストロ(Tamara Maestro):
PROFILE
タマラ・マエストロ(Tamara Maestro)
MIUURの共同設立者。ラグジュアリー市場での長年の経験から、品質と機能、そして感情に訴えかけるプロダクトを追求する。
アジアでの生活経験から生まれた、ブランドの原点
MIUURは、単なるファッションの枠組みだけで理解できる存在ではない。その根底には、建築的思考と、文化の境界を横断してきた豊かな生活経験がある。2人を結びつけたのは、「経験を対話させること」そのものを、創造の出発点とする姿勢だった。共にアジアで暮らしていた時期に出会った2人。そこでの時間は、写真やデザイン、アートといった共通の関心はもちろん、日々使う道具の手触り、光の揺らぎ、そして沈黙の質感といった言葉では表しきれない感覚を、異文化の中で再発見するプロセスでもあった。
「私たちにとってラグジュアリーは日常の中にあります。本当に丁寧につくられていること、そこに確かな意図があること。その本質的な価値こそが重要なのだと気づきました」(タマラ)

MIUURは、その内省的な感覚を、スペインが誇る最高峰のレザー・クラフツマンシップと結びつけることで誕生したのである。
ブランド名そのものが、彼らの思想を端的に象徴している。「Mi」は、感性や空気感、文化的な知覚、インスピレーションといった、測ることのできない情緒的要素を指す。一方で「Mur/MUUR」は、西洋言語における「壁」や「構造」を意味し、建築的な基盤、職人技、構築性、そしてプロダクトとしての物理的な現実を表している。
「“Mi”は、感性や感情の次元。そこに“MUUR”の物理性が合わさったMIUURは、無形と有形、感情と構造、そして東洋と西洋の間に生まれる対話そのものなのです」(タマラ)
ここで重要なのは、どちらか一方を選び取ることではなく、その「中間に居続ける」という明確な意志だ。感情だけでは形にならず、構造だけでは生き物にならない。MIUURが目指すのは、抑制された表現の中に確かな情緒が静かに息づくバランスなのである。
建築からバッグへ。構造が感情を支えるデザイン
建築家イグナシオの思考は、MIUURのバッグに揺るぎない「骨格」を与えている。彼が敬愛するのは、妹島和世や隈研吾といった日本の建築家に見られる、素材への敬意を込めた軽やかさと均衡。そして、ブラジルの巨匠オスカー・ニーマイヤーが描く彫刻的で流動的な曲線だ。これらが重なり合うことで、MIUURの造形は「構造を持った柔らかさ」という独自の表情を獲得する。建築において構造を支えるのが石やコンクリートであるならば、MIUURにおいてその役割を担うのは「レザー」という有機的な素材である。しかし、レザーは固定された素材ではない。手に取れば体温を感じ、使い込むほどに柔らかさを増していく。MIUURにおける構造とは、完成された形を誇示するものではなく、使われる時間の中で持ち主と共に育っていくものなのだ。
その考え方を象徴するのが、代表作のひとつ「GINZA(ギンザ)」バッグである。

日本の伝統的な「切妻屋根(Kirizuma)」から着想を得たこのモデルは、屋根が持つ角度の緊張感や稜線のシャープさ、そして刻一刻と変化する陰影の切り替わりを、レザーという柔らかな素材で見事に再構築している。東京・銀座の建築群に見られるような、洗練された都市の輪郭が、バッグというパーソナルな道具へと見事に翻訳されている。

時間とともに完成するプロダクト「Lomu」
創作のプロセスにおいても、MIUURは完成形を先に固定しない。スペインの熟練した職人との往復運動の中で、形は少しずつ研ぎ澄まされていく。「多くの決断は図面ではなく、対話を通じて生まれます。レザーの反応や、形をどのように洗練させられるかを、手の感覚を通して理解していくのです」(イグナシオ)
ブランドのアイコンとして語られる「Lomu(ロム)」バッグは、イグナシオの第1子誕生を記念して製作されたという個人的な背景を持ちながら、デザインとクラフツマンシップの密度が極めて高いモデルだ。名前は「Mu Long(木龍)」という言葉遊びから「Lomu」と名付けられた。

意図して有機的なそのフォルムは、職人とともに何度もレザーを折り、触れ、試行錯誤を繰り返すことで、この最適な曲線に辿り着いたという。内外ともにフルレザーで仕上げられ、ライニングには贅沢なリアルスエードが施されている。サイドの曲線とフロント・バックのフラットさの対比、そしてストラップのエッジがそのまま側面へとつながる「一枚レザー」の構造は、目に見えない職人技の結晶である。
素材選びにおいて重視されるのは、テクスチャーや重さ以上に「エイジング(経年変化)」である。使い込むほどに柔らかくなり、色や艶が変化し、持ち主の生活が刻まれていくレザー。特にスペイン産のスムースカーフレザー、中でもカタルーニャ地方のカーフの品質には深い信頼を置いている。
過度なコーティングを避け、レザー本来の表情を残すこと。それは、傷や擦れすらも物語として受け入れる設計につながっている。
「MIUURのバッグは、完璧な状態で保たれるためのものではありません。使い手の日常とともに生き、変化し、物語を重ねていく存在なのです」(イグナシオ)

プロダクトを超えて、物語へ
MIUURが目指しているのは、バッグを“使うこと”そのものが価値になる存在だ。「バッグは人生を運ぶ器だと思っている」と、2人は口を揃える。日々の移動や仕事、旅、そして何気ない選択の積み重ねが、バッグの表情として刻まれていく。使い込まれるほどに持ち主の生活に馴染み、唯一無二の存在へと育っていく。5年後、10年後にMIUURが記憶されるとすれば、その基準は一時の話題性ではなく、「長く使い続けられた」という実感だろう。流行に左右されず、拡張を急がず、価値を保ったまま時間を重ねていく姿勢。また、バルセロナのスタジオから発信される、余計なものを削ぎ落とした「M-CHI(エムチ)」コレクションなどに見られるミニマリズム。その積み重ねが、「穏やかで、責任感があり、感情的にも持続するデザイン」という彼らのフィロソフィーを裏付けている。

声高な主張を避けながら、日常の中で静かに使われ続けること──。それがMIUURというブランドの在り方であり、ラグジュアリーという問いに対する、彼らなりの真摯な答えなのである。
Text by ELIE INOUE














