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2023.11.27

シャネルが贔屓にしたツイード「マリアケント」:アーティスティック・ディレクター、イヴ・コリガンさんとアトリエを巡る

あふれんばかりの創造性と技術が詰め込まれたマリアケント(Malhia Kent)のツイードに会いに行った。
オフィス兼アトリエがあるのは、パリ市とヌイィ・シュル・セーヌ市の境にある建物ヴィラ・ラブルースト。晩秋の小雨の降るなか、黄金色に色づいたマロニエの街路樹を抜けて、その新古典主義建築の屋敷に到着すると、マリアケント社の社長でアーティスティック・ディレクターでもあるイヴ・コリガンさんが笑顔で出迎えてくれた。
マリアケント(Malhia Kent)の外観
マリアケント(Malhia Kent)の外観
マリアケントは、1987年にミシェル・ケントという女性が創業したフランスの生地メーカー。鮮やかなツイードは、シャネルをはじめ多くの高級メゾンで使われている。そのアトリエを、現在はイヴさんが引き継いでいる。マリアケントの歴史とイヴさん自身について、話を聞いた。

シャネルを惹きつけたマリアケントの始まり

マリアケントというメゾンの始まりは、法律を学んでいた手芸を愛する学生、ミシェル・ソラノという女性によって始まった。「マリア(Malhia)」とはミシェルのあだ名で、「ケント(Kent)」はソラノの結婚後の姓。その2つを合わせてマリアケントと名付けられている。
ミシェルの経歴を語る上で、切り離せないのがココ・シャネルとの関係。ミシェルが自ら制作したいくつかの作品を、晩年のシャネルに見せに行ったことが、今のマリアケントにつながっている。
シャネルのオフィスに作品を持ち込むといっても、ミシェルは無名。シャネルは言わずもがな有名なデザイナーだ。訪れたところで当然シャネルに直接取り次いでもらうことは叶わず、作品を置いていけば後から返事をすると取り次ぎの人に言われた。「どうしてもココ・シャネルに会いたいと叫んだそうですよ」とイヴさん。それがシャネルの耳に入った。
イヴ・コリガンさん
イヴ・コリガンさん
しばらくすると、騒ぎを聞きつけたシャネルが入り口に降りてきた。シャネルはミシェルを追い払おうとはせず、自室に招き入れ作品を手に取った。「とても気に入ったそうです」とイヴさんは続ける。シャネルはミシェルへ仕事を任せてみることにした。
納品までの時間がタイトな手作業の仕事だったにもかかわらず、ミシェルは見事に要求に応えた。そこからミシェルはシャネルと仕事をすることになり、その後、自分のテキスタイルブランド「マリアケント」を立ち上げた。
社内に並ぶ生地
社内に並ぶ生地

ミシェルから引き継いだイヴ・コリガンの手腕

マリアケントを営み始め10年ほどしてから、ミシェルは病気を患った。マリアケントを営んでいける代わりの人物を探した際に、同メゾンを買ったのがイヴさんだ。イヴさんは元モデルで、その後、高級プレタポルテを扱う店舗を複数開いていた。
「マリアケントを引き受ける前、ミシェルから『織物のことは知っていますか?』と聞かれました。私は『全然知りません』と答えたんです。そうしたら『それなら、あなたに任せるわ』とミシェルは言ったんです」
ミシェルは、織り手としてだけでなく、発想を生み出せる人を探していた。織り方は後からでも学べるが、何か異なった発想ができる人は限られる。「まずは半年間ベストを尽くしなさい」ミシェルはイヴさんにそう伝えた。
イヴさんがマリアケントに携わりはじめた最初の月から、ミシェルはイヴさんにとても多くのことを教えた。そのため、ある時イヴさんはミシェルに言ったそうだ。「なぜこんなに多くのことを教えるのですか? あなたは、まだここにいるじゃないですか」。しかしミシェルは言った。「いいから聞きなさい」と。
ところが、ある日ミシェルの夫からイヴさんに知らせが入った。「ミシェルは亡くなる」。死期が近いことを自ら感じていたミシェルは、その前に引き継ぐべきことを伝えておこうと思っていたのだ。
ミシェルはイヴさんの才能に任せた。「とても自由でした。私の発想にミシェルは何も干渉しませんでした」。イヴさんは、今まで常識的に織物に使わなかった素材を、なんでも使い織った。
たとえば、ビニール製の縄跳び。娘がおもちゃとして遊んでいたものから着想を得た。「そんなもの機織り機に入れられない。壊れます」と職人が言っても、イヴさんは「やってみてもらえませんか」と伝えて、実現させた。「なぜなら私はそこまで織物の知識がなかったから。私がやりたかったことは、私がやりたいと思ったことだけ」と笑う。今までにないテキスタイルが次々と生まれた。
それら出来上がった布地を、パリで開かれるテキスタイルの見本市、プルミエール・ヴィジョンに出展すると、瞬く間に評判となった。「私たちのブースにたくさんの人が来たんです。ヴァレンティノが見たいと言っているとも言われました」。ミシェルの目に狂いはなかった。イヴ・コリガンによる新しいマリアケントが誕生した。
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