パリジェンヌの間で今、人気急上昇中のシューズブランド「
Nomasei(ノマセーイ)」。2023年の秋に開催されたパリでのポップアップは好評を受けて長期延長されるなど、ますます勢いづいている。
クラシックにひねりを加えた、フェミニンな曲線的ラインが特徴のデザインに加え、クラフトマンシップを生かした高品質なシューズを手の届きやすい価格帯で展開しており、2019年に創設されてから着実にファンを増やしてきた。
共同創設者のポール・テナイヨン(Paule Tenaillon)とマリーヌ・ブラケット(Marine Braquet)の出会いは「CHLOE」。ポールがシューズデザイナー、マリーヌが製品開発チームのメンバーだったときに、シューズブランド立ち上げのアイディアを思いついたという。
2人はともに、「CHANEL」「DIOR」「LOUIS VUITTON」「JIMMY CHOO」といったラグジュアリーメゾンで20年の経歴を持つベテラン。ラグジュアリーファッション業界という、トレンドと生産の循環が速い環境に身を置いていた2人は、「デザインをすることの楽しさをいつの間にか忘れてしまっていた」と振り返り、デザインへの情熱とラグジュアリーの本質に立ち返るために「Nomasei」をスタートさせた。
今回は2人に 、ラグジュアリー業界での経験や「Nomasei」の美学、透明性の高い生産背景について聞き、その魅力に迫る。
PROFILE|プロフィール
左:ポール・テナイヨン(Paule Tenaillon)/右:マリーヌ・ブラケット(Marine Braquet)
本質的なラグジュアリーと、靴作りを愛するという原点に戻りたい
はじめ に、お2人の経歴を教えていただけますか?
ポール「Namasei」を立ち上げる前は、「CHLOE」のシューズのヘッドデザイナーでした。「CHANEL」や「JIL SANDER」、「GIVENCHY」、「JIMMY CHOO」といったラグジュアリーブランドで20年間キャリアを積みました。
デザイナーとしての基盤となる創造的な側面に加えて、技術的な側面も好きです。これら素晴らしいブランドで働きながら、最高峰の職人と一緒にヒールを彫る方法を学び、ラグジュアリーファッションメゾンで才能あるデザイナーとともに働くことで、私の視野がより強く鋭く磨かれました。
マリーヌ私はパリのファッションスクールIFMで政治学を学び、その後ファッションについても学びました。キャリアは「DIOR」のプレスオフィスから始まり、その後、製品管理に特化し特に靴に焦点を当てました。
靴は非常に技術的な製品であり、昔から大好きだったから。「LOUIS VUITTON」でシューズ製品開発に従事し、2014年に「CHLOE」に入り、そこでポールと出会いました。「CHLOE」では仕事を通じて多くの成長を遂げ、この経験が自分のビジネスを始めるきっかけとなったと思います。
サプライヤーや工場、デザイナーと非常に密接に連携していたため、ラグジュアリーシューズのビジネスと靴の製造方法について多くのことを学びました。華やかな仕事である一方で、私は南仏カンヌ出身で、生活の小さな喜びから力を得る非常に地に足の着いた人間でもあります。
「Nomasei」のブランド名の由来についても教えてください。
ポールNomaはイタリア語で「手」を逆さにしたもので、Seiは6を意味します。つまり、「Nomasei」とは「6つの手」を意味します。この名前には、職人にスポットライトを当てるというアイディアが込められています。
また、私たちは靴工場に会社の株式を提供していることからも、その意味を込めた名前にしたかったのです。2人では夢を実現できません。その夢を実現するには、コミュニティが必要です。私たちのコミュニティの中のすべての「手」が尊重される名前にしました。
ラグジュアリーメゾンでの経験から、ブランド創設に至った動機とは?
ポール20年前、ラグジュアリー ブランドのために靴のデザインを始めたとき、私たちは1年に2回しかコレクションを発表していませんでした。そのため、職人と密接に協力して、タイムレスで完璧な品質の靴を作り上げることができました。
しかし多くのブランドでは、4回から10回のコレクションを発表するために、そのプロセスを楽しむ余裕がなく、日々に追われているような状況に疑問を感じていました。
私のクリエイターとしての情熱を仕事にかけていたため、その情熱を取り戻し、自分の仕事に誇りを持ちたいと思いました。
「CHLOE」でマリーヌと協力して働くなかで、お互いをとてもよく補い合えることに気づきました。私たちは、自分たちと地球のために循環を遅らせたいという同じ個人的な目標と、ブランドの創造的なビジョンを持っていました。また、靴を作る職人をサポートすることも重要だと考えており、良い労働条件と創造のための時間を確保することを必須としていました。
さらに、潜在的な顧客に対しては、考え抜かれた本物のラグジュアリーな靴を、手頃な価格で提供することが重要だと考えました。これが「Nomasei」が生まれた経緯です。
「CHLOE」を辞めた後、友人の助けを借りて、イタリアのモントーポリにある工場を見つけることができました。
彼らは「Nomasei」にとって 完璧なパートナーであり、私たちのビジョンを信じ、目標をサポートしてくれました。最初のコレクションのデザインとプロトタイプの製作は私が担当し、マリーヌは会社に通いながら週末や遅い時間に戦略を練っていました。
マリーヌ「Nomasei」を始めた動機は、仕事の進め方を再構築することでした。私たちは靴作りに情熱を注いでいましたが、そのなかで本質的なラグジュアリーと、靴作りを愛するという原点に戻りたいと思っていました。
また、職人たちと良好な関係を築くことも私にとって重要で、それを正しく行う方法を見つけたかったのです。それは靴ブランドだけでなく、ファッションの消費方法を変え、ポジティブな影響を与える意義あるプロジェクトを作り上げることでもありました。
ラグジュアリー業界で培った経験を、「Nomasei」でどのように生かしているのでしょうか?
ポール工場と手を携え、彼らが十分な時間をかけて良質な製品を作れるようにすることがもっとも重要です。職人がいなければ製品は存在しませんし、デザイナーと職人の関係で基本となるのは、決して品質を犠牲にしないこと。
そして、創造には時間がかかるので、あまり多くのモデルを開発せず、余裕を持って創造に時間を割けるようにするのが良いと考えています。
価格は、職人の労働や消費者の生活を尊重したものでなければならない
コレクションを製作するデザインプロセスについても教えてください。
ポール靴の歴史、機能、起源、そしてその目的から製作を始めます。なぜなら、靴は元々実用的な目的で作られたものであり、その機能性と快適性は、ファッション性と同じくらい重要だからです。
また、トレンドに合った、ラグジュアリーな職人技の品質を備えた、望ましいファッションアイテムであることも重要です。ミリ単位で研究され、適切なバランスを見つけるために設計された、意識的に創り出されたオリジナルのデザイン性も追求しています。
同時に実用性も重視しており、ヒールとアッパーの構造、メモリフォーム(衝撃吸収)などのディテールの快適さ、そして第二の皮膚のように感じる素材の快適さにも妥協しません。
着想源は、イタリアの色彩、ゆっくりとした時間の流れ、料理やインテリアといった日常から得ることが多いです。また、ブランドのシグネチャーである、ファスナー部分のスポーティなストライプは、70年代のローラースケーターのアパレルからインスパイアされています。
高品質、透明性、持続可能性のバランスを取りながら、手の届きやすい価格帯で展開されていますよね。価格帯に対するこだわりはありますか?
マリーヌ価格は確かに非常に重要です、特に今、さまざまなラグジュアリーブランドが価格をどんどん引き上げている現状がありますよね。
私たちは、高品質な商品やサービスを提供するために、高価格を設定すること自体には抵抗はありません。しかし、その価格は、職人の労働や消費者の生活を尊重したものでなければなりません。
具体的には、職人の労働に対する適正な対価が支払われ、消費者にとっても納得できる価格である必要があります。また、価格設定にあたっては、人々の生活の現実を考慮し、過度な負担にならないようにする必要があります。