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2024.05.24

福祉とアートを一変させたブランド「へラルボニー」、世界を巻き込みながら課題解決を目指す

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今まで当たり前だったことが変わるには大きな労力がいる。それを福祉の分野で取り組んでいるのがヘラルボニーだ。
へラルボニーとは、創業者であり双子の兄弟である松田崇弥さんと文登さんにより立ち上げられたブランド。知的障害のある作家のアールブリュット(正規の美術教育を受けていない人のアート)デザインを、アパレルやライフスタイル雑貨として商品化している。重度の知的障害を伴う自閉症の兄を持つ松田さん兄弟が、知的障害に対する世間の見方をアートで変えていきたいと思ったことがきっかけだ。
松田3兄弟
松田3兄弟
へラルボニーは、社会に対してアーティストの才能を最大限にプロデュースしながら、質高い素材を用いて、製品とアーティストの価値を高い位置に保ってきた。主に知的障害のあるアーティストの描くアートのライセンス管理をし、自社プロダクトや企業とのコラボレーションなどに展開。得られた収益の一部を「作品使用料」としてアーティストに支払う。そのことでハンディキャップがあるアーティストであっても、プロとして健常者と同等の報酬を受け取れるシステムを作り出し、経済的な自立も手助けする。福祉とアート、ビジネスを同時に実践していこうとする企業である。
それが今、日本から世界に活動の場を広げようとしている。

創業時は各地の福祉施設巡りから

マロニエの街路樹の緑が濃い5月のパリ。パリ市内ポルト・ド・ヴェルサイユの展示会会場にて開かれた世界各国のスタートアップを集めた見本市「Viva Technology 2024」において、LVMH Innovation Award 2024の受賞結果が発表された。
多くの聴衆が見守るなか、会場内の舞台において「Employee Experience, Diversity & Inclusion」賞のカテゴリーで名前を読み上げられたのはへラルボニー。日本企業として初めての受賞である。同アワードの受賞は、へラルボニーにとってその活動範囲を、LVMHのサポートを受けながらパリを軸に海外へ羽ばたかせるチャンスとなる。
壇上でトロフィーを受け取ったヘラルボニーの海外事業責任者である小林さんは「嬉しいです。世界中にヘラルボニーという名前が届いた瞬間かなと思いますし、 作家のアートの力というものをLVMHさんが認めてくれた瞬間ではないかなと思います。早くこのトロフィーを作家の皆さんのところに持ち帰って、喜びを分かち合いたい」と語った。
撮影/守隨 亨延
撮影/守隨 亨延
LVMHも関心を寄せたへラルボニーとはどのような会社なのか。その歩みをひも解くと、各アーティストとの地道な信頼関係の構築と、不断ない価値付けにある。
事業を始めていく上で、まず松田さん兄弟は、日本各地の福祉施設を巡った。会社のビジョンについて説明して信頼を重ねるためと、まだ見ぬアーティストの原石を探すためだ。
現在へラルボニーは、37施設153名のアーティストと契約があり、2,000点のアートデータを保有しているが、「アートとして純粋に評価できる作品かどうかを大切にしている」と同社広報の小野さんは基準を語る。金沢21世紀美術館でチーフキュレーターを務める黒澤宏美氏がヘラルボニーのアドバイザーとして、アートの起用や展示会のキュレーションを担当している。
そのへラルボニーからの今までにない提案とアプローチは、アーティスト側に金銭面以外にも新たな変化をもたらしている。
ヘラルボニー契約アーティストの福井将宏さん(鳥取県・アートスペースからふる在籍)
ヘラルボニー契約アーティストの福井将宏さん(鳥取県・アートスペースからふる在籍)
契約アーティストのひとりである福井将宏さん。福井さんにとっての制作とは「不確定なことへの不安や苛立ちを忘れて没頭できる時間」(福祉施設「からふる」担当者)だ。
普段の生活と異なることへの対応が苦手だった福井さんだったが、へラルボニーの仕事を請けるようになってからは変化が現れた。「取材にも対応してくれるようになりました。描く(書く)行為が『伝える』ことだと思えるようになったのか、施設でも家庭でも書いて伝える様子が増えてきた」と施設担当者は述べる。
伊賀敢男留さん、2023年キービジュアルの撮影の1シーン
伊賀敢男留さん、2023年キービジュアルの撮影の1シーン
同じく契約アーティストのひとりである伊賀敢男留さん。彼もアーティスト活動を通じて刺激を受けている。
「(へラルボニーの)キービジュアルの写真撮影やファッションショー出演では、他の人と話すことはできなくてもチームの一員になれたような晴れ晴れとした表情をしていました。絵を描くこと以外でも充実感を得る経験ができた」と伊賀さんの母親は息子の様子を語る。
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