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【リレーコラム】「真面目」と「不良」の狭間で生まれた「踊る社会学者」(有國明弘)

PROFILE|プロフィール
有國 明弘
有國 明弘

大阪市立大学大学院文学研究科後期博士課程/大学等非常勤講師。専門は社会学、文化研究。主著に「学校で踊る若者は『不良』か?−ストリートダンスはどのようにして学校文化に定着したか」『新社会学研究』第5号(新曜社、2021年)、「スニーカーにふれる」『ふれる社会学』(2019)、「メディアをまとい闘うBガール」『ガールズ・メディア・スタディーズ』(2021)(ともに北樹出版)、「ストリートファッション」『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ』(2022、フィルムアート社)などがある。
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わたしは、ストリートダンスについて社会学という学問分野から研究している研究者だ。大学からストリートダンスを始め、次第にストリートダンスのカルチャーや、それとは不可分なヒップホップのカルチャーについての知識が深まっていくなかで、アメリカ・ニューヨークのスラムで生まれたヒップホップの文化的背景についても知ることになる。
ヒップホップ(1)は、そこに住むエスニックマイノリティが直面している人種差別や失業による貧困、そして地域をギャングが取り仕切ることで生じる犯罪やドラッグなどの問題と深く関係し、そうした困難的状況に埋め込まれてしまわないように音楽やダンスなどのアートの力を使って抗うための手段として用いられていたという。わたしはこの「不良」的で反社会的な側面と社会運動的な側面の両方が同居している、非常に複雑かつ興味深い文化にどんどんのめり込んでいった。
自身もストリートダンスをしながら感じていたことだが、ストリートダンスをしている若者は、夜な夜な音を出しながらストリートや都市空間を占有して踊っていたりするので、人によっては迷惑行為と受け取りかねない活動をしている「不良」というまなざしを向けられることもある。
かつて、ストリートダンスやスケートボード、ラップのようなストリートカルチャーに没入する若者は、学校に順応できない「はみ出し者」のレッテルを貼られ、学校から遠ざけられてきた存在でもあった。(2)

スニーカーとTHE NORTH FACEに傾倒するワケ

ストリートダンスのカルチャーに浸っていくにつれ、自身の格好も準拠しているダンサーの集団やメディアでよく見るダンサー、ヒップホップアーティストらを模倣したストリートファッションに身を包んでいくようになっていった。
ストリートファッションを象徴するアイテムや着こなしはさまざまあるし、むしろ型にはまらない自由なアイテムのチョイスと着こなしこそがストリートファッションの真骨頂(3)ではあるが、わたしが特にファッションやコーディネートの軸にしていたのは、「スニーカー」と「THE NORTH FACE」(以下TNF)の製品である。
ヒップホップカルチャーを象徴するファッションアイテムの一つとして外すことができない「スニーカー」であるが、わたしもNIKEの「エア・ジョーダン」や「エアマックス」などのスニーカーの収集がもはや趣味の一つとなっているスニーカーヘッズだ。
好きが高じて社会学の教科書でスニーカーから社会学的な論点を提示する論考を執筆させていただいたり(『ふれる社会学』北樹出版、2019)、担当している大学の講義でも社会学やファッション研究のケーススタディーとしてスニーカーを事例に話したりすることもあるほどだ。
そして、アウトドアブランドとして知られているTNFであるが、実はヒップホップカルチャーにおいても象徴的な存在になっている。
登山用として製作されているTNFのマウンテンジャケットは、胸と腰で登山リュックを固定するベルトを締めたままでもポケットを最大限活用できるように、両ストラップの間の胸元に大きな八の字型のポケットが取り付けられている。
ヒップホップカルチャーの一つである、スプレー缶を用いて街中にある壁などに描くグラフィティは、公共物への落書きでもあるので不法行為であるが、このポケットはグラフィティを描くためのスプレー缶がすっぽりと入る大きさである。
そのため、落書き行為が警察にバレて追いかけられそうになっても、証拠のスプレー缶をポケットに隠し、さらに雨除け用のフードも顔を隠して逃走するのに適しているのだ。
また、ジャッケットの表面を覆っている防水のためのGORE-TEXと呼ばれるツルッとしたハイテク素材は、雨の中でもストリートでの活動を可能にするし、スプレーによる汚れにも強い。
そして、TNFの代表的プロダクトであるヌプシダウンジャケットは、比較的安価で手に入れることができ、抜群の保温性を誇るため、ニューヨークの厳しい冬の寒さの中でも、ストリートを活動拠点にしているラッパーやダンサー、グラフィティライターなどのヒップホップカルチャーの人々に支持されてきたという。(4)
登山などのアウトドア専用として設計されたこれらのTNFのウェアのデザインや機能は、ストリートでの活動においての適合性や快適性、経済性を追求したゆえの合理的な解釈によって、本来想定していた用途や文脈の読み替えが行われている。
つまりはストリートの人々が生み出した「ストリートの知恵」ともいえよう。このようなストリートの人々によるブリコラージュ(5)は、TNFのアイテムに独自で象徴的な意味を付与しているのだ。
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