2022.10.11

【リレーコラム】「真面目」と「不良」の狭間で生まれた「踊る社会学者」(有國明弘)

PROFILE|プロフィール
有國 明弘
有國 明弘

大阪市立大学大学院文学研究科後期博士課程/大学等非常勤講師。専門は社会学、文化研究。主著に「学校で踊る若者は『不良』か?−ストリートダンスはどのようにして学校文化に定着したか」『新社会学研究』第5号(新曜社、2021年)、「スニーカーにふれる」『ふれる社会学』(2019)、「メディアをまとい闘うBガール」『ガールズ・メディア・スタディーズ』(2021)(ともに北樹出版)、「ストリートファッション」『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ』(2022、フィルムアート社)などがある。
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わたしは、ストリートダンスについて社会学という学問分野から研究している研究者だ。大学からストリートダンスを始め、次第にストリートダンスのカルチャーや、それとは不可分なヒップホップのカルチャーについての知識が深まっていくなかで、アメリカ・ニューヨークのスラムで生まれたヒップホップの文化的背景についても知ることになる。

ヒップホップ(1)は、そこに住むエスニックマイノリティが直面している人種差別や失業による貧困、そして地域をギャングが取り仕切ることで生じる犯罪やドラッグなどの問題と深く関係し、そうした困難的状況に埋め込まれてしまわないように音楽やダンスなどのアートの力を使って抗うための手段として用いられていたという。わたしはこの「不良」的で反社会的な側面と社会運動的な側面の両方が同居している、非常に複雑かつ興味深い文化にどんどんのめり込んでいった。

自身もストリートダンスをしながら感じていたことだが、ストリートダンスをしている若者は、夜な夜な音を出しながらストリートや都市空間を占有して踊っていたりするので、人によっては迷惑行為と受け取りかねない活動をしている「不良」というまなざしを向けられることもある。

かつて、ストリートダンスやスケートボード、ラップのようなストリートカルチャーに没入する若者は、学校に順応できない「はみ出し者」のレッテルを貼られ、学校から遠ざけられてきた存在でもあった。(2)

スニーカーとTHE NORTH FACEに傾倒するワケ

ストリートダンスのカルチャーに浸っていくにつれ、自身の格好も準拠しているダンサーの集団やメディアでよく見るダンサー、ヒップホップアーティストらを模倣したストリートファッションに身を包んでいくようになっていった。

ストリートファッションを象徴するアイテムや着こなしはさまざまあるし、むしろ型にはまらない自由なアイテムのチョイスと着こなしこそがストリートファッションの真骨頂(3)ではあるが、わたしが特にファッションやコーディネートの軸にしていたのは、「スニーカー」と「THE NORTH FACE」(以下TNF)の製品である。

ヒップホップカルチャーを象徴するファッションアイテムの一つとして外すことができない「スニーカー」であるが、わたしもNIKEの「エア・ジョーダン」や「エアマックス」などのスニーカーの収集がもはや趣味の一つとなっているスニーカーヘッズだ。

好きが高じて社会学の教科書でスニーカーから社会学的な論点を提示する論考を執筆させていただいたり(『ふれる社会学』北樹出版、2019)、担当している大学の講義でも社会学やファッション研究のケーススタディーとしてスニーカーを事例に話したりすることもあるほどだ。

そして、アウトドアブランドとして知られているTNFであるが、実はヒップホップカルチャーにおいても象徴的な存在になっている。

登山用として製作されているTNFのマウンテンジャケットは、胸と腰で登山リュックを固定するベルトを締めたままでもポケットを最大限活用できるように、両ストラップの間の胸元に大きな八の字型のポケットが取り付けられている。

ヒップホップカルチャーの一つである、スプレー缶を用いて街中にある壁などに描くグラフィティは、公共物への落書きでもあるので不法行為であるが、このポケットはグラフィティを描くためのスプレー缶がすっぽりと入る大きさである。

そのため、落書き行為が警察にバレて追いかけられそうになっても、証拠のスプレー缶をポケットに隠し、さらに雨除け用のフードも顔を隠して逃走するのに適しているのだ。

また、ジャッケットの表面を覆っている防水のためのGORE-TEXと呼ばれるツルッとしたハイテク素材は、雨の中でもストリートでの活動を可能にするし、スプレーによる汚れにも強い。

そして、TNFの代表的プロダクトであるヌプシダウンジャケットは、比較的安価で手に入れることができ、抜群の保温性を誇るため、ニューヨークの厳しい冬の寒さの中でも、ストリートを活動拠点にしているラッパーやダンサー、グラフィティライターなどのヒップホップカルチャーの人々に支持されてきたという。(4)

登山などのアウトドア専用として設計されたこれらのTNFのウェアのデザインや機能は、ストリートでの活動においての適合性や快適性、経済性を追求したゆえの合理的な解釈によって、本来想定していた用途や文脈の読み替えが行われている。

つまりはストリートの人々が生み出した「ストリートの知恵」ともいえよう。このようなストリートの人々によるブリコラージュ(5)は、TNFのアイテムに独自で象徴的な意味を付与しているのだ。

ファッションから「生き様」を読み解く

わたしは学部時代に地域活性化などに取り組む都市社会学のゼミに所属していたこともあり、街歩きを趣味としている。そのため、いろんな場所を歩き回っているわたしにとっては、ヒップホップにおける象徴的なアイテムとしてだけでなく、機能性が重視されるスポーツシューズ由来のスニーカーの履き心地を追求することは、ある意味で合理的である。

また、雨風の中でもより快適にストリートで活動できることを追求すれば、ストリートの人々が見出している価値観や機能性が共存しているTNFのウェアを選択することもまた合理的であろう。

今では、TNFのアイテムやGORE-TEXを用いたスニーカーをどこかで必ず使用する日々であるが、街歩きや出先で突然の雨に出くわしても、それらのおかげで何の憂いもなく外出できる。それほど、わたしの生活にはなくてはならない存在になっている。

アメリカのストリートで活動をしてきた人々が合理的な理由からスニーカーやTNFのアイテムを好んで愛用してきた「ストリートの知恵」は、わたし自身もストリートでの活動をすればするほど、次第にその「ストリートの知恵」の合理性を強く実感し、自然とスニーカーやTNFのアイテムを好んで選択するまでに至っていた。そしてそれらを身につけるのも当たり前になってきているほど、今では日々のファッションスタイルの中核をなしている。

多くのヒップホップアーティストが口にする「ヒップホップとは生き方」(6)とはよく言ったもので、このように趣味や自身の活動、思想などが合理性を求めて突き進み続けた先で重なりあったとき、それらはライフスタイルという一貫性をもったものとして立ち現れてくるのではないだろうか。

「ファッションや着こなしを見れば、その人がどんな人かわかる」と言われることがあるように、ファッションは本当にその人のことを何よりも物語っているものなのかもしれない。

同じくストリートで活動するスケートボーダーたちの反骨精神あふれる創造的な思想やライフスタイルを表明する彼らのファッションもまた、ストリートファッションとしてヒップホップと合流している。

ストリートファッションのアイコン的存在であるスケーターブランドのSupremeは、毎シーズンTNFとのコラボアイテムを発表しているが、このことは、ファッションを通して各々のカルチャーが融合し、多様な人々が集うことで、ファッションの意味づけが変容、強化、そして多様化していく可能性を秘めている。

そう考えるとファッションは、さまざまなカルチャーが交差し、人々が集う創造的なプラットフォームとしても捉えることができるであろう。そのような視点からファッションの様相を辿っていくことで、さまざまな人々が織りなしてきた文化的営為や社会との関係性も見えてくるはずだ。そうした意味でファッションは、人々のライフスタイルと深く関わっていて、そこから読み取れることがたくさんあることにも気づかせてくれる。

ファッションスタディーズとの出会い

2012年に中学校体育で武道とダンス領域が必修化された。ダンス領域に関しては、学校の授業で必修としてストリートダンスを踊ることができるようになったのである。

しかしそこでわたしが抱いたのは、学校とストリートダンスは互いに相容れない価値観であるにもかかわらず、ストリートダンスが学校で踊られているのはなぜなのかという疑問であった。

世間からは「不良の文化」と思われてきたストリートダンスが、公的で「真面目」な教育機関で実践されるようになったのは、学校や社会のどのような変化と関係しているのか? またそれはストリートダンスの文化や携わる人々にどのような影響を及ぼしているのか? これらについて探究したいと思ったのが、わたしの研究のスタートであった。

研究に取りかかった当初、最大の課題として立ちはだかったのは、ストリートダンスに関する社会学的な先行研究がほとんどなかったことであった。

そのため、どのような研究領域に位置づけ、どんな方法で、ストリートダンスという対象にアプローチしていけばいいのかがわからず、途方に暮れていたなかで参照したのが、ストリートダンスとヒップホップ文化の思想を共にし、比較的研究や文献も豊富にあったラップに関するポピュラー音楽研究であった。

また、ストリートダンスやラップのようなヒップホップカルチャーの中にいる人々のファッションが「B-BOYファッション」や「ストリートファッション」と呼ばれるように、独自の意味世界を構築し、カルチャー内で共有されている価値観を表象したり、または差異化するためのコミュニケーションツールとして読み解くことができる、ファッション研究からも多大なインスピレーションを得た。

こうして、音楽、ファッション、スポーツ、教育、メディアなどに関する研究分野を横断的に学びながら各分野の方法論を参照することで、ストリートダンスという対象を社会学的研究に位置づけようと試みてきた。(7)

わたしはファッションには元々興味があったが、社会学やファッション研究ではファッションを、自己を表現し、それによって他者や社会とコミュニケーションするためのツールとして捉える考え方がある。ファッションに興味を持ち、またこだわるようになった理由としては、もちろん、自分が良いと思ったものを身につけられたり、なりたい自分になれたりするという、その可能性や自己満足的な側面も大いにある。しかし、おそらくそれよりも大きな理由は、「自分は周りからどう見られたいか」という他者からの視線を強く意識していた結果なのではないかと思っている。

どんな格好をすれば準拠集団にうまく馴染めたり関われたりするのか、でもみんなの中で埋もれたくないから差異化もしたいという相反する欲求の狭間で、自身が抱えているこのジレンマ的な状況を言語化してくれたファッション研究は、まさに目から鱗であった。

またそれは、自分自身のことを客観的に捉えるというこれまで経験したことがない新鮮な視点と、学問の奥深さを教えてくれた。

ファッション好きであることが研究でも役立つとき

ファッションは、自身の研究においては調査の場面でもおおいに助けてくれている。わたしはストリートダンスを研究する手法として、ストリートダンサーたちが実際に活動している場所に出向き、彼らと一緒に過ごしたりしてそこで起こっていることややりとりを記録したり、インタビューをしたりするといったフィールドワークの手法で調査し、データを収集することが多い。

フィールドワークでは、「ラポール」と呼ばれる、フィールドの人々と調査者とのあいだの信頼関係をうまく築くことは、フィールドの人々や集団とうまく打ち解けられたり、調査をスムーズに進められたり、より彼らへの理解を深めることができるため、重要とされる。

初めてのフィールドに赴くとき、初めての調査者にインタビューするとき、彼らとの距離を縮めつつラポール形成のための手段の一つとして、わたしはファッションの話題から話し始めることが多い。

わたし:そのスニーカーいいですね! エア・ジョーダンのLOWですよね! そのカラー手に入れるのなかなか難しくなかったですか?!

ダンサー:そうなんです! このカラーめっちゃお気に入りで一目惚れだったんですけど、友達がNIKEの店員なんで、お願いしちゃいました! 私もNIKEの店員になりたいです(笑)

わたし:エア・ジョーダンのLOWって、僕は持ってないんですけど、めっちゃ履き心地良いって聞いたんですが、実際どんな感じですか?

ダンサー:わたしも初めて買ったんですけど、めっちゃ履きやすくて感動してます! しかも軽いしソールもフラットで踊りやすいし、なんたって可愛くないですか?!
(2022年9月実施のインタビューより)

ストリートダンサーにとってファッションは、ダンスによる身体表現とも相まって、自身の価値観やセンスを他者とぶつけ合う「スタイル・ウォーズ」において、他者と差異化し自身の存在を際立たせるために重要なメディアであるため、みな特に気を配っている。彼らがこだわり抜いているファッションの話題は、会話が弾みやすく、調査だからといって変に改まった空気にならないためのアイスブレイクとしてうまく機能してくれる。

また一見何気ない会話の中にも、ダンサーの準拠集団、アイテムへのこだわりや意味づけを理解するためのヒントがあったり、またそこから新たな疑問への糸口が発見できることも多々あるのだ。

「踊る社会学者」のこれから

現在日本では、世界初のストリートダンスのプロリーグ「Dリーグ」が2021年からスタートし、盛り上がりを見せている。また2024年開催のパリオリンピックでは、ブレイキン(ブレイクダンス)が初めて競技種目となるが、2018年のブエノスアイレスでのユース・オリンピックで初めて取り入れられたブレイキンで日本のダンスレベルの高さを示したブレイクダンサー(Ram選手は金メダル、Shigekix選手は銅メダルを獲得)は、パリオリンピックでも活躍が期待されるほど世界屈指である。メディアでもダンス部の生徒たちの活躍が目覚ましい。

このように、日本国内のみならず世界的にも注目が高まり、わたしたちの身近になりつつあるストリートダンスであるが、プロリーグが設立されオリンピック競技にもなることで、ますます競技人口も増加し、ストリートダンサーの社会的地位も向上するであろう。

そして将来ダンサーになりたい、仕事にしたいと考える若いストリートダンサーたちにとって、このことは、これまで社会からはみ出した「不良の文化」実践者ではなく、他のプロスポーツ選手やオリンピック選手のように誰もが憧れ、尊敬され、目指すべき目標として多くの人々に夢を与える存在になっていくきっかけにもなるであろう。

しかしわたしは、このことを手放しで喜ぶことはできず、複雑な心境にいる。というのも、このようにストリートダンスがスポーツ化、競技化することは、多くの若者にとって「好きなこと」を仕事にできるチャンスができ、社会も彼らを肯定的に後押ししてくれやすくなる一方で、さまざまな権力関係のなかでダンスの表現が規制されたり、カルチャーのあり方を特定の方向へと方向づけてしまうのではないか、と懸念を抱く。

私自身、ストリートダンサーたちの話を聞いたり現場を見てきているなかで強く感じるのは、ストリートダンスは身体的な修練がともなうものの、スポーツというよりは文化・芸術であり、ストリートダンサーもまたアスリートではなく、音楽をダンスで表現するアーティストなのではないかということである。

この議論は非常に難しい問題でもある。しかしこのことは、さまざまな人々や価値観、権力関係がせめぎ合っている社会の中で独自の展開をみせている今日の日本のストリートダンスシーンならではだからなのかもしれない。

だからこそ、引き続きダンサーたちのコミュニケーションツールであるファッションを駆使し、「踊る社会学者」というどの研究者よりも彼らに近く、「踊る社会学者」だからこそ見逃さないような微細な視点から丁寧に描写していくことで、上述のようなストリートダンスやそれを取り巻く人々に関する議論を開くことに少しでも貢献できれば誠に幸いである。

少し変わった動機から乗っかったアウトドアブーム

さて、そんなわたしの現在の関心事といえば「アウトドアブーム」なのだが、本コラムのテーマの一つである「テクノロジー」についても、わたしのライフスタイルとファッションとの関わりから、ここで少しだけふれて本稿を締めたい。

昨今の社会状況から、密や都会の喧騒から逃れるため登山やキャンプといったアウトドアを趣味とする人々が増加してきている。それにともない、ファッション業界でも80〜90年代に流行ったレトロなアイテムやカラーリングがリバイバルを果たし注目を集めている。もちろんNIKEでも、かつて発売されていたアウトドアラインのシューズが次々に復刻しているため、もれなく購買意欲を煽られてしまっているわたしである。

しかし、わたしは近年TNFやNIKEのアウトドア製品に対してある疑念を抱いていた。登山などにおいて、身につけているギアの性能は、ときに命に関わる状況で左右することもある。

一方でわたしのようなストリートファッションとして着用したり雨具としてしか着用することがない者にとって、街中では登山をするための本格的な性能はさほど必要ないため、本来の用途である登山のためのギアとして培われてきたテクノロジーの真価が十分発揮される機会はほぼない。

それなりの金額を出し、複数所持しているにもかかわらず、それらのポテンシャルを持て余しているのは、ギアにも開発者にも失礼なのではないか? ではそれらは本来の用途においては、一体どれほど力を発揮してくれるのか確かめたい! これが、筆者が登山やキャンプを始めた経緯である。

検証を兼ねたフィールドワークとして始めた登山やキャンプであったが、機能を発揮できそうなシチュエーションを探したり、あえて不便さを楽しむこと、またそのなかで今まで使っていなかった/気づいていなかったギアの新たな有用性をハックしていく楽しさ、そして時間を忘れ綺麗な景色や自然に囲まれて過ごせることの魅力を知ってしまった今では、案の定すっかり趣味となっている。

アウトドアブームの到来で始めていった世間の人々とは、おそらく動機も楽しみ方も少し特殊かもしれないが、こうしてわたしは奇しくも、ブームになる理由を身をもって体感している。

ストリートダンスや街歩き、アウトドアなどといった、わたしの趣味実践の場面において、さまざまな合理性から機能を発揮してくれているファッションアイテムたちについてここまで記してきたが、それらは趣味実践の場面だけでなく、毎日のコーディネートの中でも必ずどこかに取り入れるほど、今日のわたしの日常生活に深く浸透している。

特に冬場においては、これから登山に行くわけでもないのに「山にでも登りそうな格好ですね」と声をかけられるほど、全身をTNFやGORE-TEXで固め、そしてもちろん足元はスニーカーという調子で、趣味実践の際のファッションが、もはや普段着となってきているのである。

そういう意味では、わたしの普段の格好にも、わたし自身の趣味や準拠集団、そしてライフスタイルがしっかりと表出されているのかもしれない。そうして、自分と同じような格好をしている人を見つけては、勝手にシンパシーを抱いたり、ファッション研究の視点からついつい、その人がファッションで放っているメッセージや趣向について考えを巡らせながら、わたしは今日もきっと、お気に入りのスニーカーを履いて街を闊歩しているのだろう。

(1)本来はストリートダンスやラップ、DJ、グラフィティアートといったアートフォームを含む文化の総称として「ヒップホップ」という言葉が用いられるが、昨今ではラップのことを「ヒップホップ音楽」と称したり、ストリートダンスも「ヒップホップダンス」と呼ばれることも多くなっている。
(2)新谷周平,(2002)「ストリートダンスからフリーターへ――進路選択のプロセスとか異文化の影響力」『教育社会学研究』71: 151-70.
田中研之輔,(2016)『都市に刻む奇跡――スケートボーダーのエスノグラフィー』新曜社.
(3)有國明弘,(2022)第2部「事例編:1. グローバル化における個人」項目内「ストリートファッション」蘆田裕史・藤嶋陽子・宮脇千絵編著『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ』フィルムアート社、129-135
(4)このことについては、TNFの製品を多く取り扱い、そのカルチャーにも精通している吉祥寺のアパレルショップ「the Apartment」が運営しているブログ(http://blog.the-apartment.net/?eid=3424)や、FNMNLでのオーナー大橋高歩氏へのインタビュー記事(https://fnmnl.tv/2017/03/07/24232)が詳しい。
(5)ディック・ヘブディジ,(1986[1979])『サブカルチャー-スタイルの意味するもの』山口淑子訳、未来社
(6)例えばBAD HOP「Life Style」(2016)、SALU Feat. 漢 a.k.a GAMI, D.O「LIFE STYLE」(2017)など。
(7)有國明弘(2019)第6章「スニーカーにふれる」ケイン樹里安・上原健太郎編『ふれる社会学』北樹出版、47-56、(2021)第6章「メディアをまとい闘うBガール」田中東子編著『ガールズ・メディア・スタディーズ』北樹出版、84-98、(2021)「学校で踊る若者は『不良』か?−ストリートダンスはどのようにして学校文化に定着したか−」『新社会学研究』第5号、159-179、(2022)第2部「事例編:1. グローバル化における個人」項目内「ストリートファッション」蘆田裕史・藤嶋陽子・宮脇千絵編著『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ』フィルムアート社、129-135など。

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