2022.09.27

【リレーコラム】「ハーフ」の身体とファッション・メイク――「#和顔ハーフ」から考える」(有賀ゆうアニース)

PROFILE|プロフィール
有賀ゆうアニース
有賀ゆうアニース

東京大学大学院学際情報学府博士課程、日本学術振興会特別研究員。専門は社会学、人種・エスニシティ研究。複数の人種的背景を持つ、いわゆる「混血」「ハーフ」「ダブル」と呼ばれる人びとについて研究している。論文に「「ハーフ」は偏見・差別経験をいかに語りうるのか」『ソシオロゴス』46号(2022年)、「戦後「混血児問題」における<反人種差別規範>の形成」『社会学評論』290号(2022年)などがある。

「#和顔ハーフ」

「ハーフ」を研究テーマにしている仕事柄、SNSで「ハーフ」に関係するトピックを確認することを習慣にしている。(1)最近、Instagramに「#和顔ハーフ」というハッシュタグがあることを友人に教えてもらった。「和顔」、つまり日本人らしい顔をした「ハーフ」のことを表すものらしい。試しに検索すると、たしかにそれらしき容貌をした子どもや若年女性のファッションやメイクを写した写真がたくさん出てくる。

インド人の父を持ち、初対面の相手から事あるごとに「どことのハーフなの?」とか「英語とかインド語できるの?」といった類の質問―というか詮索―を受けてきた筆者としては、「こういうのを『和顔』というのか」と膝を打つとともに、「なぜあえてこうした名乗り方をするのだろう?」という疑問も湧いた。

支配的な「ハーフ」像とその問題

「ハーフ」と聞いてどんなイメージを思い浮かべるだろう。俳優、モデル、アイドル、アスリート...…メディアで登場するさまざまな有名人の姿が思い浮かぶかもしれない。「ハーフ」研究では、日本における「ハーフ」像がある特定のイメージに偏ってきたこと、それをメディアが助長してきたことが指摘されてきた。(2)白人系で、堀が深くて、二重まぶたで、眼がぱっちりしていて、鼻が高くて、容姿端麗で、スタイルが良くて...…といった「ハーフ」像のことだ。

これを支配的な「ハーフ」像と呼んでおこう。美容・ファッション業界では「ハーフ顔」や「ハーフ風メイク」というように「ハーフ」を冠したジャンルが定着しているが、こうしたジャンルでも、支配的な「ハーフ」像に合った外見上の特徴が強調されたりしている。

もちろん最近では、大坂なおみや八村塁といった世界的に活躍する黒人系「ハーフ」のアスリート、齋藤飛鳥や池田エライザ、ゆきぽよといったアジア系「ハーフ」の芸能人も登場し、こうしたイメージにとどまらない「ハーフ」像も広がってきてはいるのかもしれない。けれども全体としてみれば、メディアに出たり、日常的にイメージされる「ハーフ」がこの支配的な「ハーフ」像に偏っているという現実がある。

当たり前だが、一口に「ハーフ」と言っても、その外見の特徴は極めて多種多様だ。白人系も黒人系もアジア系もラテン系もいるし、全員が全員二重まぶたなわけでも、スタイルが良いわけでもない。こうした実態とはズレた形で支配的な「ハーフ」像が強調されることは、当事者にも無視できない影響を及ぼす。

たとえば、「ハーフ顔」に対する周囲からの過剰な期待を受けたために、メンタルヘルスに問題をきたす人びともいる。(3)「メディアが勝手にやってるだけ」とか「大した問題じゃない」とは片付けられない現実がそこにはあるのだ。

「#和顔ハーフ」の新しさと古さ

「#和顔ハーフ」は、一方ではこうした支配的な「ハーフ」像に挑戦するものといえるかもしれない。堀が深く、鼻が高い「ハーフらしいハーフ」に注目が集まるなかで、それとは異なる「ハーフ」像を打ち出しているという意味では、一定の新しさがあるのかもしれない。

しかし他方では、それは旧来の支配的な「ハーフ」像に依存してもいる。なぜなら、「和顔ハーフ」という名乗りが意味をなすのは、「和顔」ではない、つまり支配的な「ハーフ」像を標準的・一般的な「ハーフ」として前提にしているからだ。あるいは、この前提があるからこそ、「#和顔ハーフ」は一つの特異なジャンル―いわば「ハーフらしくないハーフ」―として成立しているといえる。

既存の支配的な「ハーフ」イメージに対してオルタナティブな表現かもしれない一方、実際はそのイメージに依存してもいる。「#和顔ハーフ」にはそんな両面性があるように思われる。

「ハーフ」イメージと向き合う

もちろん筆者は「和顔ハーフ」を名乗る人たちを批判しようとしているのではまったくない。大事なのは、当事者たちが、こうした社会で共有されている「ハーフ」イメージを各々の形で踏まえながら自分の外見に向きあっているということだ。「和顔ハーフ」として外見をアピールするにせよ、うつ病を患うほどに強くその理想を内面化させられてしまうにせよ、そこにはファッションやメイクをめぐる「ハーフ」ならではの問題がある。

筆者はSNS上のコンテンツを調べたり、「ハーフ」の若者にインタビューをしたりするなかで、この問題が非常に多様な形で現れてくることに気づいた。たとえばイギリス系ハーフ女性としてYouTubeで情報発信をしている「クレオ」さんは、かつて「日本人顔ハーフ」であることについてコンプレックスを抱いており、より「ハーフ」らしく周囲に見られるために「ハーフ顔メイク」をしていたことを振り返っている。(4)「ハーフ」でありながらもそうは見えない―いわゆる「和顔ハーフ」である―とき、「ハーフ顔」に見えるという目的のためにファッションやメイクが選択されることもあるのだ。

あるいは、「クレオ」さんとは反対に、「ハーフ」でありかつ「ハーフ顔」の外見であるがゆえの経験も存在する。たとえば、イギリス系ハーフの20代女性であるAさんは、ハーフであることの利点として、お洒落しようとしても「カラコン⼊れなくていいとか、髪染めなくていい」ことをあげつつ、白人系の特徴が強いために「かわいいっていうのよりも、ちょっとかっこいい系」の方が似合う、と自分の特徴を分析している。(5)

またフィリピン系ハーフの20代女性であるBさんは、肌の色が濃く、いわゆる「ハーフ顔」「濃い顔」であるがゆえに、フリルスカートや花柄のようなファッション、ピンクアイシャドウのようなメイクが似合わないと語る。それゆえ、パンツスタイルやブラウンアイシャドウといったボーイッシュなスタイルを採用せざるを得ないという。(6)

AさんやBさんは、世間で「ハーフ顔」とされる容貌を備えているけれど、彼女たちはその状態を肯定的なこととしてだけ捉えているわけではない。むしろそうした容貌であることによって、ファッションやメイクの選択が制約され方向づけられる―そんな事情を、彼女たちの語りは示唆している。

おわりに

「ハーフ」というカテゴリーは、美容やファッションの世界で重要なジャンルを形づくっている。そしてそうしたジャンルには、支配的なイメージ―白人で、容姿端麗で...…といった理想化されたイメージ―が結びついている。そうしたイメージを前提に、「ハーフ」当事者は各々のファッションやメイクを選択している。そんなことを、この記事では見てきた。(7)

ファッションやメイクのスタイルを選ぶことは、多くの人にとって日常的でありふれた営みだ。その営みを通じて、人間関係が広がったり、楽しみや安心を得られたりすることもあるだろう。けれども、それは個々人が自由にできる選択であるとは限らない。年齢、性別、職場での立場、交友関係、地域...…ファッションやメイクは、さまざまな要因のもとで営まれ、選ばれるものだ。(8)

そして私たちはそうした選択をしながら、実に多様な生き方をしている。「ハーフ」もまた、このように私たちの生き方を形づくるもののひとつなのであり、その形づくられかたを考えていく必要がある。

(1)日本人と外国人の間に生まれた人びとを指す呼称は、「ハーフ」以外にも「ダブル」や「ミックス」など多岐にわたり、どれを使うのかは当事者の間でも合意があるわけではない。文字通りには「半分」を意味する「ハーフ」ではなく、「ダブル」や「ミックス」を使おうとする当事者も少なくない。この記事では、「ハーフ」がより人口に膾炙していることや、「ダブル」、「ミックス」などの表現に違和感を覚える当事者もいることから、括弧付きで「ハーフ」表記を用いている。
(2)ケイン樹里安,2021,「ルッキズムとレイシズムの交点――「ハーフ」表象をめぐる抑圧と対処」『現代思想』49(13): 28-40,下地ローレンス吉孝,2021,『「ハーフ」ってなんだろう? ――あなたと考えたいイメージと現実』平凡社.
(3)「ハーフは恵まれている」 その言葉に苦しめられた女性たちが声をあげた理由」 (2022年8月15日取得, https://www.huffingtonpost.jp/entry/mixed-rootsjp5d57a7fce4b0d8840ff3802f)や、「“帰国子女“/THIRD CULTURE KIDの声 女子高生と考える子どもたちのメンタルヘルス」(2022年8月15日取得, http://jp.vo1ss.com/2019/12/28/ark-miura/)を参照。
(4)「【日本人顔ハーフあるある(?)】『ハーフになりたい』と思ってしまってるハーフ2人の暴露トーク」(2022年8月15日取得, https://youtu.be/BBJqKbcWQ_0)を参照。
(5)2022年2月27日に筆者が行ったインタビューからの引用。
(6)2022年7月28日に筆者が行ったインタビューからの引用。
(7)この記事では女性の事例だけを扱ったが、当然ながら同じ「ハーフ」でも男性の場合はまた事情が異なってくることだろう。この点については今後の研究で調べていきたい。
(8)ジョアン・エントウィスル著,鈴木信雄監訳,2005,『ファッションと身体』日本経済評論社.

プロフィール写真撮影:田川基成

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