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【リレーコラム】隠された素肌の香り——スキンフレグランス考察(ゆうれい)

PROFILE|プロフィール
ゆうれい
ゆうれい

日本大学大学院芸術学研究科映像芸術専攻博士課程前期修了。
専門はシュルレアリスムとアートアニメーション(表現者側)。
在野で香水と香りについて執筆、研究をしている。
2016年より香水ブログ「polar night bird」を運営。嗅覚体験の記録と表現方法に関心がある。

私的な嗜好は置いておくとして、清潔で誰もが良い香りと評する素肌とそれを実現する香水は、いつの時代も欲望の対象である。
たとえば、CHANEL(シャネル)の名香「 N°5(ナンバーファイブ)」に関しても、ノスタルジックな香料でもって純粋で清潔な肌の香りを呼び起こさせる狙いが込められていた[1]。それから約100年を経た今日でも、クリーンな人肌をビジュアルイメージを起用する香水パフューマリーは少なくない。日本では「スキンフレグランス」という香りのジャンルが人気を博し、定番として落ち着いてきた様に思える。
スキンフレグランスの明確な定義に関しては改めて議論の余地があるとは思うが、日本においてはおもに販売・接客時に「肌に馴染む」「使用者の肌によって香りが変わる」「自分だけの香りになる」といった内容のうたい文句が使われている[2]。自分らしさや多様性を引き立てる、今の時代らしいプロモーションであると言える。確かにコンセプトはわかりやすい。しかし、実際の香りからそれらを感じ取ることはできるのだろうか。『香り』それ自体に焦点を当てて考えてみたい。

スキンフレグランスのベースノート

従来であれば香水における香料は、その商品名や分子名ではなく「ウッド」や「ジャスミン」といったそれらが構成しているカテゴリの名称で表記される。一方でスキンフレグランスに関しては「N°5」における「アルデヒド」のように、例えば「アンブロキシド」や香料会社の商品である「Ambroxan(アンブロキサン)」「Iso E super(イソ イー スーパー)」「Cetalox(セタロックス)」などの合成香料そのものの名称や商品名が、商品説明や調香ピラミッドにおいて、最後に香る土台部分を表すベースノートの位置に表記・公表されている状況がしばしば見られる[3]
香水においてこのタイプの先駆けとなるのは、ウッド系合成香料の「Iso E super」を希釈したEscentric Molecules(エセントリック モレキュールズ)の「Molecule 01(モレキュール01)」(2006)が挙げられる。これは「人それぞれの変化」の他に、脇役であった化学合成香料への賛辞であり、誘引性についての再解釈といったコンセプトに寄った香水であった[4]。香りで見れば今日のスキンフレグランスもまたここを出発点としたレールの延長上にあるが、他の香料との関係性から見えるものは少し異なっている。
スキンフレグランスの一例としてLE LABO(ルラボ)の「ANOTHER 13(アナザー13)」を肌に乗せてみる。
冒頭は香りの上層にまったりとした体温感と、やや発酵したようなまろやかさが楕円に広がり、全体が肌の上で膨らんでゆくような感覚を覚えた。
そこを起点に肌に向かって意識を下げてゆくと、上層の有機的な緩みとは対照的に香りの横に流れる速度と鋭さがおもむろに増す。おそらくベースノートに位置する先に挙げた「アンブロキシド」や「Iso E super」と同系統の。いわゆるウッド系の合成香料に由来した質感である。それは鉄分めいた酸味をともなう金属の軋む質感の硬く透明な層として認識でき、その冒頭からトップ~ベースノートまですべて見通せる透明感とは裏腹にシャープさと無機質さによって嗅覚はそれ以上奥の地肌には到達できないようになっている様であった。
注意を向け続けていると、その透明な層のフィルターから徐々に異質なものが上に向かって染み出して来る様に香りが変化し始めることに気が付いた。それらは時間がたつにつれて上層のムスクの粉っぽさの増した、緩やかで無垢な柔肌めいた香りとなりつつある一群と結び付く。この本来の素肌とは隔てられ透明な層に乗った形で変化する柔肌を構成する香りは、ムスクの他にもいくつか確認できる。発酵感の主である柔らかめのリンゴやジャスミン、彩度の低い柑橘類である。これらはムスクの均質な細かい粒子と速度を併せながらほのかな有機的な鼻ざわりとして気配を感じられた。その存在感を辛うじて浮き立たせている、ゆれのある輪郭を作る酸味をたどると、この下層の無機質な香りの流れがそれを担っているのがわかる。
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