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2023.02.23

【リレーコラム】隠された素肌の香り——スキンフレグランス考察(ゆうれい)

PROFILE|プロフィール
ゆうれい
ゆうれい

日本大学大学院芸術学研究科映像芸術専攻博士課程前期修了。
専門はシュルレアリスムとアートアニメーション(表現者側)。
在野で香水と香りについて執筆、研究をしている。
2016年より香水ブログ「polar night bird」を運営。嗅覚体験の記録と表現方法に関心がある。

私的な嗜好は置いておくとして、清潔で誰もが良い香りと評する素肌とそれを実現する香水は、いつの時代も欲望の対象である。

たとえば、CHANEL(シャネル)の名香「 N°5(ナンバーファイブ)」に関しても、ノスタルジックな香料でもって純粋で清潔な肌の香りを呼び起こさせる狙いが込められていた[1]。それから約100年を経た今日でも、クリーンな人肌をビジュアルイメージを起用する香水パフューマリーは少なくない。日本では「スキンフレグランス」という香りのジャンルが人気を博し、定番として落ち着いてきた様に思える。

スキンフレグランスの明確な定義に関しては改めて議論の余地があるとは思うが、日本においてはおもに販売・接客時に「肌に馴染む」「使用者の肌によって香りが変わる」「自分だけの香りになる」といった内容のうたい文句が使われている[2]。自分らしさや多様性を引き立てる、今の時代らしいプロモーションであると言える。確かにコンセプトはわかりやすい。しかし、実際の香りからそれらを感じ取ることはできるのだろうか。『香り』それ自体に焦点を当てて考えてみたい。

スキンフレグランスのベースノート

従来であれば香水における香料は、その商品名や分子名ではなく「ウッド」や「ジャスミン」といったそれらが構成しているカテゴリの名称で表記される。一方でスキンフレグランスに関しては「N°5」における「アルデヒド」のように、例えば「アンブロキシド」や香料会社の商品である「Ambroxan(アンブロキサン)」「Iso E super(イソ イー スーパー)」「Cetalox(セタロックス)」などの合成香料そのものの名称や商品名が、商品説明や調香ピラミッドにおいて、最後に香る土台部分を表すベースノートの位置に表記・公表されている状況がしばしば見られる[3]

香水においてこのタイプの先駆けとなるのは、ウッド系合成香料の「Iso E super」を希釈したEscentric Molecules(エセントリック モレキュールズ)の「Molecule 01(モレキュール01)」(2006)が挙げられる。これは「人それぞれの変化」の他に、脇役であった化学合成香料への賛辞であり、誘引性についての再解釈といったコンセプトに寄った香水であった[4]。香りで見れば今日のスキンフレグランスもまたここを出発点としたレールの延長上にあるが、他の香料との関係性から見えるものは少し異なっている。

スキンフレグランスの一例としてLE LABO(ルラボ)の「ANOTHER 13(アナザー13)」を肌に乗せてみる。
冒頭は香りの上層にまったりとした体温感と、やや発酵したようなまろやかさが楕円に広がり、全体が肌の上で膨らんでゆくような感覚を覚えた。
そこを起点に肌に向かって意識を下げてゆくと、上層の有機的な緩みとは対照的に香りの横に流れる速度と鋭さがおもむろに増す。おそらくベースノートに位置する先に挙げた「アンブロキシド」や「Iso E super」と同系統の。いわゆるウッド系の合成香料に由来した質感である。それは鉄分めいた酸味をともなう金属の軋む質感の硬く透明な層として認識でき、その冒頭からトップ~ベースノートまですべて見通せる透明感とは裏腹にシャープさと無機質さによって嗅覚はそれ以上奥の地肌には到達できないようになっている様であった。

注意を向け続けていると、その透明な層のフィルターから徐々に異質なものが上に向かって染み出して来る様に香りが変化し始めることに気が付いた。それらは時間がたつにつれて上層のムスクの粉っぽさの増した、緩やかで無垢な柔肌めいた香りとなりつつある一群と結び付く。この本来の素肌とは隔てられ透明な層に乗った形で変化する柔肌を構成する香りは、ムスクの他にもいくつか確認できる。発酵感の主である柔らかめのリンゴやジャスミン、彩度の低い柑橘類である。これらはムスクの均質な細かい粒子と速度を併せながらほのかな有機的な鼻ざわりとして気配を感じられた。その存在感を辛うじて浮き立たせている、ゆれのある輪郭を作る酸味をたどると、この下層の無機質な香りの流れがそれを担っているのがわかる。

おそらくこの上層と下層のどちらにも依存していない異質な香りが「着用者の体臭」=「独自の香り」なのであろう。一方でそれそのもので自立している訳ではなくベースによって具体性が与えられている上層の香りは、そのある種の未完成さによってベースの透明な層を通過した体臭とも容易に結び付く。つまりスキンフレグランスの「人それぞれの変化」は、主にこの常に外部の香りに依存することで変化する上層で形成される。一方でベースノートは上層の香りの強固さを維持させつつも専ら地肌の接地面から離れず、その細かい粒子を走らせ続けるスピードで絶えず地肌が元から持つ香りと結び付き、やすり掛けをするように表面の密度を滑らかにならして封じてゆく。こうしてベースノートは地肌の体臭へとなり替わる。それと同時にその透明性をもってそれぞれの境界線を緩ませ、体臭を柔軟に姿を変える端正な香りへと解放する。

この特徴は香りやスピードに差はあるものの、同じくスキンフレグランスとされるドルセーの「M.A」やラボラトリオ・オルファティーボの「Need_U(ニードユー)」のベースノートにも見出すことができる。地肌の体臭に擬態する透明なベースノートに乗った「Need_U」の可変部はミネラル感を含んだマリンノートが担っており、体温の高いまろやかな皮膚の香りを思わせる。「M.A」のそれは「ANOTHER 13」のシャープな透明感と比べると一層肌の柔らかさと、それと擦れ合うシルクの布を想起させる質感であったと記憶している。

これは余談だが、同じLE LABOの東京をテーマにした東京の店舗限定販売商品の「GAIAC 10(ガイアック 10)」もまたスキンフレグランスとして認識される調香である。「GAIAC 10」、「ANOTHER 13」、先述の「Molecule 01」に関しても所謂ウッディ系にカテゴライズされている。日本人にとって身近な存在である木の乾いた質感が、日本人のある種の理想的な体臭になり得るというのも興味深い。

これは余談だが、同じLE LABOの東京をテーマにした東京の店舗限定販売商品の「GAIAC 10」もまたスキンフレグランスとして認識される調香である。「GAIAC 10」、「ANOTHER 13」、先述の「Molecule 01」に関しても所謂ウッディ系にカテゴライズされている。日本人にとって身近な存在である木の乾いた質感が、日本人のある種の理想的な体臭になり得るというのも興味深い。

隠される匂い、共有される匂い

ところで、スキンフレグランス以前にユニセックスでクリーンな体臭を押し出した香水といえば、カルバンクラインの「CK-one(シーケーワン)」がここ30年前後では名が知れているだろう。「CK-one」は若者の初めての香水体験や、共通の香りによるコミュニティへの帰属、つまり着用者が「同じ」香りを纏うことで「仲間」の証しを得る香りを目指している[5]

「CK-one」においてベースに配置されている清潔感のあるムスクは、トップ~ミドルの段階から、「ANOTHER 13」とは対照的に、上から下に降りてゆく動きを見せる。冒頭のイタリア地中海地方の柑橘のコロンめいた香りを、上から柔らかく肌へと押し付け一体化させてゆく。終始ムスクは湯あがりの蒸気のような透明さで四散するように香る。苦味のあるトップノートの柑橘やコロン的な香りに対してはスチームアイロンの蒸気めいた細かい粒子がそれらの間をくぐり抜け、緑茶やフルーツのほのかに熟したような有機的なコクを含んだ内側にこもる香りを、体温に乗せて肌とムスクの間で循環させる。
このように地肌との接地面が近い点は今日のスキンフレグランスと共通するが、体臭全てを上から覆い、その中で焚きしめることでフラットでクリーンな肌に矯正するような変化を見せる。

一方でスキンフレグランスのベースノートは上記の通り隠すと同時に、本来不変でありそれゆえに隠されてきた体臭をろ過し、選択された体臭を素材としてそれを可変である可能性として再構成してゆく。「CK-one」が目指したものが「みんな一緒になれる仲間の証」であるとすれば、スキンフレグランスは体臭を「何者にもなれる者」さらに言えば「何者になっても許される者の体臭」へと底上げしてゆく。どんなコミュニティであっても受け入れられる清潔で無垢な肌のベースノートを持つ者は、そのフィルターを通して香る自分らしさをもって「CK-one」の目指した「仲間」にも、「 N°5」の様な「パーソナルな誰か」にもなれる。

香水はその成立の当初から体臭を隠すことを目的として使用されてきた。
体臭の排除は衛生的な問題だけでなく、コミュニティにおいて異質な存在から仲間になる通過儀礼でもあった。また、動物的で野蛮な匂いを管理しコントロールすることは理性的で近代的な人間の象徴であり社会的優位性の証明でもあった。
スキンフレグランスは本来の体臭を書き換える点においてその香水の「隠す」文脈上にあるが、そこと対照的な人間の持つある種の臭み―たとえそれがまだまだ本来の体臭は隠されたままである「理想的な」臭みであっても―をあえて明らかにする要素を同居させることに成功した点は、現代における香水のひとつの変化ではないかと感じる。

香水を付けるとき、ことにその理由に他者が関わる時、外側から内側へと己のある種の臭みであるところのエスプリへと深くいざなうか、はたまたアピールとして要点を選択し内側から外側に発散させるのかを考える。会話と同じでどちらかだけを偏重しても成り立たず、同じ時間軸の中でそれらを意識的に選択してゆく事で匂いのコミュニケーションは深まってゆく。
スキンフレグランスの持つ「臭みを見せつつも最奥は明かされない」という香り方は、その匂いのコミュニケーションの両側面を端的に語っている様にも思えた。
透明であからさまな「隠す」行為から、それを暴き本当の臭みを探る欲望も生まれるのである。

スキンフレグランスに関する私の所感は以上だ。
ここからはお願いになるが、本稿を読んだ後香りについて興味を持った場合、所有する香水、あるいは気になっている香水を改めて嗅いでみてほしい。自分の肌の上でどんな化学反応を起こすのか、素材それぞれがどのような変化を見せてゆくのか。そこから感じる質感や動きはどんなものなのか。香水が纏うイメージを超えたその先の「香り」そのものに対する自らの表現について意識を向けてみてほしい。

今後、今よりも香水についての考察が増え、議論がさらに活発になればと願っている。

出展・補足
[1]『シャネルN°5の秘密』90,102-106
[2]主に店頭で聞くフレーズであるが、下記のようにサイトに表記されている場合もある。
https://noseshop.jp/products/136535903
https://dorsay.jp/collections/body/products/ma-body-fragrances
[3]表記の一例として下記が見られる。
https://www.lelabofragrances.com/another-13-463.html?size=50ml
https://www.laboratorioolfattivo.com/prodotto/need_u/
https://www.juliettehasagun.com/products/not-a-perfume-parfum
[4]Escentric Molecules https://www.escentric.com/pages/about-escentric-molecules
  『レアパフューム 21世紀の香水』125
[5]『世界の香水 神話になった65の名香』148-150

参考書籍
『匂いの哲学』晃洋書房 2015
『匂いの力』青弓社 1995
『香りの秘密と調香師の技 』白水社 2010
『世界の香水 神話になった65の名香』原書房 2013
『シャネルN°5の秘密』原書房 2011
『香水文化誌』八坂書房 2010

参考サイト
LE LABO https://www.lelabofragrances.jp/
fragrantica -「ANOTHER 13」データベース
https://www.fragrantica.com/perfume/Le-Labo/Another-13-10131.htm

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