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【リレーコラム】絣の経糸と緯糸がつなぐ世界と歴史〜インドからマリー=アントワネットを経て現代まで(江口久美)

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PROFILE|プロフィール
江口久美
江口久美

博士(工学)。一般社団法人九州オープンユニバーシティ研究部研究員。九州大学持続可能な社会のための決断科学センター特任助教。都市工学、デザイン学研究。主著に『パリの歴史的建造物保全(中央公論美術出版)』。共著に『蜘蛛の巣上の無明:インターネット時代の身心知の刷新にむけて(花鳥社)』、『〈キャラクター〉の大衆文化:伝承・芸能・世界(KADOKAWA)』、『映しと移ろい:文化伝播の器と蝕変の実相(花鳥社)』ほか。

ChatGPTにファッションとテクノロジーについて尋ねてみた

皆さんは、ファッションとテクノロジーというキーワードを聞いて、何を思い浮かべるだろうか? このテーマを扱っていく上で、まずは最新のテクノロジーであるChatGPTに、ファッションとテクノロジーというテーマで、何を思いつくか尋ねてみた。すると、「スマートウェア」「ファッションVR/AR」「柔軟なディスプレイ」「可動性のある素材」「スマートテキスタイル」「デジタルファッション」「持続可能なファッション」「ファッションデザインのAI支援」といった興味深い回答が返ってきた。一つ一つについての言及はここでは避けるが、これらに共通するのは、いずれも最新のテクノロジーや考え方で、近未来のファッションのあり方が実現されているという点だ。ファッションは、テクノロジーと共に進化を続けているといっても過言ではないだろう。
テクノロジーによりファッションが実現されることは近年の潮流のように思われるが、実は古くから継承されてきた伝統工芸においても、当時の最先端の「テクノロジー」が用いられ、現代まで継承されてきたテキスタイルがある。それが、絣(かすり)である。

絣とは何か・絣の技法

絣は、あまり耳馴染みがない単語かもしれない。もしかすると、実家に絣のモンペがあったという方もいらっしゃるかもしれない。絣は伝統工芸のテキスタイルで、掠れたように見える紋様が特徴である。かつてはその技法の美しさから交易品として世界に広まり、さまざまな地域で生産されるようになり、異なる地域・時代で絣の文化が花開いた。しかしながら、現代においては、ファストファッションの広がりと共に、世界的に衰退の危機に瀕しているテキスタイルである。
絣の表現を支える「テクノロジー」について説明したい。絣とは、「経(たて)糸か緯(よこ)糸、あるいは双方の糸を染め分けて絣糸(まだらに染めた糸)をつくり、この絣糸で柄をあらわしながら織り上げた」[1]平織のテキスタイルである。
久留米絣の織機。染め分けられた絣糸を織り上げていく。(下川織物��にて筆者撮影)
久留米絣の織機。染め分けられた絣糸を織り上げていく。(下川織物にて筆者撮影)
絣には、「経に絣糸を用いて文様をあらわす経絣、緯に絣糸をつかう緯絣、経緯の両方に絣糸を用いる経緯絣」[2]の3種がある。現在世界的には経絣が多く、経緯絣には高度な技術が必要とされるため、日本、インドネシア、インドなど限定された地域で生産されている[3]
久留米絣の経絣(筆者私物を筆者撮影)
久留米絣の経絣(筆者私物を筆者撮影)
久留米絣の緯絣(筆者私物を筆者撮影)
久留米絣の緯絣(筆者私物を筆者撮影)
久留米絣の経緯絣(筆者私物を筆者撮影)
久留米絣の経緯絣(筆者私物を筆者撮影)

絣の世界伝播

現在は伝統工芸として残っている絣だが、その起源は古く、8世紀頃にインドで発祥したと言われている[4]。インド・グジャラート州のパトラ(Patola)は絹織の経緯絣であり、近世の主要な交易品となった。絣は東西へと広がった。東南アジアへは、ヒンドゥー教や仏教の伝播等と共に広がり、現在でもインドネシアは絣のメッカとして知られており、現地では絣はイカット(Ikat)と呼ばれており、これが英語の呼称ともなっている。また、バリ島トゥガナン村にはグリンシン(Geringsing)と呼ばれる経緯絣が存在する。日本へは、15世紀頃にジャワ島から琉球に絣が伝わり、1798年頃、現在の福岡県筑後地方にあたる久留米藩の井上伝が藍染・木綿織の絣を考案し、これが全国へ広まった。日本の絣の三大産地としては、久留米、伊代、備後が知られている。
岡村吉右衛門の構成による世界の絣の伝播ルート想定図(藤本均、『絣の道』、毎日新聞社、(1984)を参考に筆者作成)
岡村吉右衛門の構成による世界の絣の伝播ルート想定図(藤本均、『絣の道』、毎日新聞社、(1984)を参考に筆者作成)
また、16世紀にスペイン人により、太平洋を横断する航路が発見され、フィリピン・マニラとメキシコ・アカプルコ間でガレオン船による交易が始まった。これにより、中米に絣がもたらされ、産地が形成されたと考えられている。メキシコの一大産地はメヒコ州テナンシンゴ・デ・デガジャドであり、現在でも経絣のショールであるレボソ(Rebozo)の生産が行われている。絣を指す言葉はハスペ(Jaspe)と言い、エンプンタドレス(Empuntadores)と呼ばれる女性が編むフリンジが大きな特徴である。しかしながら、コロナ禍による影響が大きく、ここ数年で生産が落ち込み、さらに職人がコロナで亡くなったことにより、生産ができなくなった紋様も存在している[5]
メキシコのレボソ(Rebozo Tenancingoにて筆者撮影)
メキシコのレボソ(Rebozo Tenancingoにて筆者撮影)
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