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【リレーコラム】魔女と蜘蛛とサイボーグ(まどかしとね)

PROFILE|プロフィール
まどかしとね
まどかしとね

ウィッチクラフトの実践者・円香と野良のダナ・ハラウェイ研究者・逆卷しとねのキメラにしてスパイラル・ダンスの実践例。

どちらもスパイラル・ダンスのなかに拘束されているが、わたしは女神よりはサイボーグでありたい。[1]

今日、わたしたちが魔女という言葉から連想するのはどのようなイメージ、物語でしょうか。魔女狩り、マレフィキウム[2]、民間の医療家、美魔女? それとも羽の生えた恐ろしい怪鳥? あるいは、森に住む自立した賢い女性の姿でしょうか? 魔女は人々の望みやおそれが投影されるスクリーンの役割を果たしてきました。
とりわけ初期近代に宗教的異端者やハンセン病患者、ユダヤ人に対する蔑み・恐れが「魔女狩り」と呼ばれる大量殺戮を引き起こしたことは知られています。その被害者の多くが女性でした。女性の大量虐殺、いわゆる「フェミサイド」としての側面も、魔女のイメージを語る上では避けては通れません。
また、現代の魔女イメージは、産業革命の時代に流行したロマン主義と呼ばれる文化運動の影響も受けています。男性の領域とされていた科学や合理性、理性から外れる、主観性、感情、反抗、自然という女性に特権的だとされる要素を評価するロマン主義の影響のもと、男を誘惑し破滅に導く「ファム・ファタール(宿命の女)」のようなロマンティックな魔女像が19世紀に創造され、この魔女像は現在にも引き継がれています。
1950年代には、以上のような虚実ないまぜの魔女のイメージを寄せ集めながら魔女術を実践する、現代魔女術復興運動と呼ばれる新潮流が欧米に発生しました。この運動は、新異教主義運動と呼ばれる前キリスト教的な自然崇拝や多神教、アニミズム、シャーマニズムなどが混合した霊性運動のなかでもとりわけ大きな勢力として知られています。なかでも現代魔女宗「ウィッカ」は、キリスト教世界に対するオルタナティブな文化、カウンターカルチャーとして欧米で強い影響力を誇りました。
現代魔女術復興運動はおおまかな枠組みを共有しつつもさまざまな流派に分岐し、実践の水準に至ると一人一派といわれるほど多様であり、一概に語ることはとてもできません。現在ではソロで活動しているソロ魔女も多く、日本でも密かに広がりを見せています。
新しい魔女のイメージはポップカルチャーやファッションのなかにも見られます。CHANELは祖母の記憶につながる幻視的な映像作品『JellyWolf』(2017)を発表。DIORはタロットカードをモチーフにしたコレクションを近年出しており、Gucciのクルーズコレクション(2019)では魔術的実験映像で知られる映画監督のケネス・アンガーが有角神のスウェットシャツを着用しています。サンローランはギャスパー・ノエ監督を起用して魔女映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』(2019)を制作しました。
このように多くのハイブランドが、魔女や異教主義のイメージをファッションに取り入れています。日本では、2022年にはフランスで大ヒットしていたモナ・ショレの『魔女 女性たちの不屈の力』が翻訳され、映画の世界では『ミッドサマー』、『ノースマン 導かれし復讐者』、『女神の継承』などのフォークホラーが人気を博しています。新しい魔女や女神のイメージはますますポップ化し、異教主義の世界はフィクションの世界を通して案外身近になってきているのかもしれません。
ポップカルチャーの影響によって魔女に親しみを感じるようになった人も多いでしょう。しかし現代の魔女たちの魔術は決して現実離れしたファンタジーにとどまるものではありません。特に80年代、多くの人たちを驚嘆させた、反核・反戦を趣旨とした魔女の編み物運動(Witch-Weaving)は、女性たちが世界最大の軍産複合体を封じ込めようとした類い稀な政治的アクションとして知られています。
現代魔女術の動向とは無関係ながら、1968年ニューヨークのウォール街に、反抗、知識、独立、女性の力のシンボルとして魔女を用いたラディカル・フェミニストたち「地獄からの女性国際テロリスト陰謀団」(W.I.T.C.H.)が出現し、翌日のダウ平均株価は急落しました。この運動は後に現代魔女術を実践するフェミニスト魔女たちにも影響を与えたと考えられています。このように魔女のイメージは現実を変える政治にも波及しています。
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