神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。博士(学術)。専門は社会学、カルチュラル・スタディーズ、ストリートダンス文化。最近は五輪によるブレイクダンスの「スポーツ化」問題に関心を持ちつつ、他方ではポストコロニアルな視座から日本と台湾の野球文化交流とその関係性に着目。主要論文に“Japanese street dance culture in manga and anime: Hip hop transcription in Samurai Champloo and Tokyo Tribe-2”, EAJPC 7(1)、「忘れられた台湾野球の名誉と台湾人アイデンティティ-を取り戻す」『年報カルチュラル・スタディーズ』第3号(航思社、2015、英文映画評)などがある。
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ヒップホップの文化的表現がハイブランドの商品製作を巻き込み、その商品の生産にまで拡散し、「ファッション表現」を増幅し刷新することについて話をしていく。[1]その話は、一見すると経済格差や(人種)差別などと闘ってきたカウンターカルチャーであるヒップホップの文化的要素が(白人富裕層の)ハイブランドのデザイナーたちに流用されたようにしか見えない。
しかし、ヒップホップ文化とハイブランドとの触れ合い(コンタクト)を検証していくと、両者のエートス(特質や精神)の衝突した表現がシンクロナイズすることによって、互いが互いを増幅していく傾向が示されている。その傾向を踏まえると、ハイブランド商品の生産とその流通が成り立つことは、それがヒップホップ拡散の力学を生かした結果である。[2]つまり、ハイブランドの経営者たちはヒップホップに借りを作ったといえる。
いきなり抽象的な話だったが、ヒップホップやストリートカルチャーがハイブランド界に拡散した事例はしばしば見られる。たとえばイタリアン・ファッション・ハウスのGUCCI(グッチ)が創立90周年(2011年)に日本のメディコム・トイ社に依頼して記念品として製作されたBE@RBRICK(ベアブリック)は話題になった。それは400%サイズで光沢のあるブラックカラーにグッチのアイコニックなロゴを身にまとったものだった(図1)。
ヒップホップ文化の愛好者、ストリート・カルチャー好きにとって、もしこのベアブリックのコラボが販売されるなら、それは必ず購入すべき商品であっただろう。しかし残念なことに、この記念品がプレスリリースされてからというもの、発売情報は一切入ってこなかった。
一般販売されなかったからといってグッチとコラボしたベアブリックのような商品は人気がないわけではない。Supreme(シュプリーム)、LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)、ベアブリックといったキーワードでグーグル検索してみると、ベアブリックが全身シュプリームを代表する赤色に染められ、ルイ・ヴィトンのロゴとシュプリームのボックスロゴに包まれたいろいろなパターンの写真が表示される。だが、グッチとベアブリックのコラボとは異なり、メディコム・トイなど関連する会社の公式サイトではこの商品は一切検索結果に出てくることはなく、マスコミによる報道もなかった。これらは「パクリ」もの、もしくは「ばったもん」というより、むしろ「パロディー商品」だと考えられるが、このような商品はかなり人気があるようだ。
なぜ、このようなパロディー商品が人口に膾炙しているのだろうか? それはスケーターのみならず、ストリートカルチャー好きに大人気のシュプリームが製作したルイ・ヴィトンのパロディー商品が売れ筋だったからである。ところが、2000年頃に製作されたルイ・ヴィトンのパロディー商品は裁判沙汰になり、消費者がシュプリームから購入した商品も回収の対象となる事態にまで発展した。17年後、老舗のルイ・ヴィトンが「幅広い世代に愛されたい」という理由でシュプリームと正式にコラボすることになり、赤色のヴィトンボックスロゴが国内外の芸能人、セレブないしストリートカルチャーのヘッズに愛用されるようになった。[3][4]
近年、国内外のハイブランドがヒップホップの要素や表現を流用して商品を生産する事例は、シュプリームとルイ・ヴィトンや、ベアブリックとその他のハイブランドとのコラボにとどまらない。たとえば2022年末に発売されたMCM×BE@RBRICKのほか、高額なファッション・ストリートウエアの事例としては、2019年12月、ルイ・ヴィトンのメンズウエアのアートディレクターである故Virgil Abloh(ヴァージル・アブロー)が、日本人ストリートウエアデザイナーであるNigo(ニゴー)とコラボしたことが特に注目された。[5]
そして、2020年6月、アブローとNigoのコラボによって誕生した「ルイ・ヴィトン LV スクエアード コレクション」第1弾では、ルイ・ヴィトンのアイコニックなバッグのフォルムを起用したバッグやウエアなどがリリースされた。それは、かつての高級婦人服ブランドが「保守主義」を手放し、21世紀の「マルチカルチュラル、グローバルで、権威にとらわれず、何よりも怖いもの知らずな」ストリートカルチャーとシンクロナイズした証拠だといわれ、好評を博した。[6]
アブローによるルイ・ヴィトンのブランドイメージの刷新は、老舗のハイブランド会社がストリートで高く評価されたデザイナーを起用したから成功したわけではない。それはむしろ老舗ハイブランドのルイ・ヴィトンが自らその可能性を見つめ直し、「仕立て直した」姿勢でハイブランドのヒップホップウエアを提案することができた点にある。
他方、2021年にBalenciaga(バレンシアガ)が発売したボクサーパンツがのぞいているように見えるスウェットパンツは、アブローとNigoによるルイ・ヴィトンのように人気を集められず、世間から「文化の盗用」だと、ごうごうたる批判にさらされた。バレンシアガがこの厳しい非難を受けたきっかけは、TikTokユーザー@mr200m__が店舗で撮影した動画をネットにアップロードし、とある顧客が「これはレイシストだ!」と指摘し、炎上したことだった。具体的には、動画に映っているグレーのスウェットパンツの腰の位置にあたる、赤色のボクサーパンツに見える部分の「サギング」(sagging、いわゆる腰パン)デザイン(図2)が問題点であった。
このサギングはヒップホップ美学の一つである90年代のスケーターやヒップホップ歌手によって流行したウエアスタイルで、ズボンとりわけジーンズやスウェットパンツをずり下げ、腰のあたりに下着を露出させる履き方である。サギングは「黒人男性を犯罪と結びつけるのにも利用されてきた」と、黒人文化の専門家であるMarquita Gammage(マーキタ・ギャメージ)はCNNのインタヴューで述べている。サギングでズボンを履く黒人男性は「悪党で、米国社会への脅威とみなされた」。しかしながら、「バレンシアガのような企業が黒人と黒人の文化的スタイルを利用しようとする。その一方で黒人と黒人の服装を犯罪に結びつける構造的な人種差別には異を唱えようとしない」。[7]
つまり、バレンシアガのスウェットパンツ商品におけるサギングの「流用・盗用」行為は、ヒップホップ文化の形成過程で、その担い手たちが闘ってきた人種差別などの社会問題を無視し、ヒップホップへのリスペクトを欠いたものだといえる。
そのような「文化の盗用」を捨て置いてはならない。なぜなら、ハイブランド商品がヒップホップの文化的表現の裏側に刻まれた歴史、記憶、意義を無視して、ヒップホップ美学を無断で流用することが許されるならば、ヒップホップはメインストリームに躍り出る過程で、その抑圧に抵抗する姿勢を失ってしまったという汚名をかぶせられることになるからだ。だとすれば、いったいどのような「利用」が正当性のある「文化の借用」といえるだろうか? ヒップホップの文化的表現を刷新・増幅する手段としての「サンプリング」(カット&ミックス)は正当な「転用」なのか? これらの問題を再考する必要がある。
異文化のもの、その要素や概念などを借りて、新しくてクリエイティヴな「もの」や表現を生産すること自体には問題がないはずだ。 作家のLauren Michele Jackson(ローレン・ミシェル・ジャクソン)によると、むしろヒップホップ文化は「世代や文化、人種、国を超えた文化的借用、混合、同化の形態から生まれた」カウンターカルチャーだといえる。[8]ジャクソンは、「文化的借用」について、「それ自体は、大きな悪ではありません。止められないし、防げないし、闘えないものなのです。人々が生き、呼吸し、話し、ものを作り、創造している限り、[文化的]借用[行為]は起こるでしょうし、起こるべきです。アートはそうやって進化していくのです」と補足した。
ジャクソンがヒップホップ文化形成の事例を挙げて述べた「文化的借用」への見解は、イギリスの文化理論家Stuart Hall(スチュアート・ホール)が主張した「西洋世界とその残余」(the West and the Rest)という概念にも裏付けられている。ホールによれば、ヨーロッパ中心の西洋世界が成り立つためには、それ自体が他の地域の異文化と「コンタクト」しなければならない。[9]しかし、多くの場合、文化の間の「差異」は明らかに察することができないものであるため、私たちには、時として両極的に対立する「明瞭で明確なコンセプト」が必要になる。[10]
ホールにとって、「このような『二項対立』は、すべての言語・象徴体系、そして意味の生成自体のもとである」。[11]「文化的借用」行為そのものが異文化間のコンタクトの結果であることを鑑みれば、ヒップホップの基盤と思われる黒人の表現文化も、アフリカ大陸各地からアメリカ大陸へ拉致され、奴隷として扱われていた異なる生活経験を持っていた黒人たちが、コンタクトしつつ互いの身体的・非身体的表現を借用しあうことによって、ハイブリディティー(異種混雑)を示す文化とその意味を作り出した結果だといえる。このような黒人の表現文化は70年代のアメリカにおける黒人青年たちの主導のもと、ラテン系アメリカ人、中華系アメリカ人の青年たちも集結したアートムーヴメントによって刷新され、ヒップホップ文化として成立した。
80年代以降、ヒップホップ文化はアメリカ国外へと拡散していき、さらに異文化の表現と出会うこととなった。ヒップホップの文化形成とその拡散プロセスは現在に至るまで続いており、異文化の表現を借用したりすることによって、それらの表現とシンクロナイズしていく傾向が見られる。
ヒップホップが異文化の表現を借用しがちな特徴を持っていることは、これから説明していく「コール&レスポンス」というコミュニケイティヴな音楽構造がその基盤にあるからだといえる。しかし、このような異文化間のコンタクトによる「文化的借用」が妥当か否かを判定する際に、私たちは、必ず「我らのヒップホップ文化」、「彼らのハイブランドファッション」と言明させられ、集団的に分断させられ、どちらか一方を擁護させられる局面を迎えざるを得ない。これは社会科学分野でよく見受けられる誤謬(common errors)だと思想家のCharles Taylor(チャールズ・テイラー)によって指摘されている。[12]前述した事例、特にバレンシアガのスウェットパンツがヒップホップのウエアスタイルを無断で盗用したことに対する批判はテイラーの議論に従えば、「我ら」のヒップホップ文化を中心とした言説にすぎない。
ヒップホップのアート表現とハイブランドのファッション表現はテイラーの言葉でいうところの「明晰的対比」(perspicuous contrast)になっている。そこでバレンシアガの事例を生かして、テイラーの「明晰的対比」の理論と彼の主張をさらに説明していきたい。まず、バレンシアガの「文化的借用」が失敗した理由は、ハイブランドが「サギング」の自己定義に配慮せず、自らの解釈が「中庸(ニュートラル)」だと思い込んでそのウエアスタイルを再現しようとしたことにある。だが、たとえ商品の生産側であるバレンシアガがヒップホップのウエアスタイルを究極の真剣さで受け止めたとしても、今度はヒップホップ文化に頼りすぎた商品をリリースしかねず、結局「それは盗用だ」と批判される可能性がある。
これらの過ちを避けるためには、テイラーの提唱した「明晰的対比の言葉」が役に立つであろう。「明晰的対比の言葉」とは、対立する二つの異なるグループの人々が、互いを理解するために、二つの言葉を融合する、というものではない。そうではなく、この概念の核心はそれぞれが自らの自己定義に挑戦し、それぞれの表現を拡張していくプロセスとその結果が求められていることにある。[13]この意味で異文化間のコンタクトにおいては、単なる「一方通行」というより、むしろ増幅した「ツーウェイ」の理解が要求され、互いに自分を見つめ直して自己理解の能力を高めることによって相手を理解することが極めて大事だとされる。[14]
前述した通り、異文化との触れ合いにおいて、ヒップホップはよく自己理解の能力を見直して引き上げたり、その表現の仕方を刷新したりして、巧妙に相手の文化的表現とシンクロナイズし、その表現を増幅したヒップホップの言葉で解釈し転写していく。このような一連の解釈・転写・伝たちのプロセスが可能なのは、「コール&レスポンス」がヒップホップ、すなわち大西洋岸各地に四散した黒人の言語・非言語表現から発展してきた文化の基盤に組み込まれているからである。ヒップホップのような黒人の表現文化における「コール&レスポンス」は、「音楽から他の文化表現様式への架け橋」と考えられてきた構造である。[15]そして、それは繰り返される「ギヴ&テイク」のやりとりのように、文化表現を増幅していく。
このことはヒップホップダンスシーンにおける「コール&レスポンス」のあり方を考えれば、わかりやすいだろう。たとえば、とあるヒップホップダンスシーンで、DJがターンテーブルとサウンドシステムを通じて、音楽やあらかじめ作っておいたビートをかける。そしてその場にいるダンサーたちがDJによるコールにレスポンスして踊り出す。ダンサーたちのレスポンス(身体の動き)がまたコールになり、DJや他のダンサーがさらにそれに対してレスポンスしていくような繰り返されるループが「コール&レスポンス」だ。もちろん、コールに反応しないこともレスポンスの一つである。誤ったレスポンスをすることも許されるが、次のレスポンスが必ず来ることは保証されてない。このように試行錯誤を重ねて、「コール&レスポンス」構造に基づいたヒップホップは、変幻自在の美学的ルールをもたらした。
黒人の表現文化の研究者Paul Gilroy(ポール・ギルロイ)によると、ヒップホップ文化を支配する美学的ルールは、「救済的な借用と組み換えの弁証法に基づいている」。[16]それは、模倣と繰り返しを重ね、価値のあるものを取り込む「サンプリング」、いわゆる「カット&ミックス」という技法であり、よくラップの歌詞にも採用されている。具体例として、アメリカのヒップホップグループであるウータン・クランは、ヒップホップ世代に大人気のカンフー映画のシーンやセリフをサンプリングして「Intro(Shaolin Finger Jab)/ Chamber Music」(2000)を作詞した。
I must tell you that the Clan is a danger to the public […]. But still for many men just to hear of the name fills them with hate and loathing. / But why? They’ve never harmed anyone. / I’m afraid they did, in the past […]. / There’s something that I would like you to do. First, I’ll tell you about their styles, the poison clan techniques, the five main styles […] / Shaolin finger jab! […]
カンフー映画のセリフをサンプリングする理由を、メンバーのRZAは、数名のウータン・クランのメンバーはかつて刑務所に入れられた経験があるため、「みんなは俺らのこと怖がっていた」からだという。[17]前述のように、ヒップホップは社会的不平等、経済的不均衡、人種差別などの問題背景のなかで、社会運動、アートムーヴメントにより生まれた文化である。70年代のカンフー映画の表象において、武術を学べば悪の勢力を倒せるというメッセージ、特にブルース・リーが白人の悪役を倒したシーンは当時の青年たちに希望を与えた。カンフーがヒップホップ実践者たちの思考を変えた。それはRZAのようなラッパーたちの「武器」となり、彼ら彼女らが直面している逆境に立ち向かうための力になった。
ウータン・クランがカンフー映画のセリフを「カット&ミックス」して歌詞を構成した事例は、まさにヒップホップが異文化から表現を「借用」した証拠である。このような借用により、いわゆるヒップホップ精神が構築され、ヒップホップが伝えたいメッセージも増幅された。それは決してヒップホップ文化にのみメリットをもたらしたわけではない。たとえばジェット・リーが出演したAndrzej Bartkowiak(アンジェイ・バートコウィアク)監督の「ヒップ・チョップ」映画『ロミオ・マスト・ダイ』(2000)はその逆の事例だといえるだろう。[18]
グローバル化により、映画『ロミオ・マスト・ダイ』のようなヒップホップ要素を借用して生産されたメディア・商品が増えてきた。この現象はヒップホップを分断し、そのメインストリームに近づく側とアンダーグラウンドでエートスを固守しようとする側の両極化を加速していくと考えられる。特に近年、ハイブランドがヒップホップのウエアスタイルに接近するようになった。雑誌Paperの編集長Mickey Boardman(ミッキー・ブロードマン)は、たとえばハイブランドがヒップホップ風の商品を生産することに対して次のように語っている。「[ハイブランド側の人たちは]お金持ちでありかつヒップホップのファンであるメインストリームの消費者がいることがわかったのでしょう。結局、そういう人たちがバッグを買ったり、服を買ったりしているのであれば、それと折り合いをつけて生きていくしかないんです」。[19]財力で地位を手にした者の考えのように思えるが、ブロードマンのコメントは根拠のない話ではない。
90年代から、著名なヒップヒップアーティストである50 Cent(50セント)、Jay Z(ジェイ・Z)、Pharrell Williams(ファレル・ウィリアムス)などは、よくラップの歌詞でルイ・ヴィトンについて言及していた。たとえば、Jay Zは「Jockin’ Jay-Z」(2008)で、「I’m some ghetto chic / I’m where the hood and high fashion meet / Ooh-wee, I’m like the camouflage Louis」とラップした。このラップの歌詞のように、ストリート文化がハイブランド・ファッションと「出会」(meet)って以来、ラッパーのみならず、ストリートダンサーもヒップホップ好きもハイブランドのヒップホップウエアを着用して、個人のスタイルやその「ファッション」の好みを示す傾向が見られている。
また、ファレルのようなアメリカの著名なラッパーだけでなく、世界中の注目に値するヒップホップ実践者の多くも、ハイブランドとコラボし、商品のデザイン・チームに加わったり、ハイブランドのプロモーションイベントに出演したりする。たとえば、唯一のアジア出身者として国際ダンススポーツ連盟の顧問に任命されたブレイクダンサーB-Boy柏均も、個人のブログ、FacebookとInstagramでストリート系とハイブランドのウエアを着用した写真や動画をシェアしている(図3)。このような事例には賛否両論があるが、ヒップホップ美学であるストリートスタイルとハイブランド・ファッションがシンクロナイズしていることは紛れもない事実だ。
このことをヒップホップ文化が資本主義的なメインストリームのマスコミやハイブランドに乗っ取られたと批判する声もあるだろうが、反対にヒップホップ美学が(ハイ)ブランド商品をサンプリングして、その文化表現を刷新したとも考えられる。アメリカの音楽研究者であるJoseph Schloss(ジョセフ・シュロス)はB-boyたちの服装美学を考察し、B-boyたちが「彼らの自己イメージを表現するもう一つの方法は、服装の選択である。B-boyの[ウエア]スタイルはアスレチックな機能性とアーティスティックな創造性を兼ね備える」ことを明らかにした。[20]
ヒップホップのウエアスタイルとそのチョイスは、単に服や靴、ズボンやバッグを購入して着用するだけではない。コーディネートの決める際はそのヒップホップ実践者のファッションに対する知識やセンスなどが求められる。ヒップホップ実践者の間では、Jay Zのように(ルイ・ヴィトンのカムフラージュ・パターンの)バッグや服を着用することによって、ファッションの知識、個人のスタイル、コーデのセンスを表現することが望ましいとされているので、似合わないもの、価値のないもの、機能性が低いもの、クリエイティヴでないものをあえて身に付けることもないだろう。
その一方で、ハイブランドも消費者であるヒップホップ実践者を満足させるために、ヒップホップウエアを製作する際、よりヒップホップにリスペクトを払い、ヒップホップから借用した文化要素をクリエイティヴなかたちで生産するだろう。「コール&レスポンス」による「サンプリング」というアイデアをヒントに、ヒップホップ美学とハイブランドファッションとのコンタクトを、互いにとって創造性的で刺激のあるものにせねばなるまい。
[1]ヒップホップ文化とその定義に関しては、Joseph Schloss(ジョセフ・シュロス)が著書Foundation: B-boys, B-girls and Hip-Hop Culture in New York(2009、未邦訳)において、ダンスと音楽の関係性から、ニューヨーク・ブロンクスにおけるヒップホップ文化について詳しく調査している。だが、一般的にヒップホップ文化とは、60年代アメリカの市民運動の余韻で、対抗文化としてアメリカ各地において展開したアートムーヴメントの波がニューヨーク市ブロンクス区にて集結し、主に黒人の青年たちによって実践された多様な文化的表現の総称である。その文化要素には、たとえばラップ(MC)、DJ、ブレイクダンスとグラフィティアートといったアートフォームが含まれている。シュロス(2009: 5)によれば、「ヒップホップ」という言葉は「ラップ」、または「ヒップホップ音楽」の代名詞として頻繁に用いられる。しかしながら、ヒップホップ文化の音楽的表現は「ヒップホップ」のみならず、ジャズ、ソウル、ファンク、ロック、レゲエないしテクノなども包含する。そのダンスジャンルもブレイクダンスにとどまらず、音楽ジャンルによって異なる名称が存在する。そのため、アメリカ本土以外、たとえば日本では「ストリートダンス」というより包括的言葉でその豊かなダンスジャンルを呼ぶ。いずれにせよ、前述したヒップホップの文化要素もすべて、スケートボーディングのように、ストリートカルチャーの一部と見なすことができるため、便宜上で本記事は「ヒップホップ(文化)=ストリートカルチャー」という狭めた見識で論述していく。
[2]本記事の一部の論点は、筆者の博士論文より抜粋されたものである。
[3]この一連の出来事については、ブランド古着・アクセサリー買取販売の専門店であるBRINGの編集部が執筆した記事(https://kaitorisatei.info/bwn/supreme-louisvuitton)やGQの英文記事(https://www.gq.com/story/supreme-louis-vuitton-collaboration-2017)が詳しい。2023年1月26日閲覧。
[4]本来「ヘッズ」とは、ヒップホップコミュニティー内で特にヒップホップ音楽に熱中している人を指すスラングであった。しかし、ダンスやグラフィティーなど、音楽に限らないヒップホップアートの実践者とその賞賛者も、広義の意味でのストリートカルチャー好きとして「ヘッズ」と呼ばれる。
[5]2018年3月25日、故ヴァージル・アブローは黒人として初めてルイ・ヴィトンのメンズウエアのクリエイティブディレクターに指名された。アブローはストリート系ファッションブランドOff -White(オフホワイト)の創業者であり、世界的に著名なストリートウエアデザイナーであった。Nigoは、日本のライフスタイルブランド、HUMAN MADE(ヒューマンメイド)の創業者兼デザイナーであり、ファッションブランド、A BATHING APE(ア・ベイシング・エイプ)創業者でもある。
[6]Jamie Weiss, “Louis Vuitton Virgil Nigo Collaboration,” DMARGE, June 29, 2020, accessed January 27, 2023, https://www.dmarge.com/louis-vuitton-abloh-nigo. 和訳は筆者による。以下、特に明記しない限り、英文献の和訳はすべて筆者による。
[7]Quoted in Fernando Alfonso III, “Fashion designer called out for cultural appropriation over its $1,190 pants”, CNN, September14, 2021, accessed January 27, 2023, https://edition.cnn.com/style/article/balenciaga-boxer-sweatpants-racism-tiktok-cultural-appropriation/index.html. 引用は日本語版のサイト(https://www.cnn.co.jp/style/fashion/35176661.html、最終閲覧日2023年1月27日)より。
[8]Quoted in Miss Rosen, “Cultural appropriation is bad, but we wouldn’t have hip hop without it,” Document Journal, March 6, 2020, accessed January 27, 2023, https://www.documentjournal.com/2020/03/cultural-appropriation-is-bad-but-we-wouldnt-have-hip-hop-without-it/.
[9]Stuart Hall, “The West and the Rest: Discourse and Power”, in Essential Essays / Stuart Hall, vol. 2, ed. David Morley(Durham: Duke University Press, [1992] 2019), 144-145.
[10]Ibid., 145.
[11]Ibid.
[12]Charles Taylor, “Understanding and ethnocentricity,” in Philosophical Papers: Philosophy and the Human Sciences, vol. 2, ed. Charles Taylor(Cambridge: Cambridge University Press, 1985), 123.
[13]Ibid., 125.
[14]テイラーの概念を理解することはかなり難しいが、ヒップホップと日本の漫画・アニメがコンタクトし、漫画・アニメがいかにストリートダンスの身体表現を転写したのか、そしてヒップホップがいかに漫画・アニメとシンクロナイズしていったのかを解剖した筆者の論文Po-Lung Huang, “Japanese Street Dance Culture in Manga and Anime: Hip Hop Transcription in Samurai Champloo and Tokyo Tribe-2,” East Asian Journal of Popular Culture 7, no.1(2021): 61-79, doi: 10.1386/eapc_00039_1を参考されたい。
[15]Paul Gilroy, The Black Atlantic: Modernity and Double Consciousness(Cambridge: Harvard University Press, 1993), 78. 邦訳に、上野俊哉、毛利嘉孝、鈴木慎一郎訳『ブラック・アトランティック-近代性と二重意識-』月曜社、2006年、があるが、本稿との関連でより重要な部分を強調するため、英語版からの私訳した表現に変更させていただいたことを、この場を借りてお断りしておきたい。
[16]Paul Gilroy, The Black Atlantic, 103-104.
[17]Quoted in Steven Leckart, “Wu-Tang Clan’s RZA Breaks Down His Kung Fu Samples by Film and Song: Kung-fu’s Influence on Hip Hop,” WIRED, October 23, 2007, accessed February 7, 2023, https://www.wired.com/2007/10/pl-music/.
[18]「ヒップ・チョップ」とは、ヒップ・ホップと「チョップ・ソッキー」(chop-socky、60年代から70年代にかける香港や台湾のカンフー映画)を組み合わせた映画を指す英語の俗称。
[19]Quoted in Zandile Blay, “How the Luxury Industry Finally Learned to Stop Worrying and Love Hip-Hop,” Robb Report, October 1, 2022, accessed January 27, 2023, https://robbreport.com/lifestyle/news/how-hip-hop-won-over-the-luxury-industry-1234752018/.
[20]Joseph G. Schloss, Foundation: B-boys, B-girls and Hip-Hop Culture in New York(New York: Oxford University Press, 2009), 78.