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【リレーコラム】ハイブランド界でファッション表現を増幅し刷新するヒップホップ文化(黄柏瀧)

PROFILE|プロフィール
黄柏瀧
黄柏瀧

神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。博士(学術)。専門は社会学、カルチュラル・スタディーズ、ストリートダンス文化。最近は五輪によるブレイクダンスの「スポーツ化」問題に関心を持ちつつ、他方ではポストコロニアルな視座から日本と台湾の野球文化交流とその関係性に着目。主要論文に“Japanese street dance culture in manga and anime: Hip hop transcription in Samurai Champloo and Tokyo Tribe-2”, EAJPC 7(1)、「忘れられた台湾野球の名誉と台湾人アイデンティティ-を取り戻す」『年報カルチュラル・スタディーズ』第3号(航思社、2015、英文映画評)などがある。
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ヒップホップの文化的表現がハイブランドの商品製作を巻き込み、その商品の生産にまで拡散し、「ファッション表現」を増幅し刷新することについて話をしていく。[1]その話は、一見すると経済格差や(人種)差別などと闘ってきたカウンターカルチャーであるヒップホップの文化的要素が(白人富裕層の)ハイブランドのデザイナーたちに流用されたようにしか見えない。
しかし、ヒップホップ文化とハイブランドとの触れ合い(コンタクト)を検証していくと、両者のエートス(特質や精神)の衝突した表現がシンクロナイズすることによって、互いが互いを増幅していく傾向が示されている。その傾向を踏まえると、ハイブランド商品の生産とその流通が成り立つことは、それがヒップホップ拡散の力学を生かした結果である。[2]つまり、ハイブランドの経営者たちはヒップホップに借りを作ったといえる。

ハイブランド界に拡散するヒップホップ

いきなり抽象的な話だったが、ヒップホップやストリートカルチャーがハイブランド界に拡散した事例はしばしば見られる。たとえばイタリアン・ファッション・ハウスのGUCCI(グッチ)が創立90周年(2011年)に日本のメディコム・トイ社に依頼して記念品として製作されたBE@RBRICK(ベアブリック)は話題になった。それは400%サイズで光沢のあるブラックカラーにグッチのアイコニックなロゴを身にまとったものだった(図1)。
ヒップホップ文化の愛好者、ストリート・カルチャー好きにとって、もしこのベアブリックのコラボが販売されるなら、それは必ず購入すべき商品であっただろう。しかし残念なことに、この記念品がプレスリリースされてからというもの、発売情報は一切入ってこなかった。
図1:グッチ90周年に記念品として製作されたベアブリック。写真出典:Hypebeast
図1:グッチ90周年に記念品として製作されたベアブリック。写真出典:Hypebeast
一般販売されなかったからといってグッチとコラボしたベアブリックのような商品は人気がないわけではない。Supreme(シュプリーム)、LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)、ベアブリックといったキーワードでグーグル検索してみると、ベアブリックが全身シュプリームを代表する赤色に染められ、ルイ・ヴィトンのロゴとシュプリームのボックスロゴに包まれたいろいろなパターンの写真が表示される。だが、グッチとベアブリックのコラボとは異なり、メディコム・トイなど関連する会社の公式サイトではこの商品は一切検索結果に出てくることはなく、マスコミによる報道もなかった。これらは「パクリ」もの、もしくは「ばったもん」というより、むしろ「パロディー商品」だと考えられるが、このような商品はかなり人気があるようだ。
なぜ、このようなパロディー商品が人口に膾炙しているのだろうか? それはスケーターのみならず、ストリートカルチャー好きに大人気のシュプリームが製作したルイ・ヴィトンのパロディー商品が売れ筋だったからである。ところが、2000年頃に製作されたルイ・ヴィトンのパロディー商品は裁判沙汰になり、消費者がシュプリームから購入した商品も回収の対象となる事態にまで発展した。17年後、老舗のルイ・ヴィトンが「幅広い世代に愛されたい」という理由でシュプリームと正式にコラボすることになり、赤色のヴィトンボックスロゴが国内外の芸能人、セレブないしストリートカルチャーのヘッズに愛用されるようになった。[3][4]
近年、国内外のハイブランドがヒップホップの要素や表現を流用して商品を生産する事例は、シュプリームとルイ・ヴィトンや、ベアブリックとその他のハイブランドとのコラボにとどまらない。たとえば2022年末に発売されたMCM×BE@RBRICKのほか、高額なファッション・ストリートウエアの事例としては、2019年12月、ルイ・ヴィトンのメンズウエアのアートディレクターである故Virgil Abloh(ヴァージル・アブロー)が、日本人ストリートウエアデザイナーであるNigo(ニゴー)とコラボしたことが特に注目された。[5]
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