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【連載】ものと人のための補助線 #01:建築の香水

PROFILE|プロフィール
角尾舞 / デザインライター
角尾舞 / デザインライター

慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、2012年から16年までデザインエンジニアの山中俊治氏のアシスタントを務める。その後、スコットランドに1年間滞在し、現在はフリーランスとして活動中。
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、「日経デザイン」などメディアへの執筆のほか、展覧会の構成やコピーライティングなどを手がけている。
主な仕事に東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」(国立新美術館·2018年)の構成、「虫展―デザインのお手本」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年)のテキスト執筆など。
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人がふれる香りには大きく二種類ある。一つは人がまとうもの。もう一つは空間に漂うもの。ガブリエル・シャネルが香水を忘れ得ないアクセサリーに例えたように、香水が嗅覚に訴えるためのファッションだとするならば、今回の展示で提案された香りは空間デザインに属している。
先日「ARCHITECTURE × SCENTING DESIGN 建築のための香り展」という展覧会に行った。建築家自身が、自分の関わった建築のための香りをつくるとしたら?という企画である。6組の建築家が、6つの建築のための香りを提案した。
ちなみにこの文章を書きはじめて気づいたのだけれど、「空間につける香り」の総称にあたる単語が見当たらない。アロマオイルやお香など、一つひとつにはもちろん名称があるが、エリック・サティが名付けた「家具の音楽」や、現代の「アンビエントミュージック」のような単語はなさそうだ。強いて言うならルームフレグランスだろうけれど、今回の場合はルームとは呼べない規模に向けたものである。スペースフレグランスとでも呼べばいいのだろうか。今回の展覧会の主催であるアットアロマ社は、空間のための香りづくりを「センティングデザイン」と呼んでいる。
写真提供:アットアロマ
写真提供:アットアロマ
ファッションブランドはそれぞれの世界観を香りでも表現し、目には見えない象徴的な香気に香水瓶という形を与えた。あるいは、プロダクトデザイナーたちはその液体を包むのにふさわしい造形を模索してきた。倉俣史郎がイッセイミヤケの香りを家具のようなアクリルのオブジェに閉じ込めたように、吉岡徳仁がカルティエの物語にクリスタルの香りを添えたように、目に見えない香りという存在はブランドの象徴的なエピソードを作ってきたが、多くは人がまとうためのものだった。
話を建築と香りに戻すと、これまで空間のための香りが公に語られることは少なかった。わたしたちが生活するなかで感じる空間と香りの関係は、日常に紐づいたものが多い。春の桜と同じくらい、秋に香る金木犀は季節の共通認識になりつつあるし、朝食とコーヒーや味噌汁の香りの関係は深い(と思う)。
そもそもAroma という単語は一般的に、飲み物や食べ物の発する良い匂いを指すらしい。コーヒーのアロマなんて言われたら素人の自分には大袈裟に聞こえるところもあるけれど、本来的な使い方はそちらが正しいようだ。
しかし記憶を遡れば「高級ホテルみたいなリッチな香り」や「お寺みたいな懐かしい香り」も、わたしたちは想像できると思う。実際のところ、アマンでもリッツカールトンでも、名だたる五つ星ホテルはオリジナルのフレグランスを館内の随所に散りばめていて、わたしたちは知らず知らずのうちに嗅覚からも演出を受けている。お寺も、オリジナルでお香を作っているところも多いらしい。
今回の展覧会は、建築家自らが、自身の設計した施設や空間のための香りをアットアロマの調香師たちとデザインするものだった。会場には6組の建築家が選んだ自身が設計した建築の写真と、それぞれの建築のために生まれたアロマオイルが入ったボトルが並んでいた。ホテル、プレイパーク、図書館、花屋、照明店、服屋と、広さも目的も多様な空間に香りが与えられた。「どこに頼めばよいか、みんなわからなかったんですよね」と、今回の展覧会をプロデュースした柴田文江さんは言っていた。
たしかに、パンフレットを印刷するとか、ウェブサイトを作るとかは知人のつてがあるかもしれないけれど「オリジナルのアロマオイルを作りたい」となったときに頼める人は、なかなか思いつかないかもしれない。しかも一回だけではなく、継続的に納品してもらう必要がある。さらにアットアロマは「100% pure natural 」をうたい、自然素材だけでアロマオイルを調合しているらしい。木材や石など素材と向き合うことの多い建築家にとっては、そこも重要なポイントかもしれないなと想像した。
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