2022.07.28

【連載】ものと人のための補助線 #01:建築の香水

#ものと人のための補助線
PROFILE|プロフィール
角尾舞 / デザインライター
角尾舞 / デザインライター

慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、2012年から16年までデザインエンジニアの山中俊治氏のアシスタントを務める。その後、スコットランドに1年間滞在し、現在はフリーランスとして活動中。
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、「日経デザイン」などメディアへの執筆のほか、展覧会の構成やコピーライティングなどを手がけている。
主な仕事に東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」(国立新美術館·2018年)の構成、「虫展―デザインのお手本」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年)のテキスト執筆など。
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人がふれる香りには大きく二種類ある。一つは人がまとうもの。もう一つは空間に漂うもの。ガブリエル・シャネルが香水を忘れ得ないアクセサリーに例えたように、香水が嗅覚に訴えるためのファッションだとするならば、今回の展示で提案された香りは空間デザインに属している。

先日「ARCHITECTURE × SCENTING DESIGN 建築のための香り展」という展覧会に行った。建築家自身が、自分の関わった建築のための香りをつくるとしたら?という企画である。6組の建築家が、6つの建築のための香りを提案した。

ちなみにこの文章を書きはじめて気づいたのだけれど、「空間につける香り」の総称にあたる単語が見当たらない。アロマオイルやお香など、一つひとつにはもちろん名称があるが、エリック・サティが名付けた「家具の音楽」や、現代の「アンビエントミュージック」のような単語はなさそうだ。強いて言うならルームフレグランスだろうけれど、今回の場合はルームとは呼べない規模に向けたものである。スペースフレグランスとでも呼べばいいのだろうか。今回の展覧会の主催であるアットアロマ社は、空間のための香りづくりを「センティングデザイン」と呼んでいる。

画像: 写真提供:アットアロマ
写真提供:アットアロマ

ファッションブランドはそれぞれの世界観を香りでも表現し、目には見えない象徴的な香気に香水瓶という形を与えた。あるいは、プロダクトデザイナーたちはその液体を包むのにふさわしい造形を模索してきた。倉俣史郎がイッセイミヤケの香りを家具のようなアクリルのオブジェに閉じ込めたように、吉岡徳仁がカルティエの物語にクリスタルの香りを添えたように、目に見えない香りという存在はブランドの象徴的なエピソードを作ってきたが、多くは人がまとうためのものだった。

話を建築と香りに戻すと、これまで空間のための香りが公に語られることは少なかった。わたしたちが生活するなかで感じる空間と香りの関係は、日常に紐づいたものが多い。春の桜と同じくらい、秋に香る金木犀は季節の共通認識になりつつあるし、朝食とコーヒーや味噌汁の香りの関係は深い(と思う)。

そもそもAroma という単語は一般的に、飲み物や食べ物の発する良い匂いを指すらしい。コーヒーのアロマなんて言われたら素人の自分には大袈裟に聞こえるところもあるけれど、本来的な使い方はそちらが正しいようだ。

しかし記憶を遡れば「高級ホテルみたいなリッチな香り」や「お寺みたいな懐かしい香り」も、わたしたちは想像できると思う。実際のところ、アマンでもリッツカールトンでも、名だたる五つ星ホテルはオリジナルのフレグランスを館内の随所に散りばめていて、わたしたちは知らず知らずのうちに嗅覚からも演出を受けている。お寺も、オリジナルでお香を作っているところも多いらしい。

今回の展覧会は、建築家自らが、自身の設計した施設や空間のための香りをアットアロマの調香師たちとデザインするものだった。会場には6組の建築家が選んだ自身が設計した建築の写真と、それぞれの建築のために生まれたアロマオイルが入ったボトルが並んでいた。ホテル、プレイパーク、図書館、花屋、照明店、服屋と、広さも目的も多様な空間に香りが与えられた。「どこに頼めばよいか、みんなわからなかったんですよね」と、今回の展覧会をプロデュースした柴田文江さんは言っていた。

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たしかに、パンフレットを印刷するとか、ウェブサイトを作るとかは知人のつてがあるかもしれないけれど「オリジナルのアロマオイルを作りたい」となったときに頼める人は、なかなか思いつかないかもしれない。しかも一回だけではなく、継続的に納品してもらう必要がある。さらにアットアロマは「100% pure natural 」をうたい、自然素材だけでアロマオイルを調合しているらしい。木材や石など素材と向き合うことの多い建築家にとっては、そこも重要なポイントかもしれないなと想像した。

公式サイトで公開されていたインタビューで、立川の「PLAY! PARK」を設計した手塚貴晴さんと手塚由比さんが、今回生まれた香りについて「あったはずの香りを取り戻している感じがしました」と答えているのが印象的だった。会場で嗅いだこの香りは、土や植物、そして湿気が混ざる森林を表現していた。

展覧会で人気を博したのは、オリジナルの香りを作るワークショップだった。調香師が対面で、自分の希望する香りのブレンドをしてくれる。わたしも運良く、参加させてもらえた。担当してくれた調香師は、芦沢啓治さんのMARIHA Showroomの香りを担当した深津恵さん。今回の6つの香りの全体のディレクションもされた方である。

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自分は建築家ではないし、自身も知らない香りを伝えるのは難しいので、「思い出したい香り」を依頼することにした。頭に浮かんだのは、5年ほど前にスコットランドの山々をキャンピングカーで旅した時間だった。

英国の北部に位置するスコットランドには、2017年頃に少し住んでいた。首都のエジンバラから車で30分も走れば、雄大としか言いようのない自然に触れることができる。日照量が少ないためか低木が多く、空気は湿っていて、いつも霞みがかっている。豊かな緑というよりも険しい山肌という印象だったが、湿り気のある土や草の匂いは、公園のお花畑とは違う生の自然を体感させてくれた。

そんな話を、少し深津さんにしたと思う。そうすると彼女は「でもきっと、荒地にはヘザーの花が咲きますよね」と言ってくれた。まさか、スコットランドの話をしてすぐにヘザーの名前が出てくると思わなかったので驚いた。ヘザー(Heather)はイギリス北部の荒地に咲く花である。一つひとつは決して派手ではないけれど、群生して荒地を赤紫色に染め、スコットランドに欠かせない風景をつくる。深津さんも以前イギリスに滞在していたらしく、そのときにこの花を知ったと言っていた。さまざまな知識が技術を支えるのは、どの分野のデザインも同じなのだなと話を聞きながら思った。

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ちなみにわたしは「フローラル」がどんな香りかもいまいちピンとこないレベルで香りにはうとい。そのため自分が好きな香りを具体的に説明するのは不可能だったので、深津さんに委ねることにした。

オイルの入った小瓶を並べながら、一つずつ印象と合うかどうかを話して決めていく。それぞれのオイルがどんな素材から作られているのか、どんな風に採れるのかなどを教えてもらった。例えば同じ樹木であっても、産地によって印象が変わるという話もしてくれた。

スコットランドを思い出しながらできた香りは、針葉樹や木の実、葉を発酵させて作るというパチュリなどの静謐な自然の奥に、深津さんのアイデアをいただいて、小さな花を感じられるようにしてもらった。まさにあの!というわけではもちろんないけれど、香りは記憶を引き出してくれる。きっとこの香りをかぐと、深津さんと会話するなかで思い出したスコットランドの山や島や海岸線の景色が脳裏に浮かぶのだと思う。

香りは、やや詩的に語られすぎる対象だと感じている。あまりに個人的な体験であるためか、必要以上に言語化されることも多い。しかし目に見えない存在だからこそ、空間デザインにおいては視覚部分には定着されないコンセプトが、別の軸で織り込める余白があるということかもしれない。新型コロナウイルスは第7波とも言われているが、その場所に行かなければ体験できない展覧会が、また少しずつ楽しめるようになると良いけれど。

画像: 写真提供:アットアロマ
写真提供:アットアロマ

展覧会名:ARCHITECTURE × SCENTING DESIGN 建築のための香り展
期間:2022年6月1日(水)〜6月5日(日)※会期終了
会場:LIGHT BOX GALLERY AOYAMA
オフィシャルサイト:https://www.at-aroma.com/architecturescentingdesign/

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