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【連載】ものと人のための補助線 #11:セシリエ・マンツというデザイナー

PROFILE|プロフィール
角尾舞 / デザインライター
角尾舞 / デザインライター

慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、2012年から16年までデザインエンジニアの山中俊治氏のアシスタントを務める。その後、スコットランドに1年間滞在し、現在はフリーランスとして活動中。
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、「日経デザイン」などメディアへの執筆のほか、展覧会の構成やコピーライティングなどを手がけている。
主な仕事に東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」(国立新美術館·2018年)の構成、「虫展―デザインのお手本」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年)のテキスト執筆など。
Instagram / Web

デンマーク人のデザイナー、セシリエ・マンツ氏の日本初となる個展が、高田馬場にあるアートスペースBaBaBaと、東日本橋にあるmaruni tokyoの2会場で開催された。タイトルは「TRANSPOSE 発想のめぐり」。マンツ氏自身の作品だけでなく、インスピレーション源や事務所の道具などが、彼女の手によってインスタレーションとして提示された。長いテーブルに敷かれたのは、北欧デンマークを代表するファブリックメーカーであるKvadrat(クヴァドラ)のためにマンツ氏がデザインした「Floyd(フロイド)」である。
昨年、日本の家具ブランドのマルニで新作家具「EN」シリーズの発表の際に彼女にインタビューさせてもらってから、申し訳ないことに表に出せてなかったのだが、今回の機会に記事化させてもらうことにした。その時にわたしが聞いた主な内容は「女性とデザインの仕事について」。どのようにキャリアを築いたのか、若い頃はどうだったのかに興味があった。
マンツ氏の仕事は、マルニの家具以外だと、Bang & Olufsen(バング・アンド・オルフセン)のスピーカーが日本では特に有名だろうか。プロダクトデザイナーとして家具や家電、食器などのデザインを幅広く手掛けてきた彼女は、「デザインとは、役に立つ、機能性のあるもの。素材や製法など多くの制約があり、クライアントを理解することが必要」と実直な考えを話す。そして同時にその制約は「アイデアを殺すわけではない」と言う。ある程度の要件が絞り込まれているからこそ、制作に集中できるそうだ。
あちこちで活躍する彼女の若い頃の状況を聞いたところ「20歳くらいの頃、大学を卒業してすぐに入った職場は男性ばかりで、女性といえばコーヒーを淹れることが仕事だった」と昭和期の日本と重なることを話してくれたのが意外だった。しかし近年のデンマークでの状況は大きく異なり、育休も男女ともに取得をし、男女ともが同程度の稼ぎを持つのが一般的だという。これは個人だけで変化させるのは難しく、やはり企業や政府の後押しが必須だったそうだ。日本もこれからどのように変わっていくのだろう。
長いキャリアのなかで、女性フリーランスとして働いているとほぼ必ず直面するだろう感覚がある。そんな話題もしてくれた。
「私が女性だから、という理由で選ばれるべきではないんです。私の仕事が好きだから選んでほしい。実際にこれまで多くの企業にそう伝えてきましたし、あえて理由を聞くこともありました。相手が男性だろうと女性だろうと、あるいは企業の偉い人であろうと、コミュニケーションを取る力が必要ですね」と彼女は言う。
私も仕事をしていると、ときどき「女性がプロジェクトにいたほうが良いと思って」と声をかけられることがある。。もちろん企業側の気持ちがわからなくもないが、これがどうしても苦手だった。ただ「自分」として選んでほしいという気持ちがあったので、この発言には救われた気がしたし、きちんと勇気を持って伝えていく必要性を感じた。
BaBaBaの会場では「創作の現場(TEGNESTUEN/JIMUSHO)」というコーナーがあり、事務所(Tegnestuen)の様子の一部が再現されていた。創作中を思わせる椅子やプロトタイプのような部品などが並ぶ。彼女がインタビューで「事務所にはデスクが2つある」と話していたのを思い出した。「一つはノートパソコンで仕事をするため。もう一つはスケッチを描くことだけが許されているデスク」。クリエイティブになることにはある程度の強制力が必要だという。ノートパソコンは立ち入れない領域があるらしい。
このコーナーにはマルニの椅子のプロトタイプもあった。大きく丸くカーブした背もたれが一つの特徴だが、この丸みの持つ機能の一つはハンドバッグをかけることだと話してくれた。これを「女性的な視点」だと彼女は言う。そして、実演してくれた彼女がその小さなバッグから取り出したのは、折りたたみ式のメジャーだった。常に寸法が測れるように持ち歩いているという。
写真提供:マルニ木工
写真提供:マルニ木工
「女性であろうとなかろうと、自分に自信を持って、自身を尊重することが大事です。勇敢になってください」と語る彼女のデザインは、誠実で使いやすく、彼女自身も言う通り女性としての目線も含まれている。自分自身の性別に向き合い、良い仕事をしていきたいと感じる展示とインタビューだった。
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