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【連載】ものと人のための補助線 #12:自由な民藝

PROFILE|プロフィール
角尾舞 / デザインライター
角尾舞 / デザインライター

慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、2012年から16年までデザインエンジニアの山中俊治氏のアシスタントを務める。その後、スコットランドに1年間滞在し、現在はフリーランスとして活動中。
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、「日経デザイン」などメディアへの執筆のほか、展覧会の構成やコピーライティングなどを手がけている。
主な仕事に東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」(国立新美術館·2018年)の構成、「虫展―デザインのお手本」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年)のテキスト執筆など。
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黒い美術館としても有名な大阪中之島美術館で「民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある」展(以下、民藝展)が開催されている。「民藝運動」は約100年前に柳宗悦が陶芸家の富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司との連名で「日本民藝美術館設立趣意書」で提唱した、生活文化運動。「民藝」は「民衆的工芸」の略称で、観賞用の工芸だけでなく、職人たちの生み出す暮らしに根ざした手仕事の美しさに改めて目を向けるものだった、というのが一般的な説明だ。
正直にいえば、わたしは民藝がずっとよくわからなかった。もちろん、民藝品と呼ばれるものへ魅力は感じるし興味もある。しかしそもそもその定義や、工芸との違いがどこにあるのか、そう呼ばれる基準などが、いまいちピンと来ていなかったのだ。
柳宗悦による『民藝とは何か』には、民藝に対する明快な定義が書いてある。「不断(ふだん)使いにするもの、誰でも日々用いるもの、毎日の衣食住に直接必要な品々。そういうものを民藝品と呼ぶのです。したがって珍らしいものではなく、たくさん作られるもの、誰もの目に触れるもの、安く買えるもの、何処(どこ)にでもあるもの、それが民藝品なのです。」
その時代で職人によって量産された、絢爛でない機能的に美しい品々をそう呼んでいたのかと理解すればよいのだが、しかしあきらかに美的な観点がそこにはある。「これは民藝」と呼ぶにも目利き的なセンスが必要なのではないかと、大量生産品に囲まれていると感じてしまうが、展示品を眺めているとその時代に寄り添った視点で選ばれてきたことにも気づけた。
民藝展では、国内外で柳らが集めた品々が約150展示されている。会場は3つのパートに分かれ、1941年に柳宗悦により開催された「生活展」の再現や、「衣食住」に分けた歴史ある民芸品、そして国外の民芸品から、現代も続く民藝の産地を見せる展示まで、幅広い品が紹介されている。
冒頭には日本民藝館で現在館長を務める深澤直人氏によるメッセージもあった。「何が『人とモノと環境の良い関係』なのかを見つけ出し、具体化することがデザインの本来の目的であり、それはまさに民藝の思想そのものだと私は思っております」と、デザインと民藝の関係性についても述べられている。
1つ目の「1941生活展」は写真撮影が可能で、「取り合わせ陳列」とも呼ばれる、一つひとつの品が個々の美しさをいかし合うことを目指した展示方法の再現がされていた。今でこそインテリアコーディネートという言葉は当たり前になったが、80年以上前にもその視点で柳宗悦が見せ方に取り組んでいたのは興味深い。
2つ目の「暮らしのなかの民藝」で衣食住のパートに取り上げられていた品々は、眺めているだけで確かな美しさが理解できたし、なぜ民芸館の収蔵品として選ばれたのか? などのコメントが一つひとつ面白かった。柳宗悦と河井寛次郎が、当時古道具屋をめぐり、良い品を見つけたときに交わした会話などが記されていて、いうなれば「民藝オタク」たちの興奮が伝わってくる。
(手前)塗分盆 江戸時代 18世紀/(盆上左から)染付羊歯文湯呑、染付蝙蝠文湯呑、染付雨降文猪口 肥前有田 江戸時代 18-19世紀 いずれも日本民藝館蔵  Photo: Yuki Ogawa
(手前)塗分盆 江戸時代 18世紀/(盆上左から)染付羊歯文湯呑、染付蝙蝠文湯呑、染付雨降文猪口 肥前有田 江戸時代 18-19世紀 いずれも日本民藝館蔵 Photo: Yuki Ogawa
そして何より、民藝を愛でる柳宗悦の自由さを感じたのが猪口の解説だった。かつて墓前に供えられた猪口を見て、子どもたちの器に使いやすいと考えたという。型にはまらない生活の工夫である。
3つ目の「ひろがる民藝」のパートでは、現在の生産地の様子が紹介されている。倉敷ガラス(岡山)、八尾和紙(富山)、鳥越竹細工(岩手)、丹波布(兵庫)、小鹿田焼(大分)と、日本各地より美しい手仕事が選ばれ、職人への取材動画が見られる。
展示を見終わって、ふと東京に帰る前に京都の河井寛次郎記念館に行ってみようと思い立ち、京都へと足を延ばした。町家が並ぶ入り組んだ道中にある記念館には、河井寛次郎の住居とともに、当時の登り窯も残っている。
民藝を愛し、自身も生み出すことを続けた河井寛次郎の家には、今は猫が住んでいる。展示品で爪をとぐこともない、穏やかな子らしい。懐の深さに豊かさを感じる。運がよければ、会えるかもしれない。

<展示概要>
民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある
大阪中之島美術館 http://nakka-art.jp/
2023年7月8日(土)~9月14日(月・祝)(月曜休館)
10:00~17:00(最終入場時間 16:30)

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