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【連載】ものと人のための補助線 #16:詩人としての倉俣史朗

PROFILE|プロフィール
角尾舞 / デザインライター
角尾舞 / デザインライター

慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、2012年から16年までデザインエンジニアの山中俊治氏のアシスタントを務める。その後、スコットランドに1年間滞在し、現在はフリーランスとして活動中。
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、「日経デザイン」などメディアへの執筆のほか、展覧会の構成やコピーライティングなどを手がけている。
主な仕事に東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」(国立新美術館·2018年)の構成、「虫展―デザインのお手本」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年)のテキスト執筆など。
Instagram / Web

倉俣史朗というデザイナーについて書こうとすると、なんとも言えない恥ずかしさを覚える。おそらくわたしが彼に対して抱く感情が、どこか隠したい恋心に近いものだからだと思う。
精緻でありながら大胆な意匠のなかにうかがえる、無邪気な遊び心。繊細なユーモア。ちょっとベタなロマンチシズム。そしてなにより、美しいものを作るデザイナーの彼とともにある詩人としての姿が、没後30年以上を経ても魅力的でかなわない。
「それは美しいものを見る時、自分の時間を喰われるのでは、という怖さにも似ている。」(会場テキストより「連載 色の空間8」、『インテリア』第217号、1977年4月)と彼が書く言葉を、そのまま彼の作品に感じる。
提供:世田谷美術館
提供:世田谷美術館
2023年から約2ヶ月にわたり、世田谷美術館で「倉俣史朗のデザイン──記憶のなかの小宇宙」展が開催された。倉俣氏の家具やインテリアの仕事のほか、イメージスケッチや手紙、蔵書やレコード、夢日記までが公開されるとともに、彼自身の言葉が会場のあちこちに掲げられていた。
提供:世田谷美術館
提供:世田谷美術館
引き出しだけで構成されたシェルフ、すべてが透明のチェスト、時針のたくさんある時計。ファンタジーの世界の家具のようでありながらどこまでも精密に設計されており、表立ったコンセプトを支える職人的な精巧さが隅々まで行き届いている。通称「オバQ」ランプも、ハンカチを持ち上げたときのドレープというコンセプチュアルな外観を裏付ける造形力が凄まじい。
「僕には引力の支配から逃れ、重力から開放されて、自由に浮遊したいという強い願望があります。」(会場テキストより「無重力願望の椅子」、『家庭画報』第30巻第3号、1987年3月)と述べるが、彼の作品はその浮遊感ある造形とともに、名付けられたタイトルを眺めるのが楽しい。(ある程度の)量産品としての製造を前提としていながらも、どこまでも個人的な雰囲気がある。
建設現場などで用いられるエキスパンド・メタルを素材とした世界的に有名な椅子「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」も、同素材を初めて用いた椅子である「シング・シング・シング」も、そのタイトルはジャズの有名ナンバーとして馴染み深い。薔薇の造花がアクリル樹脂に閉じ込められた「ミス・ブランチ」は小説『欲望という名の電車』のヒロインの名からの引用だという。
色ガラスの入った素材であるテラゾーを「記憶の破片」と呼び、ガラスの断面に「過去」と「未来」が同居すると表す彼の少し世間離れしたような感覚は、蔵書として並ぶボルヘスや大江健三郎などからもうかがえる気がした。
倉俣史朗 スケッチブック「言葉 夢 記憶」より 1980年代 クラマタデザイン事務所蔵<br>© Kuramata Design Office
倉俣史朗 スケッチブック「言葉 夢 記憶」より 1980年代 クラマタデザイン事務所蔵
© Kuramata Design Office
もう一つ会場で見られてうれしかったのは、彼が友人や知人に宛てた手紙と夢日記のスケッチだ。達筆とは言えない丸文字に愛着を覚え、お茶目な一面の見えるスケッチ(「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」に猫がむらがるものなど)に改めて心打たれる。
倉俣史朗《ミス・ブランチ》1988年 富山県美術館蔵 撮影:柳原良平<br>© Kuramata Design Office
倉俣史朗《ミス・ブランチ》1988年 富山県美術館蔵 撮影:柳原良平
© Kuramata Design Office
先述した展覧会のメインビジュアルでもある「ミス・ブランチ」を、わたしが初めて知ったのは大学生になってすぐのときだった。この作品の持つ文学的な一面に心打たれ、倉俣史朗という人間をもっと知りたいと思うようになった。思えば、このときからずっとこのデザイナーはわたしにとって特別な存在だった。
「夜中ベッドで一杯飲みながら、スケッチを描いていた時、ルーレットが止まったわけです。」(会場テキストより「デザインを呼び起こすのは意識化に沈殿している様々な映像」、『WAVY』第14号、1989年7月)と生まれたこの薔薇の椅子。彼は一人で、何を飲んでいたのだろう。
会場のテキストはすべて図録にも収められているが、絶版となっていた随筆集『未現像の風景』が河出書房新社より今年復刊するという情報を得たので楽しみで仕方ない。倉俣史朗の貴重な作品が並ぶこの展覧会は、この後2月から富山県美術館へ、6月から京都国立近代美術館へと巡回する。

「倉俣史朗のデザイン──記憶のなかの小宇宙」
富山県美術館 2024年2月17日〜4月7日
京都国立近代美術館 2024年6月11日〜8月18日

ヘッダーキャプション:
倉俣史朗 イメージスケッチ「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」 1980年代 クラマタデザイン事務所蔵
© Kuramata Design Office

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