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愛着界隈
【AKIRA Tシャツ】の界隈(後編) プレ値・転売・フェイク……服が人と人をつなぐ世界のコレクターコミュニティ
「ジャパニーズマンガ・アニメ×ファッション」ブームの原点である『AKIRA』のTシャツ。コレクター・高橋毅さんの証言とともに1980〜2010年代の「AKIRA T界隈」をたどった【前編】は読んでいただけただろうか。
【後編】では現在の国内外のコレクター事情、そして“AKIRA Tシャツ”にまつわる新たな秘密に迫る。
PROFILE

高橋 毅(たかはし つよし)
東京都生まれ。武蔵野美術大学卒業後、スタイリストに。代表作に「JOJO×資生堂」「米津玄師×PlayStationⓇ」(広告賞ACC・衣装賞)、「MUSIC AWARDS JAPAN 2025」オープニングでのダンサーズの衣装などを担当。雑誌「GENIC」にて撮り下ろし作品を連載中。2010年より「AKIRA T」のコレクションを開始。
Instagram
「AKIRA Tシャツ」の歴史
『アキラ』の舞台である2019年を1年過ぎた2020年には、「AKIRA Tシャツ」がファッションアイテムとしての地位を確立し、古着相場は急騰。転売やコピー品が横行する状況となっていた。そうした混乱のなかで、高橋さんは自身のコレクションを紹介する「AKIRA T」専門のInstagramアカウントを開設した。

「ブームが来る前から集めてきて、タグ・クレジット表記・Tシャツのボディなどから、どの時期にどんな『AKIRA T』が生まれたのか徐々にわかってきました。そのデータベースをつくろうと思ったんです」
公式アイテムを中心に、高橋さんがリサーチした「AKIRA T」のラインナップを年表にした。



この表を見ると、ブームの火付け役となった 【⑬Supreme×AKIRA】コラボはかなり最近の「AKIRA T」であることがわかる。高橋さんがもっとも愛するのは【①ヤンマガ懸賞品】(タグ:あとりえモリタ)のような、大友克洋氏のイラスト入りの最初期公式Tシャツだ。

しかし、「ヴィンテージAKIRA T」として中古市場を席巻したのは、中期の【⑥FASHION VICTIM】が手がけた米国発のライセンスTシャツだった。つまり逆輸入型のブームだったと言える。

さらに非公式アイテムが多数存在する。【④ ANARCHIC ADJUSTMENT】と【⑧ DUB FACTORY】は、1990年代にスケーター/BMX系ブランドが制作した代表的なブートで、高いデザイン性と希少性で再評価されている。Supremeのはるか前からストリートファッションは『AKIRA』に注目していたのだ。

このほかに、国内外のイベントなどで少量制作された公式「AKIRA T」やスタッフ用アパレルが確認されている。

世間が必死に高額モデルを追いかけていた時期、高橋さんのようにアイテムの実物から細かな情報を分析していた人は、ほとんど存在しなかった。
偏愛と転売 コレクターたちがたどった道
高橋さんのInstagramアカウントはたちまち世界中のコレクターや古着屋の注目を集め、アイテムをアップするたびに「売ってくれ!」というDMが押し寄せた。「売買目的のDMは全部断っていましたが、なかには面白い出会いもあったんです。激レアのマーベル版『Grafitti』(1990年代・年表③)をラフに着こなすアメリカの若い女性コレクターに、大友克洋先生が影響を受けたフランスの漫画家・メビウスのTシャツの魅力を教えてもらったり。父親が持っている『AKIRA T』を鑑定してほしい、というDMもありました。本物でしたよ(笑)。親子で大事に着てほしいですね」

SNSを通して、世界に巨大な「AKIRA T界隈」があることを知った。同時に愛好家としては辛い現実も目の当たりにする。
「『AKIRA T』の相場が上がるにつれ、好きで集めていたはずのコレクターがコレクションを高額転売したり、粗悪なブートを自作して売りはじめたりする人を何人も見ました。そして、それを作った本人がそのTシャツを着ているのを見たことがない。ファッションは自分で着るから価値があるのに、価格をつり上げてお金持ち相手のビジネスにして何の意味があるのか……」
アカウントを開設してから約5年が経った現在も、高橋さんは「Not for sale」のスタンスでアイテムを紹介し続けている。
「僕は、いつかコレクションを『AKIRA T』というカルチャーとして一冊の本にまとめようと思っています。できることなら、そのときに記念の『AKIRA T』をオフィシャルで作らせてもらいたい(すでにデザインは10種類作ってあります!)。それを服好きの若者が買える適性な価格で買ってもらいたいんですよ。カルチャーはいつの時代でも、若者から作られるべきだから」
そう語る高橋さんの「愛着」活動は、ある重要なコミュニティにたどり着く。
KIMONO MY HOUSE 登場 「AKIRA T」誕生の秘密

今回の取材では、高橋さんとともにKIMONO MY HOUSE(キモノマイハウス、以下KMH)に話を聞くことができた。「AKIRA T」を語るうえで、KMHの存在は偉大そのものだ。
最初の海外ライセンスT(表②)を販売し、90年代後半まで生産していたメーカーである。創業者のスーザン・ホーンさんは、1990年の「AKIRA T」の誕生をこう振り返る。
「KMHは1980年代から日本のアニメ作品のおもちゃや雑貨を販売していました。そのつながりで、『AKIRA』映画版の製作委員会からプロモーショングッズの制作を依頼されたんです」
ライセンスは、映画版『AKIRA』をアメリカで配給したStreamline Picturesから取得した。多くの日本アニメを輸入し「JAPANIMATION」のファンダムを生みだした伝説的なディストリビューターだ。
KMHは1990年と92年に合計5タイプの「AKIRA T」を製作した。


「Tシャツは現地の展示会やコミック書店に卸され、発売直後からよく売れました。でも当時は、アニメの歴史のなかでこんなに重要なアイテムになるとは想像もできなかった」(スーザン)
そのTシャツが講談社に買いつけられ「ヤンマガ読者プレゼント」として配布されたのが、日本に海外版「AKIRA T」が初上陸した瞬間だ。

「『AKIRA T』を作るために、あらゆる生地とボディを試しました。半袖・長袖、ジャケット、ドレス、スウェット......手に入るものなら何でも。私がデザインして、パートナーのAZがプリントを作りました。PCを使わず全て手作業でした」
KMHの「AKIRA T」の魅力は高いデザイン性だ。原作の素材にとらわれない自由なデザインを生みだした舞台裏を聞くことは、コレクターとしての高橋さんの悲願でもあった。

「『BIKE』というモデルでは、アイコニックな『金田バイク』を最大限に生かそうと思いました。そのために全体のカラーリングを調整し、レッドのバイクと蛍光色の錠剤(ピル)を合わせたアイディアは、AZのものだったはずです」
初期のKMHのTシャツにはデザイナーのAZ氏のクレジットがある。さらにスーザンは日本ではほぼ知られていない歴史を話してくれた。「AKIRA T」フリークなら、この2枚のTシャツを知っているのではないだろうか?

左がKMH、右はFASHION VICTIM。デザインがほとんど同じだ。「ヴィンテージ AKIRA T」の代表格が実はコピー品だった......?
「KMHが印刷を依頼していた業者のどこかが、FASHION VICTIMに私たちのTシャツの版を横流ししたんだと思います。確証はないけれど、オリジナルのスクリーンやアートワークがなければ、こんなに完璧にコピーすることは不可能だから……」(スーザン)
FASHION VICTIMはブランドを閉鎖しており、真偽を確かめる方法はない。──だが、スーザンの言葉は信用できるだろう。このFASHION VICTIMのTシャツをよく見ると「AZ」のサインが入っているのだから。
「覚えておいてほしい。 『AKIRA T』には間違った噂がたくさんあります。でも私は気にしていない。KMHが向き合ってきたのは、店を訪れたアニメファンの人たちですから。彼らが『AKIRA』がどれだけ圧倒的な作品なのかを教えてくれました」
「界隈」をつくるということ

KMHは「AKIRA T」の生みの親であると同時に、カリフォルニア州エメリービルにあるヴィンテージアニメグッズの隠れた名店でもある。ジャパニーズ・アニメのファンにとって憧れの場所のひとつだ。
「もともとは、1970年代の終わりに私が2年間日本に住んでいて、着物を輸入販売するために始めた店でした。80年代からお客さんのリクエストでアニメグッズも扱うようになりました。最初に店に来た時は子供だったお客さんが、今では自分の子供を連れて来る。運営もファンが手伝ってくれています」
そう語るスーザンは、現在74歳。彼女が「KMHのことは彼に聞いて」と店の常連客を紹介してくれた。地元に住む、19歳のブランドン・サージェントさんだ。
「KMHは自宅から車で30分の距離にあるんです。初めて訪れたとき僕は17歳でした。店に入るとすぐに夢中になり、家に帰って知らないタイトルを全部調べたのを覚えています。『エリア88』『レンズマン』『グレイ デジタル ターゲット』『ロボット・カーニバル』......家のそばにヴィンテージアニメの宝庫があるなんて!」(ブランドン)
ブランドンは「AKIRA T」をはじめ、販売終了したKMHのグッズをオークションで手に入れてはスーザンに見せに行くようになる。ふたりは店主と顧客ではなく、友人のような関係だ。
「今では僕のKMHのTシャツのコレクションは80枚以上になりました。価格が高騰して買えないアイテムがあるのは残念ですが……。でも僕にとってグッズを集めるよりも大切なのは、スーザンから昔の話を聞くことなんです」
コレクターたちに愛されながら今も続いているKIMONO MY HOUSEは、ブランドやプレ値に惑わされがちな私たちに、服が人と人をつなぐ「愛着界隈」の本来の意味を教えてくれた。
「AKIRA T界隈」の取材はこれで終わり。でも、高橋さん、スーザン、ブランドンの3人の交流は今始まったばかりだ。この記事を読む人にも、自分だけの「界隈」が見つかることを願っている。
PROFILE
Susan Horn(スーザン ホーン)
KIMONO MY HOUSE 創業者
Instagram
PROFILE
Brandon Sargent(ブランドン サージェント)
コレクター
Instagram
Photo by Hiroyuki“Lily”Suzuki(StudioLog)
Text by GANTAN















