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『光る君へ』の時代から読み解く、「平安」と「令和」ファッションの意外な共通点
NHK大河ドラマ『光る君へ』でもとりあげられた「平安時代」。いまとはまったく異なる社会で、人々はどんな気持ちで服を選び、生きていたのだろうか。
当時の服を実際に復元し、身に着けて生活している「承香院(じょうこういん)」さんに取材した。平安中期、約1000年前のファッションをデザイン・シルエット・トレンドで見ていこう。
PROFILE

承香院(じょうこういん)
平安時代・周辺文化実践研究家。平安時代の装束の着用や文化を実践しながら独自に研究。平安中期を中心とした装束を縫って着る、様々なものを復元し自作するなど自分の体で体感することでリアルな平安時代中期の姿を日々探求している。著書に『あたらしい平安文化の教科書』(翔泳社)。X:https://x.com/jyoukouin
平安を「着る」ことで感じた1000年前の生活

承香院さんは、なぜ平安期に興味を持ったのでしょうか。
むかしの衣装を身に着けるお祭りや儀式などの行事が多く残る地方都市の生まれで、武士が着る裃(かみしも)や鎧、着物などの日本の古い服装全般に興味を持ちました。なかでも驚いたのは、『源氏物語』の舞台にもなっている「平安時代」(794年~12世紀末)の宮廷で暮らす貴族の装束(しょうぞく)でした。
烏帽子(えぼし)や狩衣(かりぎぬ)、いわゆる十二単(じゅうにひとえ)など、いまでは考えられないようなデザインです。すごく派手な色味ですが、不思議と違和感がなく、品も感じられます。

いまとはファッションの方程式が違うと。
ええ。しかも「仕事着」でもあり「日常着」でもあるのです。この服を着て、どうやって生活していたのだろう? と思いました。そこで、自分なりに情報を集めながら「平安時代」の再現をはじめたんです。最初はカーテンやシーツを切って自作したこともありました。身に着けて暮らしてみると当時の貴族の気持ちまで追体験できるような気がしたんですよ。
活動をはじめて、もう20年近くになります。現代の素材を組み合わせて平安時代の形状とデザインの服や道具を実際に復元し、楽器を弾き、歌会や花見などのイベントも行っています。
『源氏物語』の時代と令和のトレンドが一致?

この記事では、ファッションの視点から平安時代の装束を見ていきたいと思います。
私がメインで研究・実践しているのは一条天皇の在位(在位986~1011年)周辺時期の貴族(公家)の服です。いまでいう礼服、スーツのようなフォーマルウエアの「束帯(そくたい)」、ややカジュアルな「直衣(のうし)」、庶民や貴族がアウトドア用などに着用した「狩衣(かりぎぬ)」といった男性服。女性服にも「裳唐衣(もがらぎぬ・十二単とほぼ同じ意味)」「壺装束」といったいくつかの種類があります。
一般の祭礼などで用いられている平安装束の中には、手が届かない場所にひだを作るような構造があるなど、自分ひとりでは着にくいものもあります。
やはり現代の服装とはまったく別物ですね。
一方で、実際に「着て」みると、意外なところでごく最近のファッションとの共通点も見つかるのです。ひとつは「ルーズフィット」で「ユニセックス」であること。男女で違うのはいわゆるアウターだけで、「袿(うちき)」と呼ばれていたインナーは男女共通。ボトムスも男女ともに用いられることがありました。
サイズも子ども用と大人用くらいしかなく、彼氏と彼女が服を貸し借りするなども普通のことでした。
今っぽいですね。
男女別々の服装が特に顕著になっていくのは中世以降、いわゆる武家社会のことだと考えられます。平安ファッションは場によってはとても自由なんです。「レイヤード」も見どころです。服のかたちがシンプルで、素材と色合わせで自己表現していました。十二単は究極の重ね着と言えます。着物の表と裏、下の生地との色の組み合わせを「襲(かさね)」と呼び、パターンがたくさんありました。

基本的には重ねるほど品位のある装いになり、その場における序列の高い人ほどくだけた格好をしていました。ボスはラフな格好で、部下たちはフォーマルさを出しつつ、レイヤードのセンスを楽しんでいたのでしょう。
階級によって服の色が制限されていたとも言われますが。
たしかに、時代によって多少の違いがありますが「赤」や「青(特定のグリーン)」など天皇の許しがないと着用できない色=「禁色」があったり、束帯の袍(ほう)の色と形状、下襲(したがさね)の長さの決まりがあったり、さらには冠を被らなくてはいけないか、烏帽子でもよいかなど、場や役職ごとに服装の縛りがあったりします。
しかし貴族の日記を読むと「服の着方で叱られた」「あいつの服は不適切だ」というような記述がよく出てくるんですよ。
これは、相当多様な服があったということです。普段着はもちろん、一定の範囲で仕事の場でも好き嫌いで服を選び、評価しあう余裕があったのです。
1000年前の超ハイセンスな色・織物

平安時代にもトレンドがあったのでしょうか?
はい。ファッションリーダーは「皇族」の方々、あるいはその政権の中で影響力のあった立場の人々です。当時の天皇や中宮、高官には、いまの中高生くらいの年齢の人々もいましたから、とても感性豊かだったのではないでしょうか。宮中の女房(お世話役の女性)が噂したり、上司の身に着けた文様を部下がマネしたりして広まっていくのも、いまとよく似ています。
典型的なのは「紅(くれない)」の色の大ブーム。当時の服はすべて草木染めなので、たとえば、紅を染めるためのベニバナが大量に消費され、何度も紅染めの禁止令が出ています。
衣類の素材づくりにも高い技術と創意工夫がありました。冷暖房がない時代を快適に過ごすために、夏には「羅(ら)」「紗(しゃ)」など、少し乱暴な例えをすれば「網戸」のように通気性があるうえ、織地に模様もつけられるファッショナブルな織り方があります。
冬はレイヤードで空気を含み、暖かい。実際に袿で生活していると、着るコタツのように快適ですよ。
案外、冬のルームウエアとしては優秀かもしれませんね。
はい。さすがに電車通勤は難しいでしょうけれど(笑)。でも、現代の素材やテクノロジーを使ってどんどん復刻し、手の届きやすい文化として活用したり、取り入れたほうがいいと私は思うんです。平安時代の美意識や技術を敷居の高いものにしておくのは、もったいないと思いませんか。
平安ファッション研究の今後

今後目指していきたいことは?
まだまだ平安ファッションには謎があります。『源氏物語』はNHK大河ドラマの『光る君へ』で注目をあびましたが、そこで描かれる多くの場面は貴族のプライベートな場で、私的なエリアでの装いであることが多くなります。内裏(だいり)などのビジネスの場での服装もあるにはあるのですが、古記録のような具体的な情報がやや少ないのです。
夏服もわからない部分が多い。現代の私たちがイメージするような十二単なんて真夏に着れるものではありませんから、サマーシーズンの定番服があったはずです。
ただ夏は儀式服や行事服の具体的な情報が乏しく、苦労しています。貴族が書いた日記や記録を調べて追体験していくのが楽しみです。
ファッションを通して、1000年前の時代が少しだけ身近に感じられました。
いつの時代も人間は働き、恋愛をし、美しさや悩みを感じながら生きてきたんですよね。私は平安時代の風俗や文化を、特に「実践」に重点を置いてあまり学問を意識せずに研究するようにしています。そうした自分らしい立場を生かして、学問分野だけではなく一般の方やまったく別の分野の方に向けても広く平安時代の魅力を広めていきたいと思います。
案外、1000年後の未来のファッションは平安時代に近いかもしれませんよ。
Text by GANTAN










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