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ルイ・ヴィトン出身デザイナーが創る“新しいウェアラブル”──SPKTRL(スペクトラル)が描く未来のラグジュアリー
ハイジュエリーの伝統と、最先端のテクノロジー。パリに誕生したラグジュアリーテクノロジーブランド「SPKTRL(スペクトラル)」は、一見すると交わることのない2つの世界を重ね合わせ、ウェアラブルデバイスの新しい言語を創り出す。その象徴が、初の作品となるリング、“SPKTRL Light(スペクトラル・ライト)”だ。
ラボグロウンダイヤモンドを用いたそのリングは、スクリーンも音も持たない。ただ静かな光と色で、身につける者の時間と意識を守るという、まったく新しい体験を提供する。ラグジュアリーとテクノロジーの融合を試みるブランドを率いる設立者カティア・ド・ラステリエに、ビッグメゾンでの経験から“SPKTRL Light”開発の背景、そして未来への展望を聞いた。
PROFILE

カティア・ド・ラステリエ(Katia de Lasteyrie)
SPKTRL 設立者
未来から逆算された、新たなラグジュアリーの提唱
パリ、ヴァンドーム広場。荘厳な石畳に陽が差し込むこの場所は、フランスが誇るハイジュエリーの伝統そのものだ。数世紀にわたり、宝石はその光の中に人々の欲望や夢を映し、卓越した職人技は芸術と呼ぶべき洗練を重ねてきた。
しかし、その歴史の上に立ちながら、21世紀のテクノロジーはそれまでとはまったく異なる軌跡を描く。アルゴリズム、人工知能、ウェアラブルデバイス──本来交わるはずのない宝石とコード、伝統と未来とを結びつけ、新しい言語を紡ごうとする人物がいる。ヴァンドーム広場でキャリアを磨いた、カティア・ド・ラステリエである。
彼女は14年間にわたり、世界最大のラグジュアリーグループLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンに在籍し、そのうち11年を「ルイ・ヴィトン」で過ごした。
ハイジュエリー部門でプロダクト開発を率い、職人技とグローバル市場の革新を往復しながら積み重ねた経験は、彼女の視座をより人類学的なものへと変えていった。


「オブジェは単なるラグジュアリーにとどまらず、文化的アーティファクトとして人々のアイデンティティやコミュニケーションに深く関わっているのです」
装飾品は雄弁な沈黙によって、身につける者の存在を社会の中に浮かび上がらせる。その深い理解が、彼女を次なる創造へと駆り立てた。
こうして生まれたのが、自身のブランド「SPKTRL」だ。ブランドの哲学を形づくる上で、インディペンデントであることの自由は大きな意味を持ったと彼女は語る。

「大手ラグジュアリーメゾンでは、あらゆる製品が長年のレガシーの上に構築されます。ですが独立した立場では、過去からではなく未来から出発できるのです」
つまり「SPKTRL」が築くのは、伝統の継承ではなく、未来から逆算されたラグジュアリー。それは単に美しいアクセサリーをつくるのではなく、「物質文化はどう進化するのか」「人類が未来に残すべきアーティファクトとは何か」といった根源的な問いを投げかける実験であり、ラグジュアリーの意味そのものを再定義する挑戦なのだ。
テクノロジーの力を宿した、新感覚ジュエリーの誕生
その問いに対するひとつの答えが、「SPKTRL」が掲げる“Quiet Tech(クワイエット・テック)”という概念だ。「“Quiet Tech”とは、ラグジュアリーとテクノロジーの狭間に存在する新しいカテゴリーですが、そのどちらにも還元できないものです」とド・ラステリエは説明する。
ラグジュアリーからは文化的重みと象徴的な深みを、テクノロジーからは機能性と適応性を取り入れる。そこでもっとも注目すべき点は、その出発点が常に“身につける人”にあることだ。
「“クワイエット・テック”は不可視で、直感的で、知的です。静かなのは、それが注意を要求しないから。むしろ門番のように、何が本当に重要かをふるいにかけ、生活にシームレスに溶け込むのです」
この思想は、初のコレクションであるリング“SPKTRL Light”のデザインに結実している。
見た目はヴァンドーム広場の伝統的なジュエリーに並ぶほどの洗練さを誇りながら、その内部には静かなテクノロジーが宿る。スクリーンも音もなく、ただ光と色だけで通知を届けるデザインは、従来のスマートデバイスとは一線を画す。

リング中央のラボグロウンダイヤモンドは、必要なときにだけふわりと色を帯びる。愛する人からのメッセージはやわらかなブルーに、重要な仕事の更新は鮮やかなマゼンタに。その他の通知は沈黙のまま蓄積され、ユーザーが選んだタイミングで向き合うことができる。
「最大の課題は、光と色だけで伝えられる“情報の最小単位”を定義することでした」とド・ラステリエは明かす。テキストや音声が言語で意味を伝えるのに対し、色はより直感的に身体に響く。だからこそ“SPKTRL Light”には、アプリを通じてユーザーが、自身の文脈に合わせて色の意味を調整できる仕組みを備えた。
青は「信頼」、緑は「集中」、紫は「創造」。ベースとなる色の意味は神経科学の研究をもとに設定しつつも、最終的には使い手の感覚に寄り添い、柔軟に変化させられる。

「私たちは固定的なシステムを押し付けるのではなく、誰にでも読め、かつ個々人に対応できる感覚的な言語を目指しました」
そのテクノロジーの媒体に、CVD(化学気相成長)によるラボグロウンダイヤモンドを選んだ点も注目に値する。光を伝える素材であると同時に、量子コンピューティングなどの最先端分野で用いられるこの人工石は、「人間の叡智そのものを凝縮した結晶」だと彼女は言う。
天然石と見分けがつかない透明な輝きは、偶然ではなく精緻な計算の産物。それは持続可能性という視点にとどまらず、ラグジュアリーとテクノロジーを媒介する新たな表現素材としての可能性を示しているのだ。

“クワイエット・テック”の次なる一歩
「『SPKTRL』はユーザーにとって味方であり、時間と意識を守る存在であるべきです」ド・ラステリエの言葉は、ブランドの核心を突いている。それは計測や監視ではなく、解放と共感のためのジュエリーシステム。静けさを纏ったリングは、テクノロジーを「見えなくする」ことで、むしろその存在を濃密にし、装飾品の詩的な力と情報ツールの機能を両立させる。

未来を見据える彼女らしく、今後の展望も明確だ。リングに続くネックレスやイヤーカフへの拡張はもちろん、“Quiet Tech”というカテゴリー自体を国際的な言語へと育て上げることを視野に入れる。特に、日本市場には大きな期待を寄せているという。
「日本はブランドにとって非常に重要で、文化的にも共鳴できる市場です。そこには象徴やデザイン、そして洗練されたテクノロジーの伝統がある。必ず近い将来ローンチしたいと考えています」
その言葉からは、工芸と最先端技術を同時に尊ぶ日本の文化が、このブランドの哲学と響き合うことへの確信が窺える。
そして最終的に「SPKTRL」が目指すのは、プロダクトの枠を超えた文化的提案だ。人類が未来に残すべきアーティファクトとは何か。テクノロジーが生活に浸透しきった時代に、私たちは何を象徴として次世代に手渡すのか──。「SPKTRL」のリングは、その根源的な問いへのひとつのプロトタイプであり、ヴァンドーム広場から世界へ放たれる挑戦状なのである。
Text by ELIE INOUE














