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マリー・アントワネットの時代を「服」で解き明かす:衣服標本家・長谷川彰良
マリー・アントワネットやナポレオンが生きた時代の服はどのように着られ、つくられたのだろうか?
18世紀~19世紀の西洋アンティークの衣服を集める国内屈指のコレクター・長谷川彰良さんは、服を分解して当時のものづくりを徹底解説する「衣服標本家」として活動している。数百年前の製法、素材、失われた技術を聞いた。
PROFILE

長谷川 彰良(はせがわ あきら)
衣服標本家。古い西洋の衣服を分解して「標本」にし、衣服の「構造美」や「着心地」を研究。型紙を起こして現代に数百年前の衣服の美しさを具現化することで、服飾の美を触って体験できるものにしている。コレクションを公開する「半・分解展」を主宰。著書に『あたらしい近代服飾史の教科書』(翔泳社)。
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100年前の服を分解し 歴史をよみがえらせる

コレクターの中でも、服を「分解」している方はとても珍しいですね。
父親が服を自作していた人で、幼いころから服を分解することに抵抗はなかったんです。その後、ファッション専門学校でオーダーメイドスーツのテーラーリングを学びました。服飾業界でも服の製造テクニックを勉強するために分解し、型紙を起こすことなどはしばしば行われています。現在のコレクター活動に入ったのは学生時代、古着屋で100年以上前の「消防服」を見つけたことです。手に入れて分解すると、その内部構造に涙が出るほど感動したんです。
外見はボロボロの作業着なのに、つくり方はオーダースーツそのものの緻密さでした。自分が生まれる前のファッションの「内側」に興味がわいたんです。
分解を通して、当時をよみがえらせているようですね。
そうです。世界から希少な服を集め、構造を研究し、分解や修復を含めた過程を発表すること。それらをまとめて「衣服標本家」と名乗っています。裏地から知る「ファッション史最大のイノベーション」
「衣服標本家」の活動からどんなことがわかりましたか。
服には、当時の社会背景や風俗が宿っています。なかでもものづくりのテクノロジーに注目してみましょう。この2着のドレスを見てください。右は1850年代、左は1880年代のものです。
この2着の前後で「ミシン」が実用化されています。ミシンの原理はマリー・アントワネットが生きていた1790年ごろに考案され、19世紀半ばに現在のかたちに近くなりました。
裏地を見ると、1880年代のドレスにはたくさんの縫い代がありますね。複数のパーツをミシンでパズルのように縫い合わせる、現代の服と同じつくり方です。

では、その前の時代のドレスはどうでしょうか? ミシンが普及しはじめたばかりで、裾の直線部分以外はすべて手縫いです。

裏地に縫い代がありません。
折り紙のように1枚の布を畳んで縫いつけ、立体的なシルエットをつくっています。糸をほどくと大きな布に戻り、サイズを直したり別の形の服に仕立て直したりできる。何世代にもわたって形を変えながら着続けられることを前提としたものだったんですね。このクリノリンドレスのように、貴重な布を絶対に切らずに仕立てる執念を、私は「ドレスの呪い」と呼んでいます。
その「呪い」を終わらせたのがミシンです。ミシンの登場は服の大量生産を可能にし、デザインの自由度を一気に高めました。
流行のデザインが次々と発表されるようになり、大胆に布が切られ縫い合わされます。サイズ調整やお直しをする余分な布は内部に残されておらず、飽きれば新しいドレスを買いに鉄道に乗って百貨店に行ける。世の中に服が溢れる消費社会がはじまっていくのです。
この2着のドレスは、服の製造・流通・消費がミシン前後で一変したことを教えてくれます。「内側」を観察することで、このような人間の歴史も見つかるのです。
失われたテクノロジーに光を当てる
服にこんな楽しみ方があるとは驚きました。
ほかにも、ファッションの歴史と技術を服のディテールから見ることができますよ。たとえば紳士服の「ボタン」です。
ひとつは豪華な刺繍が施され、もう1着は複雑な金属加工でつくられたボタンがつけられている。刺繍ボタンはフランス、メタルボタンはイギリス製。2つの国が美を生み出す技術で競っていた時代の象徴と言えます。
「生地」からも当時のテクノロジーの変遷が伺えます。この2着はどちらもシルク製ですが、まったく質感が違いますよね。

この2着がつくられる間にシルク生地の品質が向上し、下着にも使用されるほどなめらかな、現代人がよく知っているシルクが生まれたのです。でも、私は分厚く硬さがある、前時代のシルクになぜか惹かれるんですよ。
いまでは失われた技術ですね。
服はロストテクノロジーの宝庫です。「染色」も、現在では決して使えない手法がありました。19世紀には、化学染料が開発され、鮮やかな「緑」や「紫」の色が出せるようになりました。しかし、その原料は「ヒ素」などの有害物質でした。「シェーレグリーン」という酸性亜ヒ酸銅を原料にした緑色の色素が貴族社会で大ブームになり、ナポレオンはこの色を愛し、身の回りによく使っていたせいで死期を早めたとも言われています。
この1860年代のクリノリンドレスの紫色は「モーブ」という合成染料によるものです。160年近く経ってもほとんど色あせていません。

モーブの原料の「アニリン」は、蒸気や皮膚を通して血液に吸収されると湿疹やめまい、吐き気を起こし、致死量もあります。モーブの染色工場で働く人や、その生地を仕立てる職人、服を着た人が次々に健康被害を訴え、使用禁止になった色素です。このように当時の服は、ファッションやトレンドを追い求める人間の罪深さも教えてくれます。
ひとつ、面白い文化も紹介しましょう。この懐中時計のチェーンは「人間の髪の毛」を編んでつくったものなんですよ。

19世紀末ごろには髪の毛はトレンドの素材でした。家族の遺髪を装飾品として持ち歩いたり、女の子どうしで髪の毛でつくったアクセサリーをプレゼントしあったりもしていたんです。
「衣服標本家」が目指す未来

今後の目標は。
いままでコレクションを増やしながら、分解した服型を一部販売したり、服を見て・触れることができる展示「半・分解展」を開催したりしてきました。展示会場にはファッション関係者だけでなく、研究者、手芸ファンの方、コスプレイヤーの方まで集まり、交流しています。『ベルサイユのばら』や『ゴールデンカムイ』など、歴史モノの作品に出てくる衣装の「実物」を見たいと訪れる方もいます。
その活動をまとめた本も出版しました。『あたらしい近代服飾史の教科書 衣服の標本で見る、着るものの歴史と文化』(翔泳社)は、衣服を全方向・裏側・内側も含めて写真で紹介する他に類を見ない美術書です。
何よりも挑戦していきたいのは、西洋諸国に自分の活動を届けていくことです。海外の文献でも資料の少ない内部構造の研究が、本場の人たちにどのように受け取られるか非常に興味があります。私の本が翻訳されて海を越えることで、活動の幅を海外まで広げていきたいです。

私の活動は「分解」がフィーチャーされやすいのですが、仕事の大半は壊れた部分を直す「修復作業」が占めます。技術をひとりじめするつもりもありません。
博物館のガラスケースに閉じ込められたファッションの知られざる内部構造を人々に公開し、隠された技術に触れる感動を共有して、ものづくりをしてきた人間の想いを現代によみがえらせたい。そのために活動しているのですから。
Text by GANTAN












