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【ベルリン発】あなたのバッグは“劣化”する? “変化”する?──修理職人と演出家が作る「NOWHOW」の答え

2025.08.07
ドイツ・ベルリンで2021年に誕生したレザーグッズブランド、NOWHOW(ナウハウ)。手掛けるのは、靴や革小物の修理職人と、舞台芸術の演出家。パンデミックでキャリアが一時的に断たれた2人が出会い、生まれたのは「今(NOW)と、どのように(HOW)向き合うか」という哲学を体現した、“育てる道具”としてのバッグだった。
ファッションの専門的な教育を受けていないからこその、常識にとらわれないデザイン。修理職人の知見を生かした「壊れにくく、修理しやすい」設計。そして、購入時が頂点ではなく、使い込むほどに価値が増す経年“変化”の美学。スローファッションが注目される今、大量生産とは一線を画すものづくりでファンを広げる2人に、その思想の源泉と未来への展望を尋ねた。

PROFILE

宮坂 昌史(みやさか まさふみ)

NOWHOW共同代表兼職人

日本で靴修理の技術を学び、ベルリンでも職人として経験を積んだ後、2021年にNOWHOWを共同設立。靴やレザーグッズの修理職人としての知識と経験を生かした繊細で丁寧な手仕事を礎に、全てのプロダクトを自社アトリエで一つひとつ手作業により製作している。

PROFILE

宮坂 苑子(みやさか そのこ)

NOWHOW共同代表兼クリエイティブ・ディレクター

舞台芸術の分野で演出助手・演出家として活動を続ける一方、自らの感性を形にする場として、NOWHOWを共同設立。異なる分野での活動の経験を生かし、ブランドの方向性や表現をディレクションしている。

ロックダウンをきっかけにブランドを始動

そもそも、どのような経緯でベルリンを拠点にするようになったんですか?
昌史 僕は東京で6年間、靴修理の仕事をしていたんですが、海外で暮らしてみたいという気持ちが強くなり、30歳のときにワーキングホリデーでベルリンに来たのがきっかけです。こちらに来てからは、地元の修理屋とフリーランスでも靴やバッグの修理の仕事をしてきました。
苑子 私は2007年にロッテルダムの芸術大学でコンテンポラリーダンスを学ぶため、オランダに渡ってからヨーロッパに住んでいます。卒業後は、2019年までダンサーとして活動していました。そして、2017年頃からはオペラのムーブメントディレクションも始め、最近はそれだけでなく衣装やセットのデザインなど、より幅広く演出に関わっています。ドイツを拠点にしているのは2014年から。当時はフランクフルトに住んでいましたが、2020年にベルリンに引っ越しました。
CYLIND Photo by Chihiro Otsuka
そんなバックグラウンドの異なる2人が、「NOWHOW」を立ち上げたきっかけは?
苑子 私たちが出会ったのはパンデミックの真っ只中で、お互いに仕事が止まってしまった時期でした。私は2年先まで決まっていた劇場の仕事が白紙になり、彼も皆外出しないので靴修理の依頼がなくなって……。ロックダウン中、せっかく時間があるなら「何か作ってみない?」という話になりました。
そして、「やるからには、まず1年は真剣に取り組もう」とブランド名やロゴを決めて、自分たちだけでものづくりを完結できるものとして、筒形のバッグを作ったのが始まりです。お互い美的感覚が似ているところもありましたし、最初に作ったバッグを知り合いに見せたときに反響が良かったことも後押しになりました。
昌史 もともとマイナスを0に戻したり、1を2にしたりするような修理の仕事をするなかで、0から1を生み出すことをやってみたいという気持ちは抱いていました。彼女とパートナーになったことで、自分だけではできないことに踏み出せるんじゃないかという気持ちもありましたね。
ブランド名には、どんな意味が込められていますか?
苑子 ダンサーとしての人生は、将来こうなりたいから自分の道を決めるという、将来ありきの今でした。でもパンデミックで全てがなくなったときに、今を大切にしないとその先はないと感じたんですよね。なので、「何かを目標に掲げて、そこに向かっていく」のではなく、「今のベストを尽くしたときに何が生まれるかを大切にする」ことを自分のモットーにしていて。そんな思いから、「今(NOW)」と「どのように(HOW)」を組み合わせた言葉をブランド名にしました。
POUCH Photo by Chihiro Otsuka

使い続けるなかで100点に近づいていくプロダクト

2人ともデザインの専門教育は受けていないとのことですが、どのようにデザインやものづくりに取り組んでいますか?
昌史 デザインやパターンメイキングの経験はありませんが、修理職人としてさまざまなプロダクトを分解してきた経験から、構造や強度に対する深い理解はあると思います。バッグを作る上で最初に決めたのは、なるべく尾錠やジッパーなどのパーツは使わないこと。便利ではありますが、どうしても壊れてしまう部分なので。長い1本の革を使って継ぎ目なくハンドルを作るなど、大手のブランドでは絶対に採用しないような革の使い方も、「NOWHOW」の特徴だと思います。
苑子 私たちのものづくりは、革の見本市に行って、使いたい素材を選ぶところからスタートします。フォルムに関しては、私自身がオランダに長くいたこともあってオブジェや家具、建築など、シンプルだけど少し違和感のあるデザインに惹かれることが多く、それがソースにもなっています。そこからバッグとしての実用性や使いやすさを考えていくという流れですね。そして、私が描いたデザインを実際の形にしていくのは彼。サイズ感や持ち手の位置、ベルトの太さなど、数多くのバッグを見てきた彼だからこそのバランス感覚には、絶対的な信頼を置いています。
製作において、もっとも大切にしていることは?
苑子 2人ともが「かっこいい」や「素敵」と妥協なく納得できるものしか製品化しないようにしています。あとは、置いたときと持ったときの佇まいも意識していますね。
昌史 目指しているのは、時間とともに育っていくものを作ることです。店頭に並んでいるときや買った瞬間が100点満点ではなくて、使い続けるなかで良さが増して100点に近づいていく。そんな“育てる道具”としてのバッグを提案し続けたいと考えています。そのため、修理のしやすさも考慮した構造になっていて、どこかが壊れても直して使い続けてもらえるように、5年間の無料修理保証をつけています。
プロダクトの要となる革へのこだわりについても聞かせてください。
昌史 現在、主に使っている革は南フランス製のラムスキンとブルハイドのヌバック。小物にはイタリア製のカウハイドも用いますが、いずれも食肉の副産物で、レザーワーキンググループ(LWG)のゴールドまたはシルバー認証を取得した透明性のあるタンナーから調達しています。長持ちするだけでなく使い込むことで味が出てくるレザーは、“劣化”ではなく“変化”する優秀な素材だと思います。
RIDGE WIDE Photo by Natsumi Ito

これまでの縁を大切にしつつ、一歩ずつ前進

経年変化を楽しんだり修理したりしながら長く使えることは、「NOWHOW」が掲げるスローファッションの考え方に沿っていますね。その上で、ビジネスとしてはどのようなアプローチをとっていますか?
昌史 現在は日本のセレクトショップに卸しているほか、年1回ペースで開くポップアップイベントで個人オーダーを受けていますが、在庫は抱えずに受注生産をしています。最近はアシスタントを入れて生産体制を整えているところですが、1人でバッグを製作しているので1ヶ月に作れる数には限りがあります。でも必要な分だけを丁寧に作ることはサステナブルであり、自分たちの生活にも合っていると考えています。
7月には「ATON(エイトン)」とのコラボレーションもローンチされました。「ATON」にとっても初のレザーグッズになりますが、どのような経緯で実現したのですか?
苑子 もともとは2023年9月、ベルリンのマルチブランドショップ「ANDREAS MURKUDIS(アンドレアス ムルクディス)」で開かれた「ATON」のイベントで、ディレクターの久﨑(康晴)さんと出会いました。それから日本に一時帰国した際に毎回ご飯を食べに行くようになったんですが、ある時、私が持っていたバッグのヌバックレザーをとても気に入ってくれて。お互いの素材へのこだわりやものづくりに対する姿勢が共鳴して、このヌバックを使ったシリーズを一緒に考えましょうという話に発展しました。
昌史 デザインは、「2泊くらいの旅行に使える手持ちのトートバッグ」や「アームホールの広いブルゾンに合わせられるスタイル」など、久﨑さんが挙げたキーワードや使用シーンのイメージを基に、僕たちの方で考えて試作を重ねていきました。今回製作したのは、ウィークエンドトートバッグ、イーストウェストショルダーバッグ、キーストラップの3型。大判の一枚革を贅沢に用いていたり、持ち手の革もボディーと同じものを磨いて仕上げていたりと、こだわりが詰まったプロダクトになっています。
「ATON」とコラボレーションアイテム
今年でブランド設立から5年目を迎えます。これからの目標は?
苑子 正直なところ、4年間でブランドがここまで大きくなるとは考えていませんでした。“本業”もまた忙しくなってきたので、この1年くらいはどのように「NOWHOW」に取り組んでいくかを2人でよく話し合っています。今後も大量生産をする工場に外注してブランドを拡大していくことは考えていませんが、将来的には職人を1〜2人増やして、自分たちの生産拠点を確立できたらうれしいですね。
ブランドとして考えているのは、バッグに限らず他のクリエイターとのコラボを通して家具や照明など空間に関わるプロダクトを作ること。また、アジアやヨーロッパでの展開にも挑戦したいねと話していて、パリでのショールーム出展も検討しています。
昌史 これまでも明確な目標というのは掲げてきていないんですが、ありがたいことに毎年、自然な流れで変化が起こっているんですよね。たとえば、卸を始めたり、日本でショールームの「CEMENT(セメント)」に加わったり、「ATON」とのコラボが決まったり。やはり一番大切にしているのは「NOW」と「HOW」なので、これからも今までのご縁を大切にしつつ、自分たちらしく今できるベストなことをやりながら、一歩ずつ進んでいきたいと考えています。

Text by JUN YABUNO

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