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長い旅を纏う──『葬送のフリーレン』から紐解く、ヨーロッパ服飾のものがたり

2026.01.16
魔王を倒したあとの世界を旅する人気漫画『葬送のフリーレン』。中世ドイツを思わせる世界観も魅力の本作だが、その衣装や文化は実際にはどの時代や国が近いのだろうか。
今回は、ヨーロッパの服飾文化史を専門とする日本女子大学・内村理奈教授にインタビュー。フリーレンたちの服装から見える服飾の歴史を紐解いていく。

さまざまな時代や国の要素が感じられるフリーレンの世界

まずは先生の目から見て、『葬送のフリーレン』のモデルとなっている時代・国はどこだと思われますか?
建物や景色を見る限りでは、中世ドイツが舞台のような印象を受けました。ヨーロッパの北から南まで、いろいろな時代・場所の文化が混ざり合っていますね。
服飾の面ではいかがでしょうか。
こちらはより、さまざまな要素が混ざっているように思いました。ヨーロッパだけでなく、現代日本の影響も感じます。
では、ここからはキャラクターの服装についてお聞きしていきます。まずは主人公・フリーレンです。
左からアイゼン、ヒンメル、ハイター、フリーレン ©山田鐘人・アベツカサ/小学館
彼女の夏服のシルエットには、19世紀の女性の旅行服に近いものを感じます。
いまのような「旅行」が一般の人々の間でブームになったのは19世紀のことでした。ヨーロッパに鉄道ができて、移動がしやすくなったんですね。
そこから、鉄道で出かけるために「旅行服」が作られるようになります。有名どころだとルイ・ヴィトンはその頃の旅行カバンからスタートしたブランドですね。
フリーレンの夏服は、その旅行が始まった頃のヨーロッパの女性用コートに雰囲気がよく似ています。特に、肩から伸びたケープのシルエットは非常に近いですね。
フリーレンはずっと同じ服を着ていますが、19世紀の旅行服はどれくらい丈夫だったのでしょうか。
1000年持つほど丈夫ではなかったと思いますが、ある程度しっかりと作られていたと思います。
古い服が残されるのは珍しいことではありません。王侯貴族の儀式の服や、聖職者の祭服が数百年にわたって残されていることは、いまでもあります。
他に旅行ならではのファッションだと感じる点はありますか。
ブーツですね。
フリーレンに限らず、この作品は全体的にブーツを履いているキャラクターが多いですね。徒歩で旅するので、ブーツが向いているのでしょう。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館
フリーレンは、全体的に白色の服を多用しています。
ここは、個人的にはかなりおもしろいポイントだと思っています。
白は、歴史的にみるとヨーロッパでは喪服に使われることもある色でした。白には「光」や「再生」の意味があり、キリスト教の「死者がいつか復活する」という考えに合わせて、死に装束や喪服に使われていた経緯があるんですね。
亡くなった人について知るために旅をするフリーレンがこの白色を着ているのは、ひょっとしたら物語に通底するテーマに沿っているのかもしれませんね。
他に、フリーレンのファッションで気になったところがあればお聞きしたいです。
フリーレンは、メインキャラのなかでは現代的な要素が多いように見受けられます。
特に現代らしいのはスカートの丈ですね。膝が見えるスカートは1960年代以降に登場したもので、それまではどんなに短くても膝下丈、さらに歴史的にはロングスカートが当たり前でした。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館
フリーレンの服にはこうした中世では避けられていたファッションポイントが含まれていて、複数の時代や場所の影響を感じさせるファッションだと感じました。

女学生のような服装のフェルンと、等身大の男の子のような服装のシュタルク

続いて、フリーレンとともに旅するフェルンです。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館
フェルンの服装は、19世紀ヨーロッパの女学生の格好に近いと思いました。
当時の女学生は、まさにこうした服装で寄宿舎に住み、学校に通っていました。スカートの裾にボーダーの柄が入っていますが、こうした柄で学年を示すこともありました。
フェルンのように髪を下ろすのも女学生の特徴です。10代の頃は髪を下ろし、大人になるとまとめ髪にします。
フェルンはフリーレンに比べて暗い色の服を着ていますね。
魔法使いは歴史的に暗い色を身につけるイメージがあるので、フェルンもそれにならっているのではと推測しています。
フェルンの上着は少し丈が短いように見えます。
19世紀頃に見られたボレロに近いと思いました。フェルンが着ているような、毛皮の縁取りをつけた服も実在します。
逆に、19世紀頃であれば編み上げで少しヒールのあるブーツが主流だったのですが、フェルンはそういったブーツを履いていないですね。
続いてはふたりと一緒に旅をする戦士のシュタルクです。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館
色味もシルエットも、等身大の男の子という印象です。
かなり現代的なアウトドアファッションに近く、シュタルクのキャラクターに合っていると思いました。
シュタルクは腰に布を巻いていますが、これは実在したのでしょうか。
ヨーロッパの兵士がこうした布を腰に巻くことはありました。もしかしたら、シュタルクは「かっこいいから」という理由でつけているのかもしれませんね。

ヒンメルは中世の王侯貴族の服装がモデル

ここからはフリーレンが過去に一緒に旅していたキャラクターについてお聞きしていきます。まずは勇者ヒンメルです。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館
ヒンメルは中世の王子様を思わせる服装ですね。
一番それを感じさせるのは、マントとジャケットの組み合わせです。ドイツ、フランスなどヨーロッパ諸国でこの組み合わせは多く見られました。特にマントは中世においては、騎士の証です。
マントは歴史が長く、10世紀以前からあったとされます。ジャケットは17世紀にはジュストコール、18世紀にはアビと呼ばれていて、こちらも昔から存在しました。
実際の王侯貴族のジャケットは袖に折り返しがあるので、ヒンメルのものとは少し違いますが、雰囲気はよく似ています。
ロイヤルブルーという言葉があるように、高貴な色とされる青であること、軍服でよく使われる飾り紐のボタンであることも、王子っぽさに繋がっていますね。
ヒンメルが下にはいているのはズボンでしょうか?
ジャケットの下にはくものは、時代によって異なります。16世紀ならタイツ、17から18世紀なら半ズボン、19世紀なら長ズボンを合わせました。
ヒンメルの場合、旅用のブーツを履いているので下は長ズボンだと個人的に思いました。
どんな素材で作られていると思われますか?
中世のマントであれば、表地は絹のビロードなどで、裏地は毛皮だったと思います。ちなみに中世では、ジャケットの多くは絹織物でした。
続いて、ヒンメルやフリーレンとともに旅をしたドワーフで戦士のアイゼンです。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館
アイゼンの見た目は、8から9世紀のバイキングに近いですね。
意外と気づきにくいのが、兜の「鼻」です。アイゼンの兜のように、中世初期の鉄製の兜には鼻のところに出っ張りがあり、急所の眉間を隠すためにつけられてました。
次はハイター、役職は僧侶です。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館
ハイターの服は、実際の僧侶の服にかなり似ていますね。こうした聖職者の服は、中世でも現代でも見られます。
実際の服もこうした黒色のもので、「カソック」や「スータン」と呼ばれます。
聖職者が黒色の服を着ることは多かったのでしょうか。
宗派にもよりますが、ヨーロッパ各地で見られる服装です。世俗から離れたことを示すために、装飾を排した素朴なウールの服を着ました。
ハイターの性格は聖職者らしくありませんが、一応僧侶のルールにならって黒服を着ているのかもしれません。
最後に、フリーレンの師匠であるフランメの服装についてお聞きしたいです。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館
フランメは古代ギリシャの「キトン」という服に似ていますね。
1枚の布を体に巻き付け、ドレープと呼ばれる襞を作って着る服です。フランメの服は史実のものと完全に同じではないですが、シルエットや雰囲気がよく似ています。
服だけでなく、彼女は古代ギリシャで履かれていたような革のサンダル、二の腕の腕輪、手首のブレスレットも身につけています。神話の世界を思わせる服装ですね。
現在のフリーレン・フェルン・シュタルクと、魔王を倒した勇者一行のヒンメル・アイゼン・ハイターの装いで異なる点はありますか?
ヒンメルたちの方が、時代が古い服装をしているように感じます。
ヒンメルは中世の王侯貴族、アイゼンは中世のバイキング、ハイターは中世から現代まで着られている聖職者に近い服装だと思いました。対してフェルンは近代の19世紀、シュタルクはかなり現代的な服装に見えます。
そうしたなかで、1000年以上生きるフリーレンだけがさまざまな時代や国の服の要素が混ざり合った服装をしているように見えるのは、おもしろいところだと思います。
最後に作品全体を通してコメントがあればお聞かせください。
非常にすてきな作品で、服飾史の視点から見ても興味深く拝見しました。
私たちが着ている服には、その時代の技術、流行、そして人々の生活が織り込まれています。『葬送のフリーレン』の登場人物たちも同様に、それぞれの服に「生きた時代」や「旅の記憶」を纏っているように感じました。
このインタビューが、彼女たちの長い旅路と、そこに込められた想いを読み解く一助になればうれしいです。

ヘッダーキャプション:©山田鐘人・アベツカサ/小学館

PROFILE

内村 理奈(うちむら りな)

お茶の水大学家政学部被服学科卒業、同大学院家政学研究科被服学専攻修了。リュミエール・リヨン第2大学DEA課程近現代史専攻留学。お茶の水女子大学大学院博士課程人間文化研究科比較文化学専攻単位取得満期退学。博士(人文科学)。日本女子大学家政学部被服学科准教授を経て、2021年より教授として教鞭を執る。専門は、フランス服飾文化史・服飾文化論。

主な著書に、『モードの身体史―近世フランスの服飾にみる清潔・ふるまい・逸脱の文化―』(悠書館、2013年)、『マリー・アントワネットの衣裳部屋』(平凡社、2019年)、『名画のドレス 拡大でみる60の服飾小事典』(平凡社、2021年)、『名画のコスチューム 拡大でみる60の職業小事典』(創元社、2023年)、『名画のプリンセス 拡大でみる60の衣生活事典』などがある。

<お知らせ>
被服分野で全国トップの実績を持つ日本女子大学が、2028年4月に「ファッションデザイン学部(仮称)」の開設(構想中)を発表。「知の体系からファッションの未来をリードする」を掲げ、新たな服飾教育の拠点となる予定だ。

学部名称 ファッションデザイン学部(仮称)
学科名称 ファッションデザイン学科(仮称)
入学定員 85 名
開設時期 2028 年 4 月(予定)
開設場所 日本女子大学 目白キャンパス
プレスリリース:https://www.jwu.ac.jp/unv/news/2025/eu1rc1000004sqql-att/PRESS_RELEASE_20251117_2.pdf

Text by まいしろ

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